おいしいたべもの
はるむら さき
そうぐう
ある日、気のいいやつが目の前に現れた。
にこにこと、たいへん穏やかに笑っている。
まるで、誕生日におもちゃを買ってもらった子どものような喜びに満ちた笑顔で。
その場の誰もが「今日、家に帰るまでに、誰かに親切にしてあげよう」という、ふんわりと優しい気持ちになった。
そいつのまとう、やわらかい空気がそう思わせたのかもしれない。
流行りの映画みたいに手を差しのべて、握手して友だちになりたい気分だったが、そういうわけにはいかないだろう。
そいつは、いかにもな形の円盤型のユーフォーに乗って、たった今。空から降りてきた宇宙人なのだから。
宇宙"人"と言うのもおかしい気がする。その姿形は、まるで人間とは異なっているのだもの。
地球に存在するもので例えるならば、こうだ。
まず、大きさといえば成人男性の半分くらいの背丈。卵のような楕円の身体に、よちよちと、小さな山椒魚の手足が生えている。
頭と胴の境目は、どうにもよく分からないが、卵の半分より上のあたりに、守りたくなるような、うるうる潤んだ小鹿の瞳と、にゃんとかわいい子猫の口がついている。おそらく、そこが顔だろう。
顔を正面として、背中側。今度は卵の半分より下の方には、ふさふさゆれる子犬の尻尾がついていた。
その全身は、たよりないほど、ふわふわのひよこの羽毛で覆われている。
まるで、よくできたぬいぐるみのようだ。
「害は無さそうだが、どうにかしなければならない」
その場の誰もが、やさしい気持ちのまま、そう思った。
そいつのことは、このままそっとしておいてやりたいが、降りてきた場所も時間も悪かった。
通勤ラッシュで、ごみごみと混み合う横断歩道のちょうど真ん中。信号は何度も赤と青を、いったりきたりと繰り返している。なのに誰も彼もが動けない。
この未知の生物に、どう対処していいのか分からず、ただただ、優しい気持ちで立ち尽くしている。
勇気を出した少年が、宇宙人にむかって、「よけて」と言ってみたけれど、人の言葉は通じないようで、そいつは、さっきと変わらず、にこにこと穏やかに笑っているばかり。
学校、会社、買い物、観光…その他諸々、そろそろ行かなきゃならないぞ、時間がどんどん過ぎていく。優しい気持ちで宇宙人を見つめつつ、動けずにいる人々が、脳の片隅で焦り始めたその時に、誰かが、はっと何かを思い出し、どこかに、とるると電話をかけた。
電話はすぐに繋がった。
「もしもし。『地球外生物管理局』ですか。ここに宇宙人がいます」と。
ああ、そうだったと誰もが思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます