その39 もう一度約束を

「危険ですよ陛下!?」

「父上に母上!?」


 さすがにエリード王子も驚いたようで、俺と一緒に驚愕の声を上げていた。すると陛下はニヤリと笑いアースドラゴンに視線を合わせた。


「なあに、このドラゴンの死骸があれば魔物は寄ってくるまい?」

「時間が経つまでは大丈夫ですわ」

「それはそうですが……」


 魔物の気配は死んだあとも少し残るため、その個体より弱い個体は近づいてこないことが多い。


「謁見の準備を進めていたのでは?」

「いや、報告を受けてから町の外壁から状況を確認していたのだ。ひとまず、よく倒してくれたありがとうラッヘ殿」

「いえ、騎士団も総出で戦ってくれたので俺だけの功績ではないですよ」

「それでもこの子が助かったのはラクペインが囮になり、あなたが足止めをしてくれたからですもの。ありがとうございます」


 死者も出ているため手放しでは喜べない状況だが、王子の助けになったこととトドメを刺したことへの感謝を述べられた。


「やっぱりラッヘさんね」

「ぴゅい」

「なんだよ」


 セリカとフォルスが分かったように笑っていたので頬を軽く摘まんでやった。

 きゃっきゃする一人と一匹に苦笑していると、陛下が咳ばらいをした。


「仲がいいことは結構なことだな……!」

「ああ、申し訳ありません。とりあえず謁見の間へ向かいましょうか」

「いや、ここでいい。……その、ドラゴンのステーキとやらを食しながらな」

「……食べるんですか?」

「折角だしな。今、調理の者とテーブルを運ばせておる」

「しかし、死んだ者もいますし……」


 俺がそう言うと、後にいた騎士が一歩前へ出て口を開いた。


「発言、失礼します! 馬は残念でしたが、死んだと思われていた三人は重傷ですが息を吹き返しました!」

「え!? マジでか!」

「ハッ! 全身の骨が折れているなどありますがひとまず息をしております!」

「そ、そうか……」


 鎧と騎士自身がしっかり鍛えていた結果だろうか?

 しかし経緯はどうあれ『生きている』だけでも儲けものだと思う。ドラゴン相手に攻撃を受けて生き残ったのなら重傷でも褒めていいくらいだ。


「治療はこちらでしっかりやる。さて、用意もできそうだ」

「わかりました」


 それならと屋外での話し合いとなった。

 コックがやってきて貴重な胡椒と塩が提供された。ソースも作り、アースドラゴンのステーキを食べる。


「やはりきちんとした料理人が作ると美味しいな」

「いやあ……胡椒とか貴重なものを食べていいのか委縮しちゃうわね」

「ほら、あいつの望みだ。お前も食えよ」

「ぴゅい……!」


 テーブルの上でお座りをするフォルスに一口サイズの肉を差し出すと、二本足で立ち上がりあーんと口を開けておねだりをする。


「あ、可愛い」

「ずるいですわ」

「そう言われても……」

「ぴゅー♪」


 セリカの顔が綻び、王妃様が羨ましそうな顔で俺を見ていた。こいつの飼い主は俺なので面倒を見るのは当然だ。次にセリカだし。

 肉はお眼鏡にかなったようで、フォルスはまた口をぱかっと開けて肉を待っていた。


「次は私のをあげるわね」

「ぴゅい♪ ぴゅい♪」

「「「ふう……可愛いな……」」」


 俺の肉を食した後、セリカのところへ嬉々としては知っていく。そんなやり取りに王妃はもちろん陛下もエリード王子、それに騎士達もほわんとした空気に包まれていた。


「ご飯を食べているから気にしていないけど、食べ終わったらこの人だかりにびっくりするはずですよ」

「なるほど、しかしこれと同じ存在だとは思えんなあ」

「大きくなったら分かりませんけど。それで、素材について相談なのですが――」


 俺はアースドラゴンの素材と肉について相談を持ち掛けた。

 牙、鱗、皮、肉……それぞれの部位を荷台に乗せられる分をいただけないかということを。

 一応、とある場所にあるのはあるが、セリカの装備を作るのに色々と選択肢があったほうがいいかと考えたからだ。

 肉は腐る前にフォルスに食わせてやるつもりだ。


「もちろん構わない。残ったものは団長達の防具を作るのに使おうかと考えている」

「いいと思います。いつ、今回みたいになるかわかりませんからね」


 俺みたいなのは作れないだろうが単純な防御力を上げるのには十分だ。例えばフォレストウルフの牙は噛みつかれて力を入れられるとひしゃげるが、ドラゴンの鱗でできたものはウルフの牙が欠けるほどである。


「では褒賞金と合わせてドラゴンの解体をしよう。それと、だ」

「なんでしょう?」

「今後はラッヘ殿がドラゴンの子を連れて歩いても問題ないお触れを出す。それとともに研究などはしないで王都の屋敷を進呈したい」

「ええ、ええ、いい案でございます陛下……!」


 先日、俺達が憤慨して断った話を少し変えてきたようだ。フォルスがのんびり暮らせる環境は悪くないが――


「その件ですが、研究無しであれば受けるのは吝かではありません」

「おお……!」

「まあ!」


 色めき立つ国王夫妻。

 しかし、俺はその後を続けた。


「ですが、私はドラゴン討伐のため情報を得るのに各地へ行かねばなりません。なので定住はやはり難しいかと思います」

「ええー……」

「母上ー!?」


 くしゃりと潰れるようにテーブルに突っ伏した王妃様に、王子が慌てて声を上げた。物凄くがっかりされている……だが、俺達の人生に関わることなのでハッキリ言っておかなければならない。


「この後は――」

「フォルスちゃんが……」

「……最後の撫でさせてあげよっか」

「……そうだな」


 王妃様はかなりフォルスを気に入ってしまったらしい。さめざめと泣いていた。俺は咳払いしてから陛下達に告げる。


「……その、仇のドラゴンを倒したら戻ってきますから屋敷は受け取らせてください……」

「おお!」

「もちろんです!」

「日和ったわね」

「ぴゅい」


 うるさい。

 最終的に家があれば苦労させることも無いという判断だ。すると王妃様がガバっと体を起こしてから笑う。


「うふふ、そうですわね。仇ですものね! ……冒険者ギルドへ通達。ドラゴンの情報をできるだけ集めるようにと」

「ハッ! ふふふ、王都に滅竜士ドラゴンバスターが居るとなれば災厄から守る手段が増えるぞ……!」


 ハンス様が敬礼をしてなにかを呟きながら去って行った。まあ、旅に出てすぐ帰れるとは思えないけどな。なんせ十年探して遭遇していないわけだし。


「王妃様が撫でたいって。いい?」

「ぴゅい!」

「あああああ可愛い……!」

「ぼ、僕もいいかい……!」


 俺はなぜか大人気のフォルスを見ながらそんなことを思うのだった。


「やれやれ。まあ、今後連れ歩くならフォルスの人見知りが治るかも……ん? あれは――」



 そこでアースドラゴンの頭から黄色っぽい玉が出てくるのが見えた。……母ドラゴンと同じようなやつか?

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