2.叛旗を持った少女



「≪テレポート≫」


 リンは、転移魔法を使った。


「これって、書庫の扉と同じ…」


 カーボにとっては見覚えのある門が、目の前に現れた。


「よし、成功した!」


 リンの転移魔法を使っても、結界を超えて転移することはできなかった。

 だから、結界の近くまで転移する。

 調魔剤の製造法を盗んで、結界まで転移し、結界を一部だけ壊して国外に逃亡する。

 そうすれば、調魔剤をいくらでも作れる。


 これが、リンの作戦だ。


「それじゃ、行こう!」


「わかった!」


 カーボは門に突っ込んだ。

 その正面には、森があった。


「わぁ…」


 その深さにカーボは感嘆した。


「広いでしょ?」


 リンは笑った。


「お姉ちゃんも、最初に来たときはびっくりしたよ」


 ガウル大樹海。

 王国を囲う深い森には、濃い魔力と沢山の魔物が存在していた。


 濃い魔力のせいで、魔法を使うのが難しい場所。


 だが、今では魔物はすべて討伐され、結界で囲われている。


 それは、リンの辛苦によって、成り立った場所だった。


 協力してくれない討伐隊。


 たった一人で、血を流し、戦った。


(———って、そんなこと思い出してる場合じゃない)



「それよりカーボ、走るよ!」


 リンが王城から盗んだ秘蔵の本。

 それは、ただの調魔剤の製造方法では無いためか———


(たぶん、私にも分からないレベルの罠が仕掛けられてた)


 本には、複雑な魔法式が付与されていた。


 王国の追手が来る可能性は、高い。



 二人は、森の中を駆けて行く。


 それは、王国から逃げるために。

 あるいは、運命を掴み取るために。


「はあ、はあ」


 苦しい息を吐きながら、樹海を走る。


 巨大な結界が、見えてきた。


「もうすぐ、着」




「残念だったな」


 見つかった。


「王国騎士団長の名において、貴様らを拘束させてもらう。

 投降する意思はあるか」


 捕まったら、死ぬ。


「うるさい、そこをどいて」


 戦いが始まった。



(相性は最悪だ)


 剣士の騎士団長と魔術師のリン。


 一対一に向かない魔術師では、勝つのは難しい。


 しかも、カーボを守って戦うというハンデ付き。

 素早い剣士からカーボを守るのは至難の業だ。


 更に———


(ここは、魔術師の天敵、ガウル大樹海)


 濃すぎる魔力から、ここでは魔法を使いづらい。

 リンが直接結界沿いまで転移できなかったのも、この土地のせいだ。


(でも、なんで———)


 それなら、なぜ騎士団長はここに来れたのか。


 樹海は広く、最初からここにいたとは考えられない。


 そして、転移するにも、この場所で正確な転移は難しい。

 リンの腕でも数キロの誤差が出る。

 王国の魔術師なら、数十キロは離れるだろう。


 更に、隠蔽魔法を使っていたから場所を特定するのも困難なはず。


「なんでここまで来れたの?」


「…その本のお陰だ」


「…!」


 リンの手元にある本に刻まれていた表紙の精密な魔法陣が、光っていた。


「この魔法陣は、転移魔法か…!」


 本に隠蔽されていた魔法、それが騎士団長の転移を助けていた。


「多くの魔法使いの力を借りて、それでも数キロは離れてしまったがな。


 リン、王の為にも投降を———」


「≪ライトニング≫」


 光が伝播する。

 騎士団長に向けて。


 騎士団長はそれを避けると、リンに向かって駆けた。

 だが———


「≪ライトニング≫≪ライトニング≫≪ライトニング≫」


 ———雷の包囲網が吹き荒れた。


(なるほど、鎧の通電が狙いか)


 意図を読んで、騎士団長は呟く。


「≪創造魔法———魂装:火≫」


 それは、リンも知らない魔法だった。


 鎧が解け去り———炎が、体を覆った。



 魔法———それは、意思で魔力から現象を起こすもの。


 しかし、特別な魔法「創造魔法」を使えば、自分自身の一部を鎧や武器に変換したりすることができる。


 創造魔法とは、自らの魔力器官の内に眠る神の残滓を覚醒させて使う魔法。

 魔力器官に作用したり、または自分の魔力器官の限界を超えたり、概念を創ったりできる。

 それには、強い意志が必要だ。


 それは、遥か昔、すべての生物がとある神の魔法だったことの名残。

 意思を持った魔法は、創造魔法を使って自らの姿を変える。

 "生物"という現象が、"炎"という現象に変わり、燃え盛る。



(こんな魔法、見たことがない…やっぱり、隠してた)


 リンは苦虫をかんだ表情で魔法を唱え続ける。


(あれは、創造魔法だ。この本が、王国の隠し玉だった)


 リンの盗んだ魔法書に秘められていたのは、調魔剤の製造法ではなかった。

 創造魔法を使う技術だった。

 いや、調魔剤の製造も創造魔法で行っていたのだろう。

 王国が、王とそれに仕える一人の騎士のみに伝え続けながら、封印していた魔法だった。


(ただの調魔剤の製造法だったら良かったのに、こんなものだったなんて)


 獄炎が、命を刈り取るようにリンとカーボを襲う。

 鮮やかな赤と深い黒が渦巻く。


「≪スペースカット≫」


 空間を歪ませ、炎を曲げて反らしながら、リンはそのまま次の魔法を唱えた。


「≪アイスエイジ≫」


 氷が騎士団長を射抜く。

 氷程度、解かせると思い、避けずに炎で防いだが、それすらも貫通して———


 騎士団長の体内の水分が、凍り付く。


「ぬっ、うおおおお!!」


 それに打ち勝とうと、火がより激しく燃え盛る。


(でも)


 肩で息をしている騎士団長を見て、リンは理解した。


(維持が、弱くなる)


 生物は、無意識的に誰しもが自らを維持する魔法を使っている。

 だが、そのキャパシティーを割いて自身を魔法に変え続ければ、その分自分の生命を維持できなくなり、大きなダメージを負う。


 このまま凍らせ続ければ、リンの勝ちだ。



「リン、貴様は強い」


 騎士団長が、更に火を巡らせた。


「魔術師の天敵と言われるこの場所で、ほとんどの魔物を倒した貴様の腕は異常だ」


 火が、渦巻いた。

 外へ、外へと。


「後に国を滅ぼしてもおかしくないだろう。たとえ我が身が滅んでも、ここで、殺す」


 魂までも、全て燃やし尽くすかのように、神々しく毒々しい光が辺りを照らした。


 神の使っていた魔法は、現象だけでなく概念までも変換する。


 ———それは、奥義の一撃。


「民の為に!」


 研鑽を積んできた騎士団長なら、自分の存在の核である魔力器官を全て魔法に変えることができる。


 熱気が吹き出し、リンの目の前には———


 ———極大の焔が迫る。


 リンの後ろには、カーボが居た。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


「異常な奴ってのは、排除されるもんなんだね、カーボ」


「?」


「ま、分かんないか」



 クソみたいな親の元で育った。


 ある日、本屋のおばちゃんに魔法書を見せてもらった。


 その時、初めて単純な力を得たように感じた。


 家に帰って、帰りが遅いやなんたらといつものように殴られそうになった時、


 魔法を親に向けて放った。



 親に手を上げたとか、魔物の娘だとか言われて、町から排除されるまでに時間はかからなかった。



(いつも、みんなは強くて得する方の味方をする)


 子供が親を傷付けるなんて、怖い。危ない。

 多くの人間が傷つかないために、害のある存在は異常とみなして排除する。


 一人の子供<大勢———それが、この世の原理だ。



 私はそれから、力を手に入れようと魔法の研究に没頭した。

 得する方の味方に付くのが普通だ、なんて諦めて。


 でも、


「姉ちゃん、本屋いこうよ」


 カーボは、変わらなかった。


「なんで、私といたら怖がられるのに離れないの?」


「姉ちゃんは姉ちゃんだよ?馬鹿にする人たちがおかしいんだ」


 正義感ってやつだろう。この世界では踏みつぶされて何の意味も持たないのに。


 結局、力さえあればいい。




「ねえちゃん!!!!!!!」


 カーボの魔法に助けられた時、私が思ったのは「なんで」だった。


 死にそうな顔をしているカーボに聞いてしまった。


「なんで、助けてくれたの?」



「だって、姉ちゃんは、いつも助けてくれたから」



 そう言われて、昔のことを思いだした。


(カーボはやめて!私はぶたれてもいいから!)

(姉ちゃん、ありがとう)

(気にしないで!だって———)


(私はカーボのお姉ちゃんなんだから)



「姉ちゃんが、生きてて、良かった」



 私は泣いていた。


 その時、守りたいという気持ちを思い出した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


「カーボ、ごめんね、ありがとう」


 覚悟はもう既に決まっていた。


「大好きだよ」



 あの日、誓った。


 私だけは、愛する弟を何があっても守ってやるって。



リンは、カーボの前に立つ。



「≪創造魔法———魂装:光≫」


 創造魔法は、見て覚えた。 

 火事場の馬鹿力ってやつだ。多分数秒も持たない。


「この、土壇場で!俺の技を見真似しやがったか、化け物め!」


 でも、もっと。


「【創造魔法———サンフラワー】」


 光系魔法の奥義、サンフラワー。

 

 リンの限界など、遥かに超えた威力だったはずだった。


 しかし、限界を超えた。


 それは、リンの強い意志と、神の遺した創造魔法によるもの。


 魔力器官意志の覚醒によるもの。


「私が、カーボを守るんだ!」


 ———白光と黒炎が、激しく衝突した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作者より

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