第16話 悪意(北杜視点)
有意義な話し合いが出来て、ひと安心だ。
「さすがに先延ばしにし過ぎたな……」
さすがに全てを一からでは間に合わないと思い、ある程度はこちらの提案で押し進めさせて貰ったが、概ね深春の希望も聞けたのではないかと思う。
遠慮し過ぎて控えめな要望であったから、少しだけグレードを上げさせて貰ったが。
ただ色々と事を進めすぎたせいか、深春が体調を崩してしまった。
会社を休むと連絡が来た時にはしまったと思ったが、ゆっくりと休んでとしか伝えられない。
(出来る事なら見舞いに行きたいけれど、さすがに俺まで休むのはよろしくないだろう)
母さんが様子を見に行くと言っていたが、それだと休めないからと何とか説得はしておいた。
姑と嫁の関係はなかなか大変と聞くからな。俺は帰り少しだけ顔を見に行く予定だが。
そうと決まれば集中して仕事をしようとやる気に満ち溢れる。けして残業などしてたまるか。
幸いまだ月末ではないから余裕はあるはずだ。
課長にも色々と心労を溜める様な事ばかりを押し付けてしまっていたし、真面目に働く事とする。
深春との結婚を発表をしたり、俺が社長と親しい関係である事を皆が知る事となってから、周囲との関係性が若干変わった。
だが俺はあまり気にしてはいない。元々は入籍したら話をするつもりだったからな。
それが少し早まっただけだし、支障とも感じはしない。
一部の社員には密かに伝えている事だし、これを機に深春と共に部署を移る事まで決まっていたのだ。
(まぁ夫婦で働き続ける場所ではないからな)
会社とは仕事をしに来る場所だ、俺の我儘を押し通すところではないと理解しているつもりだ。それに輪をかけて良い人ばかりが集まる部署ではないから尚更離れようと思っている。
人を変えるよりも自分を変える方が早いし、今の部署に未練はない。
ある意味これは仕方ない。
せめてもう少し居心地のいい場所であれば違っただろう。
「おはようございます、北杜さん」
会社に着いた途端、声を掛けてきたのは林堂姫華だ。
正直この前深春に対しろくでもない事を言ってきた事もあるし、部署の中で特に話したくない人物である。
しかもいつの間にか下の名前で呼ぶようになっているが、いけ好かないものだ。
「おはようございます」
しかしまだ同じところで働く仲間だから、仕方無しに挨拶を返しておいた。
彼女は俺の周囲をきょろきょろと見回し、上目遣いで俺を見て来る。
少し屈む素振りをするのがあざといな。
「今日は天羽生さんは一緒じゃないんですね」
「彼女は体調を崩してしまったから今日は休みだよ、会社にも連絡はしている」
いつもよりも突き放すように言ったつもりだが、それでも林堂は離れない。
「えぇそうなんですか。心配ですね」
そう言って隣に並び、やたら話しかけて来る。
身長差は確かにあるが、過剰な上目遣いが不愉快だ。
応じるつもりがないので、相槌もそこそこにし、視線は前に向けたまま足早に進む。
「北杜さん、それなら今日はフリーですよね。あたしとお昼ご飯食べに行きましょ、美味しいランチのお店を見つけたんですよ」
よくもまぁ婚約者がいる男性を食事に誘えたもんだ。
さすがにこれには適当な返事は出来ない。
「すまないが先約があってね」
昨日所用で話に混ざれなかった可哀想な父親に、昼食を一緒に取りがてら決定事項を伝えなくてはならないので、こんな女に構ってる暇も構うつもりもない。
「実は天羽生さんについての話があるんですけど~」
「深春について?」
「えぇ。彼女、あまりいい噂がなくて……だからぜひ北杜さんに聞いて欲しくて、二人でお話をしたいんです」
わざと俺の気を引くように言うのが厭らしいものだ。
「遠慮しておくよ。彼女については俺の方が詳しいから」
自信をもってそう言える。
何より悪意を持つ者の話には信憑性はないし、貶める気満々なだけとしか思えない。
取り付く島もない俺の様子に、林堂は慌てた様子だが、構うつもりはない。
「ま、待ってください。北杜さんは、天羽生さんに騙されてるんです」
「騙されてるなんてないよ。深春は素晴らしい女性だ」
足も止めない俺にそれでも尚ついてきて妄言をまき散らす。
「それが違うんです。彼女、浮気していますよ」
さすがにその言葉は嘘でも許せない。
「深春は浮気なんてしない、君とは違うよ」
俺の言葉に林堂の表情が引きつる。
「男をとっかえひっかえするのは君だろ? 君の噂は俺の耳にも入ってきているが、そんな者の言う事を信じると思うか?」
凄みを聞かせて言えば、彼女は青褪めた。
遠巻きに皆が見ているし、はっきりとさせないといけない。
他の者がいる中で深春の事を浮気をするような女だと言ったのだから、有耶無耶になんてさせない。徹底抗戦だ。
「君と関係を持った男の名を上げていこうか、そうすればどちらが男を騙すような女かわかるだろう。それが嫌ならもう深春について出鱈目な事を言うんじゃない」
そう脅せば林堂は目を潤ませ走ってどこかへ行ってしまう。
始業の時間までまだあるし、どこかで取り巻きにでも慰めてもらうのだろうが、不愉快さは消えない。
だが、このままでは済まさないつもりだ。
「もとより問題を起こしていたからな」
男性社員のみならず、その影響で女性社員とも揉め事が増えているのだ。
その為人事がそろそろ何とかしようと動いているそうだ。
「他人の事よりも自分に目を向けて欲しいものだね」
俺はため息をついて、自分の仕事に集中だと気持ちを切り替える。
あんな女に時間を割いていられる程暇ではない。
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