039 悪くはないが、上手くいくとは思わない
萌花達はあられもない姿をしていた。
萌花は制服が強引に引き裂かれて下着が露出している。
男子達の顔面は腫れ上がって酷い有様。
ここへ来た当初の水野を彷彿とさせた。
(襲われたんだな)
一目で分かった。
こいつらは他の奴等にツリーハウスを奪われたのだ。
こいつらが水野にしたように、こいつらも他の奴にやられた。
そして萌花は……。
「とりあえず話を聞いてみるか」
俺達は見えない壁にへばりつく萌花達に近づく。
洞窟内にいた由衣も出てきて、俺達に合流した。
「大地、助けて……」
萌花が涙を流しながら言う。
お得意の嘘泣きではなく、本気で泣いている。
彼女の言葉を皮切りに、後ろにいる野郎共が頭を下げた。
「水野の件は反省している」
「できることならなんだってする」
「だから俺達を助けてください」
「お願いします」
案の定な用件だった。
「前とは違うから。絶対にサボらないから。ちゃんと働くから。納得できないなら追放してくれていいから。だから助けて。お願い」
俺は何も答えず、女子達の顔色を窺った。
波留と千草、それに歩美は困惑している様子。
由衣は無表情で、どこか冷めたような目をしている。
(やっぱり皆の気持ちは一緒だよな)
俺は小さく頷くと、萌花に尋ねた。
「まずは状況を教えてくれないか? 何がどうなっている? お前達は水野のツリーハウスを奪ってそこで暮らしていただろう?」
事情に察しはつくが、それでも尋ねておく。
勝手に想像している内容と実情が異なっていると困るから。
「実は――」
そう言って萌花が話し始めた内容は、想像していた通りだった。
暴徒化した連中にツリーハウスを奪われた、というもの。
萌花の服装に関する詳細は伏せられた。
ツリーハウスは水野が樹上にこしらえたもので、領土ではない。
故に見えない壁は存在せず、誰でも自由に出入りできる。
ここではより力のある者がツリーハウスの所有者になるのだ。
「なるほど、やはりそういうことだったか」
事情は把握できた。
――もう用済みだ。
「お前達を拠点に入れることはできない。お前達がツリーハウスを奪われたのは自業自得だ」
「大地! 私を見捨てないでよ!」
「ここでも『私達』ではなく『私』なんだな」
「えっ?」
「お前はいつも自分のことばかりだ。それは今も変わっていない。自分だけでも助かろうという魂胆が見え見えだ。もしもお前だけならいいと言えば、お前は迷うことなく仲間の男子達を見捨てるだろう」
萌花はよほど疲弊しているようだ。
俺の発言をちゃんと理解できなかったらしい。
だから、この発言に対して意味不明な反応を示した。
「いいの!? 私だけなら入れてくれる!?」
これには俺達だけでなく、お仲間の男子達も唖然としている。
「失せろ」
「大地! お願い! 大地ぃ!」
「失せろつってんだろ!」
俺は萌花達の立っている場所を購入。
見えない壁を拡張して強引に弾き飛ばす。
連中が別のブロックに転がると、今度はそのブロックを購入。
そうやって何度も吹き飛ばしていく。
「どうだ、まだやるか?」
よろよろと立ち上がる萌花に向かって言う。
「死ね!」
それが萌花の返事だった。
諦めたようで、身を翻して去っていく。
驚くことに、仲間の男子達は萌花の後に続いた。
◇
時間が経つにつれて暴徒の数は増えているようだ。
グループラインでは誰それに襲われた、という情報が飛び交っている。
また、グループラインでは変化が起きていた。
攻撃的な発言が増えている。
考えたら分かるでしょとか、そういう棘のある発言だ。
元々、刺々しい発言は増えている傾向にあった。
だが、ここ数日は特に増加している。
日に数回はくだらない言い合いが繰り広げられていた。
それだけ心に余裕がなくなっているのだろう。
「やはり現れたか」
夕食前、ダイニングでスマホを眺めて呟く。
「なにが現れたの?」
キッチンで調理中の千草が尋ねてきた。
「グループラインでな、3年の連中が『皆で協力して拠点を確保しよう』と言っているんだ」
「なんだか谷のグループみたい」
「呼びかけをする点では同じだな。目的は大きく異なるが」
「どういうこと?」
「谷のグループの目的は“救援が来るまで耐えよう”というものだったろ」
「うん」
「今回のグループの目的は“皆で安全に生活しよう”というものだ。暴徒や徘徊者対策で一致団結しようと言っているだけで、救援を期待しているのではない」
「救援が来るのを諦めたってこと?」
「そういうことだ。ネットを見ても分かる通り、俺達のことなんざ誰も覚えていないからな。警察だって捜索の打ち切りを発表したしな」
キッチンからジュージューという音が聞こえる。
ここからだと見えないが、何かを炒めているようだ。
「大地君はどう思う? その呼びかけ」
「悪くないと思うよ。この島で拠点を得ずに生活を続けるのは難しい。拠点を確保すれば、暴徒や徘徊者といった問題は解決する。ただ……」
「ただ?」
「上手くいくとは思わない」
「そうなの?」
「はっきりと状況が分からないから断言はできないけどね。徘徊者はたしかに防げるだろう。でも、暴徒――いや、強姦魔はどうやって防ぐ?」
「フレンドにしなければいいんじゃないの?」
「それは難しいよ。だって、どいつが強姦魔か分からないからな。グループラインで既に名前が挙がっている奴だけが全てとは限らない。それに、グループラインに名前が挙がっている奴が必ずしも強姦魔であるとも限らない。偽情報の可能性もある。規模が大きくなれば、誰を仲間にするかどうかで争いが起きるだろう」
「たしかに……」
キッチンのジュージュー音が消える。
うっとりする香りを纏った湯気がこちらに飛んできた。
肉の香りだ。
「この問題を解決するなら性別で分けるのがいい。女だけの拠点にすれば、まず間違いなく強姦魔を防げるだろう」
「それ名案!」
「と、思うじゃん?」
「駄目なの?」
「駄目じゃないけど、現実的には難しいよ。紫ゴリラをはじめとする拠点のボスは狂暴だ。男子が数十人で挑んでも負けることだってある。そんな敵を女子だけで倒すのは不可能に近い」
「でも、私達は勝てたよ?」
「かなり危険な戦い方だったからな。ガソリンをぶっかけて花火をぶち込んだんだぞ。正攻法で挑んだわけじゃない」
「そういえばそうだったね」
「とはいえ、死ぬ気になれば拠点は確保できるだろう。そこから先は呼びかけている人間の手腕・カリスマ性によるな。成功させるのは難しいと思うけど、上手くいってほしいものだ」
俺は立ち上がり、キッチンに移動してティーポットを手に持つ。
中に入っている熱々の紅茶をカップに注ぎ、それを飲んだ。
「千草、この紅茶すごく美味いよ」
「ほんと?」
俺は頷いて肯定する。
千草は嬉しそうに声を弾ませた。
「〈ガラパゴ〉のオリジナル商品なんだよね」
「料理にも合うかもな」
「それいいかも! じゃあ、この紅茶に合う料理も考えないと!」
「今から新しく何か作るの? 追加で?」
「もちろん!」
「別に明日以降でもいいと思うけど」
「善は急げって言うもん!」
「急がば回れとも言うぜ」
「でも私は急ぎたい!」
「ハハハ……」
料理に対する熱量が凄い。
「完成したらラインで呼んでくれ」
「はーい」
俺は空のカップを千草に渡し、自室へ向かう。
しかし、その足はダイニングを出たところで止まった。
「あっ」
外を眺めて呟く。
これまで上機嫌だった天気の様子が一変していた。
分厚い雲が上空を覆っていて、空がどんよりしている。
小雨が降り始めた。
その勢いは次第に激しくなっていく。
そして――あっという間に大雨となった。
「まずいな」
俺達は平気だが、外で過ごす大半の連中には致命的な展開だ。
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