その47 ちょっと大きくなったような?

「ぴゅいぴゅい♪」

「ご機嫌ねえ」

「庭でもはしゃいでいたし、基本的に外が好きなのかもしれないな」


 王都を出発してから数時間ほどしたころ、俺とセリカの間に鎮座しているフォルスが嬉しそうに鳴いていた。

 どうも陽の光を浴びていると元気になりやすいようで、特にテンションが高くなる傾向にある。屋敷に居る時そんなことを発見した。


「ぴゅ? ぴゅい……!」

「あ、ダメよ暴れたら」


 鼻先に飛んできた蝶に手を伸ばして捕まえようとしたフォルスが転がり落ちそうになり、セリカが慌てて体を掴む。


「ぴゅい♪」

「はいはい、抱っこね?」


 そのまま抱っこをせがみセリカが膝の上に置いてやる。俺もそうだけどフォルスはこうやっている時が一番嬉しそうである。


「ちょっと大きくなったかな? 重くなってるかも」

「運動はさせているから太ったってことはなさそうだけど、どうなんだろうな」

「……アースドラゴンのお肉を食べたから、とか?」

「ふむ」


 あり得るかもしれない。魔物は他の魔物を襲って食うことがあるんだが、魔力の帯びた肉を食うと強くなったりするからだ。

 体が小さいしあまり肉を食っていないのだが、ドラゴン同士でしかも最後に願いを口にしていたからなにかあるのかもしれない。


「んー、そうなると近いうちにちょっと大きな犬くらいになるかもしれないわね」

「ぴゅー?」

「まあ成長もそれなりに速そうだしな。そうなったら抱っこもできなくなるか」

「そうね」

「ぴゅい!?」

「あら、今度はラッヘさんに抱っこして欲しいの?」

「くっついているだけのような……」


 セリカに抱っこされていたところ、急に俺のところへやってきてお腹のあたりにくっついてきた。

 よくわからないがこいつは甘えん坊なのでこういうものかとセリカと笑っていた。


 しかし――


「どうしちゃったのフォルス? お肉食べないの?」

「ぴゅ!」

「ミルクもちょっとしか飲んでいないぞ」

「ぴゅいー!」


 ――昼食時にフォルスが食事を拒否したのだ。ミルクはコップの半分くらいで残してしまい、アースドラゴンの肉はそっぽを向いて頑なに食べようとしない。


「具合が悪いのかな……」

「うーん、そんな感じはしないけどな。ほら、美味しいぞ」

「ぴゅ、ぴゅいー……」


 俺がセリカから親指の先くらいの大きさをした肉を受け取って口に入れると、フォルスがあんぐりと口を開けて涎を垂らしていた。すぐに顔を背けてごろんと寝転がる。


「食欲はありそうだな。アースドラゴンの肉が嫌いという訳じゃなさそうだ」

「でも食べないと心配だわ。どうしたのー?」

「ぴゅいー♪」


 転がっていたフォルスをセリカが抱っこすると大層喜んだ声を上げた。そこでセリカが肉を口に持って行く。


「ぴゅ!」

「あ、もう」


 だがそこは頑なに拒否をする。両手を突き出して顔を背けるフォルスは可愛いが、どうしたものか。


「ぴゅーい♪」

「なんかいつもより甘えるわね、この子」

「あ、もしかしてさっきの話か?」

「さっきの?」


 俺は先ほど馬車で話していたことを思い出し、それをセリカに伝えた。

 要は『抱っこ』『できなくなる』という部分がこいつに理解できていたということだと。

 だから食えば重くなるため、そうなると抱っこしてもらえなくなるから食べないようにしているというわけだ。


「ええー……そこは理解できているの? 赤ちゃんなのに」

「ぴゅーい……」

「どうやら合っているみたいだな。フォルス、確かに大きくなると抱っこできなくなるかもしれないが……」

「ぴゅ!?」


 俺の言葉を聞いたフォルスがしっかりとセリカの胸に抱き着いた。まるで抗議をしているかのように。

 だけどそんなフォルスの背中を撫でながら告げる。


「でも食べないと抱っこの前にお前が死んでしまうかもしれない。そうしたら俺達は悲しいぞ? それにお前はまだ小さい。少しくらい大きくなっても持ち上げられるさ」

「ぴゅーい……?」


 本当? といった感じで俺に視線を向けてきた。それを見たセリカがほわっとした顔で言う。


「可愛いわね」

「まあな。俺は力もあるし、セリカも冒険者だ。しばらく抱っこできないなんてことはないから遠慮せずに食え」

「ぴゅー……ぴゅい!」


 鼻先を撫でながらそう言ってやると、なにかを決めたようにあーんと口を開けた。

 その口に肉を入れてやると、ほわっとした顔になった。


「ぴゅいー……」

「よし、これでいい。座らせてミルクも飲ませよう」

「あ、なら私が温め直すわね」

「わかった。ならフォルスは俺が預かろう」


 セリカからフォルスを預かり、簡易に組み立てられる椅子に座る。するとフォルスは俺の腹を背に預けてだらりと足を投げ出して座り直していた。


「お前は本当に甘えん坊だなあ」

「ぴゅーい♪」

「まだ甘えてもらった方がいいわよ。勝手にあちこち行かれると困るもの」

「ま、確かにそうだな……」


 俺はフォルスに指を甘噛みされながら苦笑する。その後はしっかり自分の分を食してくれた。

 再び出発すると、すぐにフォルスは寝息を立て始めたのでクッションの上に置いて寝かせておく。

 しかし大きくなって抱っこされないとボイコットをするとは、賢いにもほどがある。そんなことを考えながら街道を走るのであった。

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