008 絶対に安全な場所

「やったか!?」


 やってないフラグを立ててくる波留。

 ゴリラは大炎上し、その場で崩落して悲鳴を上げている。


「分からないけど、とりあえずクロスボウを使うぞ!」


 炎が消えるまで待つつもりなどない。

 オーバーキルになろうともここで追撃するのが正解だろう。


「持ってきたよ、大地君!」


 俺の行動を先読みして、波留以外の3人がクロスボウを取ってきた。


「サンキュー!」


 俺達はクロスボウを構え、ゴリラとの距離を詰める。

 かつてない緊張感の中、約10mのところまで接近した。


「この距離なら外すまい。撃て!」


 クロスボウを一斉射撃する。

 5本の矢は燃えさかるゴリラに突き刺さった。


「ウホオオオオオオオオオオ!」


 それが断末魔の叫びとなった。

 ゴリラは倒れ込むと、炎と共に消えたのだ。


「やったぞ! 俺達の勝ちだ!」


 全員が自然と笑みを浮かべていた。


「さて、記念すべきジャイアントキリングを達成したのは誰かな?」


 俺達はスマホを片手に音が鳴るのを待つ。

 数秒後、スマホからファンファーレが流れた。

 鳴ったのは――俺のスマホだ。


「大地が倒したのかよー! 私かと思ったのに!」


 悔しがる波留。


「いつもと音が違ったよね」


 由衣が鋭い指摘。

 千草と歩美が「たしかに」と頷く。


「知らない音だったな」


 俺は〈ガラパゴ〉を開く。

 起動した瞬間、画面にログが表示された。


『ボスの討伐おめでとうございます。

 貴方にはこの拠点を購入する権利が与えられました。

 10分以内に購入しない場合、この権利は失効します。

 権利が失効するとボスが復活するのでご注意ください』


 ログを閉じると、画面上部に「拠点」というタブが追加された。

 そのタブをタップすると、拠点を購入するかどうかの選択肢が表示される。


「どうやらこの洞窟が拠点のようだ」


 俺は皆に画面を見せながら言った。


「じゃあ、この洞窟を買えば、隣接する土地を買えるようになって、その土地の上に家を建てられるわけだ?」


 由衣が確認してくる。


「そういうことだろう」


 そう言いつつ、俺は密かに悩んでいた。


「じゃあ、早速買おうよ! この洞窟!」


 波留が言うと、他の女子も頷いて同意する。

 俺は苦悶の表情を浮かべた。


「そうしたいのだが――」


 所持金を指す。


「――見ての通り購入資金が足りない」


 拠点を買うには10万ptが必要になる。

 一方、俺の所持金は約7万。正確には7万とんで9ptだ。

 クロスボウの作成やらでお金を使いすぎた。


「どうやらあの紫ゴリラはお金にならないようだ。ボスを討伐しろってクエストの報酬で1万ptが入っただけで、ゴリラ自体は1ptにもなっていない」


 履歴を確認しながら言う。

 波留が「クソじゃん!」と吠えた。

 全く以てその通りだ。クソすぎる。


「お金をあげることって出来ないのかな? 私、3万ならあるけど」


 歩美が自身の〈ガラパゴ〉を見せる。


「たぶん無理だと思う。そういう項目がないからラインでも無理っぽいって意見が出ていたよ」


 千草が残念そうに言った。


「おいおい、じゃあ、この拠点を放棄するってのかよ!? そんなの嫌だぁぁぁ! 必死こいて倒したのに嫌だぁぁぁぁぁぁ!」


 波留が両手を頭に当てながら崩れ落ちる。

 大袈裟ではあるが、気持ち的には俺達も同じようなものだ。


「待って」


 絶望のムードを断ち切ったのは由衣だ。


「お金を上げることが無理でも、これを使えばいけるんじゃない?」


 由衣は販売タブを指した。


「大地が何かを出品して、それを私達が買うの」


「「「「その手があったか!」」」」


 完璧なアイデアだった。


「さっそく試してみよう!」


 拠点の購入権利は残り4分で失効する。

 俺は慌てて操作した。


 初めて触る項目だったが、苦労することはなかった。

 よくあるフリマアプリと同じ要領でサクッと出品できたのだ。

 俺はその場に落ちていた石ころを出品した。


「うおっ」


 出品が完了すると同時に、持っていた石コロが消える。


「あとはこれを私達が買うだけね」


 購入についても苦労しなかった。

 いつもと同じ要領で購入することができる。

 商品ジャンルで「ユーザー」を選べば一覧が表示された。


「出品者が誰か分からない仕様なんだね」と由衣。


「ま、問題ないだろう。今は俺しか出品していないようだし」


「それもそうだね――買ったよ」


 由衣の手元に、俺が3万で出品した石が現れた。


 チャリーン♪


 いつもの音と共に、俺の所持金が10万ptを超えた。


「これなら!」


 大急ぎで拠点タブを押す。

 購入の権利が失効するまで残り10秒を切っていた。

 全力で購入ボタンを連打。



 ………………。




 …………。



 ……。



『おめでとうございます。この拠点は貴方の物になりました』


 間に合った。

 ギリギリの中のギリギリで。


「よっしゃ! 拠点を買ったぞ!」


「「「「うおおおおおおおおお!」」」」


 全員で歓声を上げ、ハイタッチをしまくる。

 落ち着くと、俺は拠点タブに表示されている説明を読んだ。


「なんか拠点の中は安全らしいぜ」


 拠点内は絶対に安全とのことだ。

 敵対生物は入ることができないらしい。


「なら布団を買って拠点の中で寝ようぜー!」


 波留がウキウキで洞窟に入ろうとする。

 だが、彼女が足を踏み入れようとした瞬間、問題が起きた。

 見えない壁に阻まれ、波留は後方に弾かれたのだ。


「いてぇ! なにこれ!?」


「もしかして、大地しか入れないってこと?」


 由衣が試しに近づく。

 すると、何の問題もなく洞窟の中に入れた。

 千草と歩美も続くが、こちらも阻まれずに済む。


「どうして!?」


 波留が発狂しながら再挑戦。


「あでぇッ!」


 やはり彼女だけは弾かれてしまう。


「なんでだよ!」


 地面を蹴りつける波留。

 舞い上がった小石がこちらに飛んでくる――が、洞窟には入らない。

 見えない壁が防いでくれたのだ。


「もしかして……」


 今のでピンときた。

 俺は拠点タブの中から「入場制限」の項目を開く。


「やはり」


「どういうこと?」と由衣。


「フレンドじゃないからだ」


 拠点には入場制限がかけられていた。

 デフォルトの設定は「フレンドのみ」になっている。

 他の選択肢は「本人のみ」「フレンドのフレンドまで」「制限なし」の3つ。

 ここでフレンド機能が役に立つようだ。


「待ってろ、今すぐ『制限なし』に変更を」


「いや――」


 波留が言葉を遮る。


「――私ともフレンドになろうよ!」


「流石にここまできて様子見もへったくれもないか」


「そういうこと! それに私だけ仲間はずれって嫌だし」


「たしかに」


「それにそれに! 私は釣った魚の値段が見たいんだ!」


 波留はスマホを取り出し、〈ガパラゴ〉を起動する。

 サクッとフレンド登録を済ませると、改めて洞窟に近づく。

 今度は問題なく入ることができた。


「えー! あの魚たったの4000ptかよー!」


 波留は履歴を全員に見せながら悔しがる。


「4000なら上等だろ。角ウサギと違って探し回る必要がないわけだしな」


「慣れたら凄い効率で稼げそうだね」と由衣。


「なら私は釣りマスターになる!」


「魚の価値が分かったところで――」


 俺は拠点タブ内のあるボタンを押した。

 5000ptを消費するけどかまわないか、という確認画面が出る。

 拠点を買ったことでクエスト報酬が5万も入ったから問題ない。


 迷わずに「はい」を選択。

 次の瞬間、洞窟の奥行きが倍になった。


「――拠点を広くしてみたぜ」


 皆が「うおおおおおおお!」と叫んだ。

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