第31話 エスカの小さな庭

 朝。まだ日も出ない時間に、エスカは目を覚ました。

 ぼんやりした頭で、なんとなく最近のことを振り返る。


 ライラを迎えて、しばらく。

 ウィンド家は学園の奪還に向け、準備を始めていた。

 そも子爵家としては、そこまで出しゃばることでもないのだが。


 メイルの父たるセンブラ伯にとあっては、やらないわけにはいかない。

 ……もちろん、建前、大義名分の話である。

 それが欲しくて、竜退治のかなり前にセンブラ伯へ手紙を出したのは、エスカだった。


 魔物集結の時点で、辺境13貴族が手を組み、エスド子爵家をその枠から外したのは明白だった。

 彼らにとって、エスド家は敵か生贄なのだ。

 ゆえ、この事態を止めねば、エスカの嫁ぎ先に未来はないのである。


 だが子爵家ごときが勝手なことをすれば、後で揉める。


 そのため、まず国内に十分な発言力を持つセンブラ伯爵に了解をとった。

 次いで知己の聖職者に連絡をとった。快く引き受けてくれた彼女は、今頃王都で自ら囚われているだろう。

 これで聖教を含め、外国から口を出されることもない。


 占拠された現場からライラが来て、救援を求められたことも名分を強く補強してくれた。

 エスカたちが貴族学園を奪還しても、文句が出ることはないだろう。

 ついでに王都で祝福……結婚の承認をもらったりしても、罰は当たるまい。


 エスカはウィンド家の人々を、メリーたちを、そしてメイルを守りたい。

 加えて大事な妹に、助けを求められた。

 彼らのために、辺境の貴族たちは片っ端からぶっ飛ばしてやろう。


 エスカは、やる気に満ち溢れていた。


 考えをまとめたら、気合いが入ってきた。

 エスカは一伸びする。そろそろ起きて、動き出そう。

 とはいえ、できることは尽くした。エスカがやるべきことはもう少ない。


 せいぜいが、来る日に備えて戦力を拡充することだろうか。

 よく休み、よく食べ、残機を増やす。

 加えてあのキノコのような、自身に不思議な効果をもたらすものの研究・模索だ。


 エスカは掛け布団をのけて、上体を起こす。

 左手側には、いびきをかいて寝ているメリー。ふとんから完全に体が出ている。そっと布をかけておく。

 右手側には、ライラ。穏やかに、よく眠っている。その赤い髪を少し撫でてから、ベッドの足元の方へ向かう。


 慎重に寝台から降り、床に足をつく。

 こちら側は危険なのだ。転がると鏡台に当たる。

 ……ここに来てから一度やって、死んでいる。二度は恥ずかしいしやめたい。


 カーテンがかかったままの窓の外は、明るさがまったく見られない。

 もう少し待っていればシフティが来る時間ではあるが、エスカは支度を始めた。

 自分の世話をしたがる侍従には申し訳ないが、動きやすい服にさっと着替える。


 どうせ汚れるので、さして身支度も整えずに、部屋の外へ出た。

 目的地は、庭だ。



 ◇ ◇ ◇



「精が出るね二人と……センブラ伯まで」


 庭の一画に降りて来たエスカは、自分と同じ顔、背丈の二人に声をかけたが。

 背の高い痩躯の貴族を見かけ、思わず足を止めた。

 今日も、彼は農夫スタイルだ。


「できれば義父ちちと呼んでほしいね、エスカ」

「婚姻が成った暁には、遠慮なくそうさせていただきます」


 穏やかにほほ笑む伯爵に、エスカもまた笑顔を返す。

 それから、庭の隅に作られた畑を見た。

 小さな芽が、いくつか出ている。畑の脇には……キノコの原木が。


 ここではエスカに特別な効果をもたらすキノコや花を、栽培しているのだ。

 キノコを育てているのは。


「おはよう、エスカ」

「ああ、おはようマジック」


 残機11の時点で戻ってきた、マジック。

 農作業時は、眼鏡を外している。


 そして畑を手入れしているのは、エスカと同じ色の、しかし癖のない髪のハッピー。

 本来は背中まである髪は、今は帽子の中に収まっているはずだ。


「ガーデン、調子はどう?」


 つなぎに麦わら帽子スタイルの彼女は、ガーデン。

 残機21から出られる、三人目のハッピーだ。

 なお今の残機は25。最近、急速に増えやすくなっている。


「一株、いけそうなのよ。試してみる? エスカ」


 華やかで陽気な女性。

 陽だまりのようなメリーとは、また違った明るさの持ち主だ。


「もう、か。それはぜひ試しておこう」

「おじさまに手伝ってもらったら、いい具合に進んだの。

 さすが、花の魔法使いのお父さまね」

「はっは。あの子に園芸を教えたのは、私だからねぇ。お役に立ててよかったよ」


 伯爵、ガーデンとはどうも気が合うようだ。

 彼女が出られるようになってからというものの、よく共に土いじりをしているのを見かける。


「それで? その株とやら、見かけないが」


 ガーデンは、手の中にあるものを見せた。

 かなり大きな……実?だ。

 エスカも園芸は習い始めているが、このような実は見覚えがない。


 そして自分が不思議な力を得られる幾種かの花とも、異なるように思えた。


「はぁ。どんな効果が?」

「それは今から! 確かめる! ちょいやー!!」


 ガーデンが振りかぶって、エスカに実を投げつけた。


「おぅふ」


 どすっ、といい音を立てて、実がエスカの額上あたりに突き刺さる。

 いや刺さりすぎだろう。これ普通に死ぬのでは?

 だがエスカの残機は減らず、その頭から何か得体のしれないものがにょきにょきと生え始めた。


 確認したいが、上を向こうにも……何やらとても重い。

 見えないが、何か……どう考えても植物とは思えないようなものが、伸びているような気がする。

 例えばそう。甲殻類の、脚、のような。


「ヘェイ! 俺の名前はテリー・ザ・マンティスフラワ―!!」


 エスカの頭上で、謎の自己紹介が始まった。


「やった成功ね!」「見事なものだ」「ほほー。こうなるのか」


 ガーデンが喜び、センブラ伯が感心し、マジックがしげしげと眺めている。


「おいガーデン、これはなんだ?」

「カニ……かな?」


 うそつけカマキリって名乗ったぞ。

 確かに甲殻類の足が左右にうようよ見えるし、何ならハサミらしきものが視界の隅に映るが。

 カニ? カマキリ? 植物要素はどこにいった? エスカはあまりの理不尽に頭が痛くなってきた。


「おね…………」


 エスカはか細く聞こえた声に、びくっと肩を震わせた。


 首を回すと、屋敷から出て来たところのライラが見えた。

 エスカと同じような、動きやすい麻の服。髪もまとめている。

 彼女の後ろには、大きなあくびをするメリー、さらにはメイルまでいた。


 忘れていた。今日はせっかくだから、一緒にやろうと話していたのだ。

 やはりあまり仲のよろしくないライラとメイルのことを、少しでもなんとかできればという想いもあったが。

 これは、まずい、のでは。


 義妹の顔が、とても引き攣っている。


「…………エスカ。それはなに?」


 お姉ちゃんと呼んでくれない妹にエスカは大層なショックを受け、倒れた。

 頭から実がずるりと抜け、ついでに残機が1減った。

 あくびをしていたメリーが、静かに消えていく。


「Oh。大丈夫かブラザー」


 カニ?はなぜかハサミで器用に、ぴらりとエスカの裾をまくった。


「何やってんのよこのカニぃ!!」

「たらばっ!?」


 鋭く踏み込んだライラの拳が炸裂し、カニの甲羅がばっくりと割れる。


「「「テリー!?」」」


 ガーデンたちの悲鳴を背に、カニはエスカの隣に倒れた。

 割れてなんか中身出てる。ついでに泡も吹いてる。

 やっぱりカニじゃないか。いやタラバならカニじゃなくてヤドカリか?


「イッツアジョーク!!」

「冗談だからってやっちゃダメなのよふざけんな!!」


 ライラが拳を振るわせてマジ怒りしている。

 そもそも割れて生きてんのかよタラバ。

 あまりの迫力と事態に、見えても大丈夫なようにしてるとは言えないエスカだった。

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