その3 喋るドラゴン

「はあ……はあ……。た、倒したか……」


 ドラゴン討伐はいつもこんなものだ。俺の武器は特別製で対ドラゴンに特化している。だから斬り裂けるわけで、殆どの武器はドラゴンの皮を通すので精一杯だ。


「よ、よし……後は角でも爪でも獲って帰れば……依頼は完了だ……」


 一番いいのは依頼人に見てもらうことだが、こんな危険な場所に連れてくるわけにもいかない。

 なので『素材』を持ち帰り完了とするケースは多々ある。まあ、村人がここに確認に来てもらっても構わないが。

 そう思いながら投げたダガー……これも特注品。それを回収してドラゴンの頭の前に立つ。こいつは強かった。もし空を飛んだり移動ができるようならひとまず撤退も考えたかもしれない。

 

 そして俺は一言呟く。


「……こいつでも無かったか」


 そう。その昔、俺の町を襲ったドラゴンではなかったのだ。ドラゴンの生態はよく分からないが十年で三十体ほどしか見つけられていないため、個体数が謎に包まれている。


「もう倒されていたりしてな。死んだことが確認できればそれでも構わないんだが――」

『……やるものだな、人間』

「……! 誰だ!」

『私だよ。今、お前が倒した相手だ』

「!? しゃ、喋っただと!?」


 ドラゴンの頭に視線を向けると、いつの間にか白目が鱗と同じ色に戻っていた。

 慌てて大剣を手にする。いや、それ以前にドラゴンが人の言葉を喋るなんて聞いたことがないぞ……!


『私はもうすぐ死ぬ。そんなに慌てなくていい。それと助かった』


 助かった? 死にそうなのにお礼を言われるとは意味がわからない。だが、こいつらに同情も気遣いもいらない。


「……そうか。まさかドラゴンが口を利いてくるとは思わなかった。この十年そんな個体は居なかった」

『ごふ……。それにしても人間、お前は何者だ? 私の身体をいとも容易く切り裂くとは驚いた。名を聞こう』

「ふんドラゴンに名乗るものはねえが、ラッヘの名で通っている。それとこの大剣はドラゴンの素材とレア鉱石のトパーズから作られている。さらに魔力も帯びているからお前達の皮膚と鱗を捌けるのさ。……ドラゴンが喋る方が驚いたがな」

『ドラゴンは基本的に人語を使えるぞ。もちろん『ドラ語ン』もあるが。ごふ……』

「くだらねえこと言ってねえでさっさとくたばれよ……」


 今まで戦ったドラゴンはグォォとかグギャァしか言っていなかったから興味深くはある。


『ドラゴンに特化した戦士ということか。同胞を何体も殺しているようだが、なにか恨みでもあるのか?』

「……! そうだ……。俺の町はドラゴンに襲われた。両親や友達はその時にみんな死んだ! だから俺はそいつを見つけるためにドラゴンを殺している! だからお前も殺した!」

『ふむ』


 平静に聞いてくるドラゴンにイラついた俺は頭を殴りながら激昂する。ドラゴンは特に痛がるそぶりも見せずになにかを考えていた。


『……ここ数十年のことだ。正気を失う病がドラゴンに流行っている』

「なんだと?」

『実は今、お前にこれだけ手傷を負わされて正気に戻ったが、興奮状態だったのは確かなのだ。うぐ……』


 急にそんな話をしだすドラゴン。血を吐く量が増えてきたからその内死ぬだろう。最後の話くらいは聞いてやるかと黙っておく。


『私達の間では【竜鬱症】と呼んでいる病でな。これが発症すると徐々に理性が失われていくのだ。もしかするとその町を襲った個体はそれにかかっていたのかもしれない』

「病気……。そんなので俺の町が……」

『自分で言うのもなんだがドラゴンの力は強い。理性が働かなければとてつもない暴力となる』

「そんな理由で納得すると思ってんのか!! ……くっ」


 病気だから仕方ありませんでしたでは話にならない。だが、ドラゴンは鼻を鳴らして目を細めて言う。


『お前達人間は正気を保ったまま魔物を狩り、我らを倒し、あまつさえ同族すら手にかける。……いや、そこは関係ないかすまない』

「いや……」


 確かにその面はある。だけど今の状況と俺が受けた苦しみは別のところにあるのだ。それを分かったのかドラゴンは押し黙った。


『そろそろ息絶えそうだ。しかし私を倒すとは見事だったな。私の子を見ることが出来なかったのは残念だが』

「子供だと?」

『くっ……』

「あ」

 

 ドラゴンが体を動かすとそこには俺の胴体より少し小さいくらいの卵があった。そうか、それでこいつはこの場を動かなかったのか……。


「……」

『気にするな。自然の摂理というやつだろう。……そういえば町を襲ったドラゴンはどんな奴だった? 知っているかもしれん』

「なに? ……そうだな、銀色の巨体に黒い羽をしていた……らしい。実際に俺は見ていないんだが……」

『銀色に黒翼だと……? まさか……』

「し、知っているのか!? どこにいる!?」

『奴は……。む!? ふ、孵化する!? ごほっ……ごほっ……』

「お、おい、死ぬな!? そいつのことだけでも――」


 俺がそう言った瞬間、卵にヒビが入りパカリと割れた。


「ぴぃー!」

『ああ……私の可愛い子……最後に一目見れて……良かった……。ラッヘよ、この子も私が居なければ【竜鬱症】にかかる可能性がある……私が死んだ後……殺しておけ……』

「なんだと!? 生れたばかりで殺すのかよ」

『ふふ、ドラゴンは敵なのだろう? すまぬ我が子よ……母を許して……う!?』

「おい!? ドラゴン! しっかりしろ! 奴のことを教えろ――」


 最後に大量の血を吐いたドラゴンはそれ以上動くことは無かった。

 場に残されたのは手がかりを殺した俺と、チビドラゴンだけだった――

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