義務から始まる恋心、好きと素直に言えなくて

しろねこ。

第1話 お誘い

「ふぅ……」 


 終業の時間となり、各々が帰り支度をし始めている。


 皆がこの後夕食に行こうとか、今日のドラマの話をしている中、私はいまだ椅子から立ち上がる事なくため息をつき、自分のデスクの上にあるカレンダーを眺めていた。


 こうして一日が終わったという事は、約束の日がどんどんと近づいているという事だ。


 それを考えるとまたため息が出てしまう。


(妹達の卒業の日までもう少し……本当はとても嬉しい事なのに)


 あの小さかった子達がこんなに大きくなったのだと、喜ぶ気持ちも確かに大きいのだが、それだけではないからこうして気持ちが沈んでしまった。


 その日が来るのが待ち遠しくもあり、逃げ出したくもある。


 そんな思いでカレンダーを見て、更にため息をついたその時。


深春みはるさん」


 ふと頭上から声を掛けられる、顔を上げれば、同僚である一色いっしき北杜ほくとさんが私を見つめていた。


「相談したい事があるんです、少し話を聞いてもらえませんか?」


 敬語ながらも親しみのある声と表情の北杜さんに、私はやや縮こまってしまう。


 同僚と話すのは普通の事なのだけれど、彼と話すのだけは避けたかった。


 北杜さんは容姿が良く人当たりもいいので、どうしても彼と話すと目立ってしまう。


(ここで誘わなくてもいいじゃない……)


 こうして話しかけて来てくれる北杜さんの気持ちは嬉しいが、周囲の目が集まるのは困ってしまう。


「ごめんなさい。今日は用事があるので早く帰らないといけないんです」


 やんわりと断り、私は頭を下げて帰り支度をする。


(相談なんて口実だってわかってるわ)


 彼の言わんとする事を考えると、このままここに居たくはない。


(とにかく早くここを離れないと)


 鞄を持ち立ち上がるが、北杜さんが私の進路を塞いでくる。


「北杜さん?」


「今夜は大丈夫って妹さんから聞いてるよ」


 スマホの画面を見せられ、私は追い込まれたような思いになる。


 まさか先にそっちに許可を取っているとは、迂闊だった。


「もしかして二人でお食事に行くんですか?」


 不意に私と北杜さんの間に、一人の女性が割って入ってくる。


 同期の林堂りんどう姫華ひめかさんだ。


 気配りが上手でおしゃれな彼女は、こうしてよく私達の会話に入ってくる。


「それならあたしも一緒に行きたいなぁ。ねっ、北杜さん。良いですよね」


 いつもの事だとため息が漏れる。


 余程北杜さんと話したいのだろう、大二人でいると大体姫華さんはこうして話に混ざってくる。


(どうせ北杜さんは許すわよね)


 いつも優しく声掛けをし二人で話もしているから、断らないんだろうなとぼんやりと思っていた。


「いえ、林堂さん。深春さんに相談があるので、あなたと一緒にはいけません」


 さらりと断る北杜さんを見て何だか意外に思える。


(いつもはもっと角を立てないように話すのに)


 そう思ったのは姫華さんも同じようで、目を見開いている。


「そ、そうですか。なら、次の時にでも……」


「では失礼します」


 聞こえなかった振りをして北杜さんは私の腕を引き、姫華さんを置いて外へと向かう。


 最後彼女はやや怖い目で私を睨みつけてきた。


(私のせい、なのかしら……?)


 そこは少し納得のいかないところであった。





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