残機令嬢は鬼子爵様に愛されたい~前略、私を溺愛してくださる旦那様。うちの鬼畜実家の相手もよろしいですが、早く手を出さないと私、女の子に取られますよ?かしこ~
第26話 エスカに花を捧ぐ者【メイル目線】
第26話 エスカに花を捧ぐ者【メイル目線】
七色に輝く小さなエスカが、竜を粉々に引き裂いた。
鎧の中からその光景を見た瞬間の心境を、メイルはうまく言い表せなかった。
いや、単純に――――すかっとした、と言えばいいのかもしれない。
鎧に閉じこもる自分より、彼女は明らかに強かった。
あの小さな体で窮地を脱し、自ら勝利をもぎ取った。
メイルはただただ、輝く彼女が眩しくて。そしてまた、心が沸き立つようでもあった。
その浮ついた心は、手を振るエスカを見て、最高潮になり。
続き、底まで落ちた。
何かが彼女の頭にあたり、エスカはよろめき、倒れた。
尋常な様子ではない。不死身だと言っていた。復活する様も見た。
だが、胸騒ぎがする。
メイルは空を駆ける。彼女のくれた翼で。
近くに降り、鎧の魔法を解く。
そばに歩み寄って、ひざまずく。
頭が……血で濡れている。
そして口周りにも、どす黒い何かがべったりとついていた。
慌てて診てみたが、特に傷らしきものはない。
やはり何かが当たった後、再生したのだろうか。
彼女は意識を失っているようだが、呼吸もしている。
頬に触れると、仄かに暖かく、生命を感じさせた。
ここはまだ戦場だが……メイルは心の底から、安堵した。
彼女の顔の汚れを少し手で払い、そっと抱き上げる。
馬に乗せた時も思ったが、あまりにも軽い。
最近は、少しずつ食べる量も増えたと聞く。
もっとおいしいものをたくさんあげよう。メイルは誓いを新たにする。
「隊長!」
従士たちが、飛ぶように走ってきた。
風の魔法だ。空は飛べないが、高速で移動できる。
彼らは器用だ。相応の種類の魔法も使いこなす。
「あちらは」
「お前が空で撒いた、忌避剤の影響だろう。魔物は逃げ始めてる」
「……そうか」
ジョンの回答に、メイルは重く頷いた。
「そもそもエスカ嬢が大暴れしたろ? あれでほとんどバラバラだよ」
「…………そうだな」
ファンクに言われ、見渡す。
遠くの岩場に目を向受けると、確かに無数の残骸らしきものが見えた。
光輝くエスカが駆けただけで風が巻き、途上の魔物たちがひき潰されている。
まったく忌避剤が効かなかった、あの竜は気になるところだが。
それはおいおい、また彼女たちと共に、考えるとしよう。
消えてしまったメリー嬢とマジックの二人が、いつ出てこれるかはわからないが。
「エスカ嬢は?」
「傷は負ったが、無事なようだ」
メイルが答えると、従士たちも明らかにほっとした様子だ。
「そう簡単には死なん方です。大丈夫ですよ」
ファンクとジョンが身構える。
いつの間にか、近くまでグレッソが来ていた。
戦闘は苦手という話を聞いた気がする。
だが彼の持つ大剣には、魔物のものと思しき血がべったりとついていた。
「まぁ私も、空を飛んだり、ドラゴンを粉々にするのは初めて見ましたがね」
肩を竦めているが、あまり驚いた様子はない。
「魔物は逃げ始めているということだったな」
「ええ。よろしければ我々も、撤収の準備に入りますが」
「そうしてくれ。屋敷に戻り、事後の話をしよう」
商人は恭しく頭を下げ。
そして足を引いたかと思ったら、姿が消えた。
「……さすが、冒険者ギルドの長ってとこかね」
「頼もしいと思っておけ。我々も引き上げるぞ」
二人が頷く。
「メイルはゆっくり来い。エスコートは丁寧にな」
そうは言われてもと思うのだが、メイルはジョンの気遣いに、素直に甘えることにした。
従士たちが去る。周りには、魔物も人もいなくなった。
横抱きにエスカをかかえ、メイルはあまり上下に揺れないよう、荒れ地を進んでいく。
慎重に歩きつつも、つい腕の中のエスカを、見てしまう。
はじめは礼に明るく、美しい人だと思った。
シフティとアルトの報告で、非常に聡明で、自分が及ばぬほど賢い人だとも知った。
一方で、とても情緒豊かな人だとも知ることができた。
ケープがとっておいてくれた、彼女の宝物。
教本を読みながら、未収得の魔法を何とか駆使し、復元していった。
本当に喜んでくれて……メイル自身もまた、心が暖かくなった。
懸命に、励んだ甲斐があった。
メイルは基本的には鎧の魔法しか使えないが、素養と魔力はしっかりあり、本を片手になら様々な魔法を行使できる。
その場で新しい魔法を覚え、使いこなせるくらいには、魔法の勉強はしてきていた。
本当は騎士ではなく、魔法使いになりたかったから。
そう。それが許される環境ではなかったが……彼は小さい頃からずっと、魔法使いに憧れていた。
かつて見た、人を笑顔にする大道芸じみた魔法を使っていた、魔法使い。
その華麗な術に、メイルは魅入られていた。
長じて魔法は使えるようにはなったが、戦いのためのものばかりが向いていた。
仲間のために学びはしたが、メイル自身は戦いそのものにどうしても前向きになれなかった。
騎士になった。その功績で爵位も得た。でも気になるのは、助けられなかった仲間のことばかりで。
いつも、怯えていた。
かつてを思い出した緊張が伝わったのか、腕の中で、エスカが身じろぐ。
足を止めてそっと見守ると、彼女は少し体を揺らし、また安心したかのように寝入った。
不意にエスカくれた言葉を、思い出す。
(花の、魔法使い)
彼女のその一言が、嬉しかった。
いかな褒章を与えられるより、万倍も。
ただ可憐で良い人だと思っていた、その女性が。
メイルの中で、ずっと大きな存在になっていく。
まだ自分は、この小さな賢者に胸を張れるほどの者ではない。
けれども、きっとそうならなくては、ならないのだ。
いま、すぐにでも。
騎士が、心の鎧を脱ぎ捨てて。
勇気をもって、その魂を花開かせていく。
「僕は貴女の、魔法使いになろう」
その宣言がほんの少し、彼に光を与えた。
メイルはまた、歩き出す。
彼が立ち去った後。
荒れ地にいくつも、小さな花が芽を吹き始めていた。
――――――――――――――――
【
竜を制する愚者を見て、彼の心は燃え上がる。
騎士の鎧を脱ぎ捨てて、沸き立つ心に従った。
青年は彼女の隣に立つための、大事な勇気を手に入れた。
ここに、花の魔法使いが誕生した。
彼は幸福の蝶に、無限の蜜を注ぐ者。
蝶が愛に溺れるまで、ありったけの想いを注ぐ者。
愚者の心に触れた、もう一人の賢者が今。彼女と同じ目線、同じ速度で歩みだす。
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