第17話 近づく距離

 数日の休養を経てようやく体調が回復し、今日からまた出勤となる。


 思ったよりも疲れが溜まっていたようで、あれから数日微熱が続いてしまいなかなか出社する事が出来なかったのだ。


「早く会社に行かないと北杜さんが家まで来てしまうものね」


 毎夜北杜さんが会社帰りに我が家へ寄っていき、私の体調についてを聞いていくのでなかなか気が休まらないのだ。


 家に上がり長居するわけではないけれど、私への見舞いの品や妹達へのお土産を持ってくるものだから、お金を出してくれるというのは申し訳ない気持ちになってしまう。


「北杜さんにとってはあまり気にしていない事かもしれないけど、私にとってはそうではないから」


 だから家で寝てるよりも会社に行った方が気は楽だ。


 それに溜め込んだ仕事も気になる。


 支度をし外に出ると、北杜さんと瀬尾さんが待ってくれていた。


「おはようございます。いつもありがとうございます」


「おはよう、深春。さぁ乗って」


 北杜さんに促されて乗ると、私の隣に北杜さんが座る。


 瀬尾さんも乗り込み、会社へ向けて車が動き出した。


 婚約を発表してからこうして迎えに来てくれるようになったのだが、電車通勤は途中で何かあったら心配だという事で送迎を提案される。


 過保護に思えたけれど、でもこうしてゆったりと車で会社に行けるのは有難く、今ではすっかり慣れてしまって甘んじて受けてしまった。


 電車での通勤はなかなか座る事も出来ず、事故など起きると人の多い車内で立ったまましばらく待たなくてはならない事もある。車ならたとえ渋滞にはまっても座れるので、それだけで全然違う。


 瀬尾さんの運転はとても心地良いし、これではもう電車通勤には戻れない。



「まだ病み上がりだから無理はせずにね」


 それに何だかんだと言いながらも北杜さんが側にいてくれるのは、嬉しい。


「ありがとうございます。数日お休みを頂いたし、もう大丈夫ですよ」


 もう元気だとアピールするように、ぐっと拳を握る様子を見せれば、北杜さんが目を細めて嬉しそうに微笑む。


「ふふ、そういう姿を見せてくれるようになって本当に嬉しいな。前はもっと緊張した顔しか見せて貰えなかったから」


「そうだったかしら?」


 まぁ確かに自分でも最近北杜さんが隣に居ても緊張する事が少なくなって、寧ろリラックスするようになってきた気はする。


(話をしたり顔を合わせる事が多くなったからかしら)


 そう言えば妹の静夏にも言われるようになったなぁ。


「最近のお姉ちゃんは明るくなったわね。前は割とすぐうじうじしていたのに」


 うじうじとなんて酷い事を言われたけれど、他の人から見ても変わってきているという事なのだろう。


 自分では具体的にどうとかはわからないけれど、周囲から見た私はいい方向に変化しているようで嬉しい。


「北杜さんに相応しい女性に近付けているのなら嬉しいです」


 そう呟けば北杜さんが私の手を両手で包んでくる。


「そのままの深春でもいいのだけれど、そう言ってくれる気持ちが嬉しいよ」


 私の手を握ったまま北杜さんは俯いてしまったので表情は見えないけれど、僅かに見える部分が赤くなっている。見るのは失礼かと前の方に視線を映した。


 そうするとバックミラーでこちらを窺っていたいた瀬尾さんがクスクスと笑っているのが見える。


「北杜様は本当に素直で不器用なのです。深春様、どうかこれからもお側にて支えてもらえると有難いのですが」


「私で良ければ、ぜひ」


 間髪入れずに返事をすれば、瀬尾さんが更に笑みを浮かべ、北杜さんの手に増々力が入った。


 相変わらず顔は上げてくれない。


(私、何か変な事を言ってしまったかしら)


 皆目見当がつかない。


「深春はいつでも真面目で素直で、だからこそ眩し過ぎる」


 真面目も素直も悪い意味ではなさそうだけど、眩しさなんては持ち合わせていないはずだけど。


「今のご時世には本当に珍しいお嬢様ですね」


 瀬尾さんも北杜さんの言葉に同調し、頷いている。


「えっと私何か変な事を言いました?」


 そう問うが北杜さんは首を横に振る。


「いいや、これが深春の可愛いところだから変わらないでいてくれ」


 さっぱりとわからない。


「瀬尾さん、私が何かしてしまった時はすぐに教えてください」


「そのような場面があればですが、深春様が気になさるような事は今のところありませんよ」


 否定される事はないのだけれど、何だろう。二人の視線がとても温かい。


 そして着くまでに北杜さんが手を離してくれる事はなかった。

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