その29 みんなため息

「ああ……行ってしまった……」

「いや、止められないな……失敗した」


 泣きそうな顔で手を伸ばすハイン大臣にエントリアはため息を吐きながら小さく首を振る。

 研究という部分が気に入らなかったのだろうと推測する。国としては身体検査の延長だと考えていた。だが、身体を斬るなどを許さないとハッキリ言われてしまった。

 もう少し慎重に言葉を選ぶべきだったのだが――


「……ドラゴンだし、それくらいいいだろうと頭のどこかで軽く考えていたのだろうな」

「そうですな……」

「そうだよ! たかがドラゴンの赤ちゃんだ! 国の為、有用に使うべきだろう! ……ぐあ!?」


 エントリアが原因を口にするとハインも眉間に指を当てて呻くように呟く。

 しかし、エリードはそういうものだろうと叫んでいた。

 だが、その瞬間、エリードの頬が勢いよく叩かれた。


「は、母上……!?」

「国のためにというのは良いことですわ。しかし、あのフォルスちゃんはセリカさんの言っていた通り家族みたいなもの。ハッとさせられました。わたくしたちは酷いことをしようとしていたことを」

「でも――」

「ではエリード、貴方をよその国に出向させて好きに雑用でもなんでもさせてくださいと言って納得できますか?」

「それとこれとは……! いや、そう、ですね……申し訳ありませんでした」


 王妃にぴしゃりと言われて項垂れるエリード。そこで王妃は困ったように笑いながら彼の頬を撫でた。


「すでにわたくしたちは間違ったことをしてしまいましたわ。だからあなたのせいというわけではありません。願わくばまたここへ帰ってきてくれることを祈りましょう」

「そうだな……」


 エントリアが王妃の言葉を受けてもう一度ため息を吐いてからラッヘの出て行った扉を見ていた。


「そういえばなんの用でしたの?」

「いえ……騎士達との訓練をするのに見学をしてもらいたかったのですが……」

「そうか、そんな時間だったか。すまない」

「今日のところは一人で大丈夫です。ラッヘさんに関してお話合いがありそうですから僕はこれで……すみませんでした」

「いいのよ。叩いたりしてごめんなさいエリード」


 リンダ王妃に頬を撫でられて小さく頷き、エリードは頭をさげて謁見の間を出て行った。


「さて、ラッヘ殿の誤解を解くことを考えねば――」


◆ ◇ ◆


「くそ……とんだとばっちりだ! なにがドラゴンの赤ちゃんは家族だ! 滅竜士ドラゴンバスターはそいつを狩るのが仕事だろうに!」


 謁見の間を出て早々、エリードは悪態をついていた。たかが冒険者であるラッヘがチヤホヤされるのが気に入らないとその辺にあった柱を殴りつける。

 そのまま騎士達の居る訓練場へ足を運ぶと、訓練の様子を見ている男がエリードに気づく。



「おや、陛下のところへ行っていたのでは?」

「うるさいよラクペイン。今日の訓練は休むよ」

「ええー? なにがあったんですか?」


 騎士団長であるラクペインが肩を竦めて眉を顰めていた。

 その辺に腰を下ろしたエリードが尋ねられたことに返事をする。

 ラッヘが居たこと、赤ちゃんドラゴンのことなどだ。


「どう考えても僕達で管理するべきだ! ちょっと研究に使うかもしれないけど、ちゃんと可愛がるし!」

「ああ、可愛かったんですね?」

「か、可愛くない! だってドラゴンだぞ? あの凶悪な」

「まあどっちでもいいですが……それでラッヘ殿がへそを曲げたと」


 ラクペインの言葉に頷くエリード。頭を掻きながらどういうかと考え、しばらくしたのち口を開いた。


「そうなると奪うかラッヘ殿とその女の子が死ぬ以外に手に入れる方法は無いですな。さすがに敵に回すには相手が悪いので殺して奪うみたいなのは考えないでくださいよ」

「なに? 騎士団長のお前がそんなことでどうするんだ!」

「王子……あなたも訓練しているからわかるでしょうし言いますが、王子は私に勝てますか?」

「お、おお……急になんだ……」


 神妙な顔で急に質問を投げかけてきたラクペインにびっくりするエリード。

 

「勝てない、な。見栄を張っても仕方が無い」

「そうでしょう。ラッヘ殿は私と同等クラスの力どころかドラゴンを単独で倒せる戦力。怒らせるのは得策ではありません」

「お前でも無理なのか……?」

「もちろん。剣の技量は『戦う相手が違う』ため確認は難しいですが、戦力としてヤバい相手だと認識しておいてください」

「……」


 騎士団長の彼がそこまで言うのかと冷や汗をかくエリード。もしかして喧嘩を売ってはいけない相手だったのかと思いつつ、口を開く。


「だ、だけど王族に逆らうなんてダメだろう……」

「あまりそういう考えは感心しませんぞ。彼が居なければこの国はめちゃくちゃになっていた可能性があるのです。だからこそ陛下は彼を気に入っていますから」

「むう……」


 不服を露わにするが、確かにまだ小さい頃に王都が大変なことになったのは記憶がある。


「みんなしてラッヘラッヘ……面白くない」

「功績があればこそ、ですからね。王子は勉強と剣で父上に認めてもらえばいいではありませんか」

「地味だなあ。ドラゴンを飼っていたら拍が付くかと思ったんだけど……そうだ!」

「ん?」

「久しぶりに狩りに行こう。大物でも獲ってストレスを発散させたい」

「ふむ……陛下に頼んでどうか、ですね」


 まあ、今なら特に森が危険だという話もないため気が他に行くならアリかとラクペインは顎に手を当てて考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る