013 経験がないのか? 波留なのに?

「フハハハハハ! どうした大地ィ!」


「そんな……! この俺が……!」


 波留との釣り勝負に負けた。

 しかも惜しいなんてレベルではなく、完敗だった。


 俺は悪くない。

 3時間で15匹も釣った。

 槍でブスブスと。


 平均すると1時間当たり5匹。

 12分に1匹の効率だ。

 釣りの経験がある人間なら分かる。

 これは申し分ないペースだ。


 釣りによる稼ぎは約6万3000pt。

 狩猟よりも遥かに効率がいい。

 そう、俺は悪くない。


 問題は波留だ。

 なんと27匹も釣りやがった。

 秘伝の餌が大爆発である。

 餌の材料費を差し引いても余裕の黒字だ。


「たしか負けた方は勝った方の言うことを1個聞くんだよなぁ?」


「そんなこと言ってないだろ」


「決めたの! 私が! 今!」


「今かよ。で、何か俺に命令したいことがあるのか?」


「おっ? この後付けルールに乗ってくれるんだ?」


「内容によるけどな」


「じゃあさ、嫌じゃなかったらでいいんだけど――」


 波留の顔が赤くなっていく。

 何を言うのだろうと思っていると、彼女は手を伸ばしてきた。


「手、繋いでよ」


「へっ? 手を繋ぐ?」


「そうだよ、悪い?」


「いや、悪くないけど……」


 意味が分からなかった。

 波留は明らかに照れている。

 顔が真っ赤だ。

 そんなに恥じらうこととは思えないが。


「何を言うかと思えば」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど」


 波留の要望に応えて、手を繋ぐことにした。

 何かあるのかと思ったけれど、特に何もない。

 ただ普通に手を繋いだだけだ。


(顔を赤くするのは逆だろ、普通)


 波留はグループの中でも特にモテる。

 誰に対しても明るく話しかける性格だからだろう。

 そのため、告白される回数も群を抜いて多い。

 俺が把握しているだけでも月に数回は告白されている。


 一方、俺はまるでモテない。

 彼女いない歴イコール年齢で、当然ながら童貞だ。

 幼馴染み以外に女友達ができたこともなかった。


「なんでそんなに恥ずかしそうなんだ?」


 気になったので尋ねてみる。


「バッ、恥ずかしくなんかないし!」


 繋いでいる波留の右手は大量の汗を分泌していた。

 熱でもあるのかと心配になるくらいだ。


「どう見ても恥ずかしそうだぞ。顔が真っ赤だ」


「うそー!? やだ、見ないでよ」


 波留がますます恥ずかしそうにする。

 彼女は強引に手を解くと、手で自分の顔をあおぎだした。

 落ち着いたところで何度か深呼吸する。


「いやぁ、手を繋ぐって恥ずかしいね」


 今度は一転して恥ずかしいと認める波留。


「今まで手を繋いだ経験がないのか? 波留なのに?」


「波留なのにってなんだよ! ないよ! ビッチじゃないんだぞ!」


「そういう意味じゃなくて、波留ってモテまくりじゃん」


「それはそうだけど」


 否定しないところが素晴らしい。

 自覚はあるようだ。


「その気になれば彼氏の1人や2人は作れるだろう。そういう相手がいなかったとしても、手を繋ぐくらいは楽勝だ。波留に手を繋いでほしいって言われて断る奴なんていないだろうし」


「えー、そういうのは嫌じゃん」


「そうなのか?」


「だって誰でもいいわけじゃないし! 手を繋ぐ相手ってのはさ!」


「でも俺だぜ? 相手」


 俺にとっては何気ない言葉だった。

 だが、波留にとっては核心に迫る何かだったようだ。

 途端に彼女の顔が真っ赤になった。


「そんな風に言うなよ、ずるいぞ!」


 そう言って波留は走り出した。


「なんなんだ一体……」


 …………。


「もしや波留は俺に惚れている!?」


 …………。


「ハハ、まさかな」


 ◇


 この日の夕食も洞窟の前で食べた。

 昨日と同じく焚き火を作り、それを全員で囲んだ。


 またしても串焼きだが、焼く物は色々ある。

 肉、魚、野菜……さながらバーベキューのようだ。

 そろそろ串焼き以外も食べたいね、と皆で話した。


 胃袋が落ち着くと、販売組の3人と結果を報告し合う。


「3人がかりとはいえ1日で20万も稼ぐとはすごいな」


 俺と波留の釣りが好調だったのと同じく、販売組も好調だった。

 歩美が8万、由衣と千草はそれぞれ6万ほど稼いだようだ。

 ちびちびと値上げしていることが収益の向上に繋がっていた。


「大地達だって2人で17万でしょ?」と歩美。


「そっちの方が凄いよね。大地君、流石だよ」


「ちょと待てい! 釣りは殆ど私の手柄だから!」


「悔しいが否定できないな。波留が釣りすぎた」


 2日目は全員が絶好調だった。

 午前の分も合わせると、1日で40万以上の稼ぎだ。

 これは全体的に見てもかなり良い数字と言える。


 グループラインでは、金欠に嘆く声が溢れていた。

 大半が拠点の購入費用である10万はおろか食費ですらカツカツだ。

 そこらに自生している果物を収穫することで凌いでいる者が多い。


 このままだといずれ餓死するぞ、という声が散見された。

 今日だけで40万以上も稼いだ俺達にはにわかに信じがたい話だ。


「これだけあったら少し贅沢してもいいんじゃねー?」


 波留が言う。


「無駄に豪華な物を食うとかじゃなければアリだと思うぜ。いわゆる先行投資ってやつだ。このモバイルバッテリーみたいにな」


 胸ポケットに入っているモバイルバッテリーをチラッと見せる。


「とりあえず私達もそのバッテリー買おうよ!」


「2万だっけ?」と由衣が尋ねてくる。


「そうだよ」


「なら4人で買っても8万の出費だし問題ないね」


 波留達もモバイルバッテリーを購入した。

 島での生活がいつまで続くか分からない以上、これは賢い買い物だ。


「ひとまず全員の所持金の合計がいくらか計算してみよう」


 俺達は順番に所持金を報告していく。


 その結果、5人の合計は70万近くあると分かった。

 クエスト報酬でブーストしているとはいえ大したものだ。

 思ったよりあるね、というのが全員の意見だった。


「もう少し贅沢しようよ!」


 波留が倍プッシュを促す。


「他にも欲しいものがあるのか?」


「あるに決まってるっしょ!」


「何が欲しいんだ?」


「それは……」


 波留の顔が赤くなっていく。

 語気も弱まった。

 なんだかとても言いにくそうだ。


 俺は釣りを終えた後の一幕を思い出した。

 あの時は手を繋ぎたいという要望だったが、今度は果たして……。

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