016 これは駄目かもしれないなぁ

「ほれみぃ、やっぱりとんでもない女じゃんか」


 萌花が風呂に入るなり、波留が言った。


「そんなにとんでもないことか?」


 俺は首を傾げる。


「大地って女に甘すぎない? あの子が友達でもない男だったらどうよ? キレない? むかつくっしょ?」


「まぁ……多少はな」


「それだよそれ! 私達はそういう気持ちなわけ!」


「なるほどなぁ」


 波留が言っているのは、萌花が俺より先に風呂へ入った件についてだ。

 歩美が上がって俺の番が来た時、萌花が順番を代わるよう言ってきた。

 汗だくだから早く入りたいとのこと。

 俺が承諾すると、彼女は「じゃあお先にー」とすたすた消えていった。


「普通は『ありがとう』でしょ。『じゃあお先にー』ってなんだよ!」


「俺が幼馴染みだからなのかもしれない。現に波留達に対しては丁寧に接しているじゃん」


「丁寧っていうか、あれは、その……」


 千草はそこで口をつぐむ。

 歩美や由衣は苦笑いを浮かべていた。


「大地、一つ訊いてもいい?」


 珍しく歩美が尋ねてきた。


「どうした?」


「大地ってさ、学校で堂島さんと話してる?」


「いや、あんまり。同じクラスになったことがないし」


 思い返してみる。

 あんまりと言ったが、皆無に近かった。

 これには理由がある。


「登下校も別々じゃない?」


「その通りだ。よく分かったな」


「やっぱり」


「やっぱりって?」と由衣。


「堂島さんと同じクラスになったことがあるの。波留と仲良くなる前だから1年の時だと思う」


「それで?」


「堂島さんはチャラい感じの男子グループによく顔を出していたの」


「去年もそうだったなぁ」と千草。


「で、大地みたいって言ったら大地に失礼だけど、その、ちょっと静かな感じというか、活発じゃないほうというか……」


 歩美が言いにくそうにしている。

 俺は助け船を出すことにした。


「陰キャラって言いたいのか?」


「悪い言い方で言うとそうだね。そんな感じの男子が話しかけた時にさ、堂島さんがすごい冷たい顔で言っていたの。『陰キャラは近づかないでくれる?』って」


「そのセリフ、俺以外にも言っていたんだな」


 俺が萌花と学校で話さない理由がそれだ。

 彼女から学校では話しかけてこないように頼まれていた。

 俺が地味な陰キャラだから。

 イケてるグループの子らに見られたくない、とのこと。

 廊下ですれ違っても挨拶しないで、とも言われたものだ。


「だから、そういう」


 歩美はそこで話を打ち切った。

 萌花が入浴を終えて戻ってきたからだ。


「あーさっぱりしたぁ! ありがとねー、大地!」


「おうよ」


「私、疲れたから寝たいんだけど、どの布団?」


 萌花が横並びになった5つの布団を見ている。


「ああ、そういえば布団の用意がまだだったな」


「買ってくれるの? ありがとー」


 俺はスマホを取りだし、萌花の布団を買おうとする。

 ――が、そこに波留が待ったをかけた。


「堂島さん、所持金は? 私達、風呂やトイレを作るので結構なお金を使っちゃったんだよね。だから、たくさんあるなら自分で買ってもらってもいいかな?」


「あ、はい、ごめんなさい」


 萌花はペコリと頭を下げると、自身のスマホを取り出した。

 慣れた手つきで操作を行い、寝具を購入・召喚する。


 それは、俺達の使っている煎餅布団とは違った。

 なかなかに立派なダブルサイズのベッドだ。

 横並びの布団よりも少し奥の場所に設置された。


 波留達は絶句している。

 流石の俺も口をポカンとした。


(これは……)


 波留の横顔を見る。

 首筋から血管が浮かんでいた。

 今にもぶち切れそうだ。


 そんな波留に気付くことなく、萌花はベッドに潜る。


「お先に寝ますー。おやすみなさーい」


 そして、萌花は誰よりも早く眠りに就いた。


「お、俺は風呂に入るよ……」


 萌花の横を通り、浴室へ向かう。

 ベッドを通り過ぎたところで振り返る。

 波留達の冷たい視線が突き刺さった。


(これは駄目かもしれないなぁ)


 ◇


 次の日。

 案の定、朝から問題が発生した。


「えー、朝から串焼きって重くないですか?」


 萌花が朝食に不満を述べたのだ。

 食事の献立を決めるのは千草の仕事である。


 食器類を節約するべく、千草は串焼きを徹底していた。

 今はキッチンを作ったり、食器を買ったりするお金すら惜しい。

 誰よりも料理をしたがっている彼女が、何食わぬ顔で我慢している。


「料理にケチつけてるの?」


 突っかかったのは波留だ。

 険悪なムードが漂う。


「ケチなんてつけていませんよ。ただ訊いただけです。ごめんなさい」


 萌花はすぐさま謝った。

 とにかく謝る速度が凄まじい。

 争いはしないぞ、という姿勢が窺えた。


 そんなこんなで朝食が始まる。

 昨日に比べると明らかに重い空気での食事だ。


「昨日も出たらしいな。深夜の猛獣」


 話題を変えるように俺が言う。

 グループラインでは深夜の猛獣について情報が交わされている。


「誰かが予想していた通り、木に登れば防げるみたいだね」と由衣。


 昨日の昼頃、猛獣対策について言っている者がいた。

 木に登れば襲ってこないっぽい、と。

 半信半疑だったが、グループラインを見る限り正しかったようだ。


 それでも死亡者は出ている。

 昨日の朝は495人だった生存者が、今は458人になっていた。

 37人が命を落としたことになる。


 全員が深夜に殺されたわけではないだろう。

 中には昨日の朝の時点で死にかけだった者もいたはずだ。

 そういう人間も含めての37人である。

 大半が拠点を持っていない中、これは奮闘しているほうだ。

 グループラインによる情報交換が活きている。


「ねー大地」


 萌花が話しかけてきた。


「友達の男子グループもこの拠点に入れていいよね?」


「はっ?」


 波留が反応する。

 俺は無言のままだ。


「この拠点なら男子達が来ても十分なスペースがあるしいいでしょ? もちろん働くから。ちゃんと。働かざる者食うべからずって言うからね」


「男子グループって、何人くらいなの?」


「ちょ、大地、本気かよ?」


 波留が俺を睨む。

 萌花は波留を無視して続けた。


「5人くらいかなー。そんなに多くないから大丈夫でしょ?」


「いいや、大丈夫じゃないな」


 俺は首を横に振った。


「悪いけど、今は人数を増やしたくないんだ」


「どうしても駄目? もうOK出しちゃったんだけど」


 先に話を進めてから承諾を得ようとする。

 萌花の得意技だ。


「なら今からキャンセルしといてくれ。俺はOKする気がない」


「えー、冷たいなぁ。なんか別人と話してるみたい」


 萌花は露骨に不快そうな顔をしている。

 そんな彼女を睨み付ける波留が怖い。


「メシが終わったことだし、今日の作業を決めようか」


 俺は手を叩いて話題を変える。


「私は今日も釣りだかんね」


 波留の口調が刺々しい。


「私は販売担当ね」と歩美。


「私もそうする」と千草。


「今日は釣りに挑戦してみる」


「由衣も販売担当かと思ったが」


「クエストの消化がてら釣りもありかなーって」


「なるほど」


「なら萌花は俺と一緒に狩猟でいいか。角ウサギを狩ろう」


「…………」


 萌花は必死にスマホをポチポチしている。

 どうやらラインで誰かとチャットをしているようだ。


「萌花、狩猟で大丈夫か?」


「えっ? あ、うん、なんでもいいよ。じゃあそれで」


「「「「「………………」」」」」


 萌花以外の視線が俺に集まった。

 波留に至っては今にも襲い掛かってきそうだ。


 俺は改めて思った。


(これは駄目かもしれないなぁ)

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