012 これが陰の戦い方よ
俺が反対を表明したことに、由衣以外は驚いた様子だった。
由衣だけは「だよね」と頷いている。予想していたようだ。
「どうして反対なのさ? 皆で集まる方がいいじゃん!」
波留は不満をあらわにしている。
「10人20人程度の数ならそれでもいいけどな。数百人規模ともなれば、間違いなくトラブルが起きる」
「トラブルゥ!? こんな状況で揉め事なんてありえる?」
波留は千草や歩美に視線を向ける。
2人はなんとも言えないといった表情。
「あえて揉めようとする奴はいないだろうよ。でも、それだけの人数がいると、価値観の相違で問題が起きるものさ。特にこの島みたいな無秩序の場所だと尚更にそういった問題が起きやすい。徐々に人数を増やしていくならまだしも、今回は一気に数百人を集めるわけだからな。まとめあげるにはよほどのカリスマ性が必要になるよ」
「そういうものかなぁ」
波留はまだ納得できていない様子。
「問題は他にもある」
俺は地面に置いていた竹の串を指で摘まみ上げた。
先ほどまで肉と野菜が刺さっていた物だ。
「可能な限り節約したとしても、それなりに腹を満たすなら日に5000ptの食費が必要だろ? 数百人が密集する場所で、継続的に5000ptを稼ぐのは難しいだろう。今のままだと奪い合いになるのが目に見えている」
「それは……何か策があるんじゃないの?」
「ないよ」
俺は断言する。
「グループラインで呼びかけをしている奴もそのことを認めている。金策について誰かが質問していたけれど、それに対する回答は『クエスト報酬で凌ごう』というものだ」
「なら問題ないじゃん!」
「どうしてそうなる。問題大ありだ。クエスト報酬は一時金に過ぎない。それに、クリアできるクエストの数にも限りがある。よくて2週間分にしかならない」
「それだけあったら十分っしょ! どうせ1週間もすれば救助がくるし!」
「そうも言い切れないのが現状だ」
「どいうこと? 救助がくるんじゃないの?」
「そんな保証はどこにもない」
俺はマップを開いて波留に見せる。
「地図上だと俺達は海の上にいるわけだ。しかも周囲100kmには何もない。こんなところ、まともに捜索されると考えるほうがどうかしている。逆の立場で考えると分かるだろう。いきなり学生が集団失踪したからって、何もない海にいるかもしれないなんて思うか?」
「それは……」
「思わないだろ? この国のお偉いさん共も同じ考えさ。だから、救助が望めるとしたら、それは副次的なものになる。別の目的でたまたまこの場所を通りがかった船が島に気付く、とかそんな感じのね」
「じゃあダメじゃん!」
「そういうことだ。まずありえないが、仮にトラブルなく数百人規模の集団生活が送れたとしても、救助がすぐに来ないといずれパニックになる」
こうして言葉にすると思う。
本当に救助が来る日はあるのだろうか、と。
そんな日は訪れないような気がした。
「それになにより――」
俺は右の人差し指を立てる。
波留が「まだあるの!?」と驚く。
「――俺達には拠点がある。せっかく手に入れた拠点を放棄してまで応じる理由がない。ここは安全だからな」
「それもそっかぁ」
波留も納得したようだ。
千草と歩美も考えを改めている。
結果、俺達はこの呼びかけをスルーすることで一致した。
◇
昼の作業は当初の予定から変更した。
まず、採取担当だった千草と由衣が物作り兼販売担当に回る。
歩美の指導下でガンガン作ってガンガン売ってもらう作戦だ。
そうなると川辺の作業が波留だけになる。
それをカバーするべく、俺の作業を狩猟から釣りに変えた。
ということで、今は波留と2人で川に来ている。
「どっちがたくさん釣れるか勝負といこうじゃないか」
「いいねぇ! って、大地、釣り竿は!?」
「あるぞ、ほら」
俺は手に持っている物を見せる。
なかなかに立派な――。
「それは槍だろぉー!」
――槍だ。狩猟で使っている物。
「細かいことは気にするな。獲れれば一緒だ。どうせ金になる」
「なんて奴だ!」
波留は呆れた様子で竿を振る。
団子状の餌を付けた釣り針が川にポチョンと沈んだ。
川の水によって餌がほろほろと崩れていく。
そこに魚が群がってきた。
「一瞬で釣れそうだな。餌がポイントか?」
「そのとーり! これは秘伝の餌なのだ! 私が作った!」
「ほう、レシピは?」
「クックバッドの上から2ば――じゃない、内緒! 秘伝のレシピ!」
「オーケーググール、川釣り用の餌の作り方について教えてくれ」
「ちょっとー! このズル野郎!」
ポン♪
「検索したところ、こちらのサイトが見つかりました」
あっさりと秘伝のレシピが見つかった。
「なるほど。このレシピか。真面目に釣りをする機会があったら参考にさせてもらうよ」
そんなやり取りをしている間に、波留の釣り針に魚が食いつく。
「まずは私の先制だー!」
波留は慣れた様子で魚を釣り上げた。
縞模様の鱗をしたフナのような魚が釣れる。
見るからに不味そうだ。
「こいつは5000ptの大物だぞ!」
ドヤ顔の波留。
「こちらも本腰を入れるとしようか」
俺は靴を脱ぎ、川の中に入る。
思っていたよりも流れが強くてヒヤッとした。
だが、慣れてしまえば問題ない。
「この槍で貫いてやるぜ」
狙いは川に漂う波留の餌をパクパクしている奴等。
どいつもこいつも不味そうな見た目で変な笑いがこみ上げる。
「そらよっと!」
狙いを済ませて槍を投げた。
穂先がよく分からない魚の胴体を捉える。
「よっしゃー! 1匹目ェ!」
魚の突き刺さった槍を掲げて波留を見る。
出来る限りのドヤ顔を披露した。
「くぅ!」
波留が唸る。
その顔はどう見ても楽しそうだ。
「おっ、死んだか」
槍に刺さっている魚が消えた。
それと同時にいつものチャリーンが聞こえる。
「おお!」
スマホを確認した俺は、驚きの声を上げた。
「なになに!? 大物だったの? さっきの奴!」
波留が好奇心に満ちた目を向けてくる。
「いや、魚の価格自体は4000とかだったけど」
「じゃあなに!?」
「クエスト報酬を獲得してしまった」
俺は川から出て、履歴画面を波留に見せる。
「あんなん釣りじゃないっしょ!」
「それが〈ガラパゴ〉によると釣りに入るそうだ」
俺のクリアしたクエストは「魚を釣ろう」だ。
さすがに今のがクリア扱いになるとは予想していなかった。
「というわけで俺の行為は〈ガラパゴ〉公認の釣りだ。今からガンガン釣らせていただくぜ。特に波留の餌に群がる魚を頂いてやろう。さぁ、針に餌を付けて投げるがいい」
「ずるい! ずるいぞ大地! それでも男か!」
「忘れるな。この島に来るまで、俺はカースト底辺の陰キャラだったのだ! これが陰の戦い方よ。フハハハハハ!」
妙なテンションのまま、再び川に侵入した。
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