いつも互いに
進川つくり
第1話 プロローグ1
「生きた心地がしない」
体育の授業中、他のチームがバスケットボールのミニゲームをするなか、平大地は体育館の二階でぼんやりと外を眺めていた。
一足先に試合を終えクタクタになった彼は、いくら元気な高校生とはいえ、この七月のモワッとした暑さの中で激しい運動をするのはいかがなことかと考える。運動があまり得意ではない彼にとって、特に夏の体育は地獄そのものだった。
「んなこと言って、ホントは女子のサッカーが見たいだけじゃねーの?」
窓際で涼んでいる大地に話し掛けてきたのは、同じクラスの榊四季。ちょうどミニゲームを終えてきた彼は、サラサラな金髪をうっすらと汗で湿らせている。
「ミニゲームで短いダッシュ繰り返して、疲れた顔一つしていない四季がおかしいんだ」
彼らの高校は体育の授業が男女別で行われる。体育館のスペースも限られているため、今日は大地たち二年三組と、合同授業の四組の男子が体育館でバスケットボール、女子は校庭でサッカーをしていた。
「お、一星がボール持った。ディフェンスはサッカー部の吉永だ」
「人に話を振っておきながら……」
「バカ言うなよ。サッカー部の、それもAチームの吉永相手にスポーツ万能な一星がどう攻めるか、おもしれーところじゃねーか」
四季の声で大地も校庭でサッカーをする女子に目を向ける。
現在ボールを持っている茶髪のポニーテールの少女は、同じクラスの一星天音だ。彼女はサッカー部どころか部活にすら所属していない。対する吉永は二年生でありながら女子サッカー部Aチームのレギュラーメンバー。実力だけで言えば吉永が圧倒的に上だろう。
天音はボールを見ずに右足でドリブルしながら、周りのプレイヤーの動きを確認。前方の味方に何やら指示を出す。
それを理解した味方はゴール前へ走るが、対する吉永チームも、吉永が味方に指示を出してマークをピッタリつかせていた。同じように他のパスコースも塞いだ吉永は一気に天音にプレスを掛けに行く。
サッカー部、それもAチームの選手とあっては、たとえ体育のサッカーであっても素人相手に負けられないといった様子だ。
そこまでしては、もはや素人が楽しめる域ではないと思うが、天音は吉永を本気にさせる実力を有しているということなのだろう。
近づいてくる吉永に対し、天音はドリブルを止める、ボールを挟んで吉永と向かい合う。天音は左右に身体を振ってフェイントを掛け様子を見るが、吉永はつられることなくジリジリと詰め寄る。
両者譲らない緊迫感のあるマッチアップ。しかし、先に動いたのは天音だった。
一度左に身体を振ってからすぐに右に切り返し、前方の見方にロングパスを通すべく右足を大きく振り上げる。
すると、吉永はそれを待っていたかのようにボールとパスコースとの間に足を出して奪取する体勢に入った。
「いや、それは取られる――」
誰もがボールを奪われると思ったその瞬間、天音は瞬時に反時計回りに身体を回転させながら、右足、左足の順にボールの上を撫でて前回転を掛け、吉永を一気に抜き去った。
「うぉ、ルーレット!? マジか! サッカー部置き去りかよ!」
完璧なルーレットで吉永との読み合いを制した天音は、今度は左に逸れるようにドリブルをする。吉永が抜かれたことにより焦ってボールを奪取しに来た数人の敵を引き連れ、最後はゴール前でマークの外れた味方にパスを出し、得点をアシストした。
他を圧倒するプレーを見せた彼女はあっという間にチームメイトに囲まれ、その中心で笑顔を見せていた。
「自分で決めることもできたのに、味方に決めさせてあげる優しさ。あれは人間できすぎだろ。おまけに勉強もできて美少女で? 天は二物も三物も……与えすぎだぜ」
そんな四季の言葉に大地は誇らしげな顔で反論する。
「それは違うだろ。確かにあの運動神経や自頭の良さは元から備わっていたものかもしれない。だが、そこから才能を伸ばしたのは紛れもなく努力によるものだ。人が積み上げてきたものをそんな一言で片付けてやるな」
「はいはい、大地は一星信者だもんな。その言葉も何度聞いたことやら」
四季はプレーが再開されたグラウンドを見ながら呆れたようにつぶやく。
「できて当然かのように言うからだ。あと、俺は信者なんかじゃない」
四季に真っ向から反論する大地は、それから一つ息を吸って言葉を続ける。
「「努力は正当に評価されるべきだ」」
「ははっ、いつも言うから覚えちまったわ」
息ピッタリに同じ言葉を発した四季は爽やかに笑って、目線の先をグラウンドから大地へと移す。
「確かにいい言葉だと思うし、本来はそうするべきなんだと思うぜ? でも、こうも思わないか? 人は平等であるべきってさ」
そう前置きした四季はニヤリと笑って続ける。
四季は「ここからは、ちと真面目な話だ」と付け加え、大地に語り掛けるように話し始める。
「例えば、テストで勉強をしない前提で『八十点を取れる天才』と『三十点しか取れない凡人』がいたとするだろ? 天才の方は褒められるけど、凡人の方はこんな点数じゃ当然褒められないよな?」
「ああ」
「だから凡人は努力をして八十点を取った。前回の天才が取った点数と同じ、周りからは前回の天才のように褒められる。……でも、天才が百点を取ったことに誰かが気づいたらどうなる? その称賛は一斉に天才へ向くと思わないか?」
「まあどちらもすごいが、百点の方がより話題性があるな」
「そうなるよな。凡人は五十点分の努力をしても、残りニ十点分の努力でいい天才には敵わないってわけだ。ただでさえ褒められる天才は、努力をすればもっと褒められる。そんな天才がいれば凡人に下る評価は『お前もすごい』だ、まるで後付けのように」
いやに具体的な例を出す四季。それもまるで凡人側の立場になったことがあるかのような話し方だった。
あまり勉強も得意ではない大地からすれば、十分に四季も天才の部類に入るのだが、何せこの学校には一星天音がいる。実際にそんな体験をしていてもおかしくない。だからというわけではないが、大地も真剣に考えて意見を言うことにした。
「それは、そもそも凡人の考え方がおかしいんじゃないか? 確かに天才の努力は点数で見ればニ十点分だ。だが、満点を取るためにテスト範囲をすべて復習しているかもしれないじゃないか」
満点を取るには、当然だが一つのミスも許されない。それがケアレスミスであったとしてもだ。満点を取った天才は、その一つのケアレスミスすらもなくすために、点数には現れない、点数以上の努力をしていたかもしれないと大地は主張する。
「そこに気づくとは、大地もなかなか頭が回るな。本当ならそこも努力の証として捉えなきゃいけない。でもそんなの凡人からしたら耐えられないだろ?」
それから四季は大地に数秒考える時間を与えて、さらに続ける。
「天才は初めからアドバンテージがあるうえに努力までしてくる。しかし、凡人には努力することしかできない。平等じゃない。だから凡人は天才の見えない努力を認めようとしないし、百歩譲って認めたとしても、今度は『どうせ天才には敵わない』って、自分が努力をしない言い訳をする。プライドを守るためにな」
四季は一見すると何でもないような口調で話しているが、しかし、その表情は何かを悔やんでいるようだった。だから大地は疑問に思ったことを素直に伝える。
「そのプライドは捨てられないものなのか? 努力をしてもたどり着けない領域にいる人には尊敬の念を抱くと思うんだが……」
実際、大地は放課後に残っていつも勉強をしていたり、積極的に教師の手伝いをしたりしている天音を尊敬していた。それは彼が天音の自分にはできないほどの努力や優しい人柄を認めているからだ。
「それは大地が変わってるんだよ。あんま人に頓着しないっつーか、勝ち負けとか気にしねーもんな。でも普通は同年代の人より自分が劣ってるなんて認めたくないもんだぜ」
それから四季はもう一度視線を窓の外に戻す。さっきまでは確実にグラウンドを走る女子を見ていたが、今はさらにその先、どこか遠くを見つめているように感じる。
「要するに、凡人は天才なんて恵まれてるだけだって思い込みたいんだよ。平等でさえあれば自分だって同じようにできるって」
「なるほど。……だが、平等なんて不可能じゃないか?」
大地は四季の例え話が終わるやいなや、話を本題へと戻す。
住む家や食生活、行動を共にするなど、限りなく平等に近づけることはできても、何もかもをまったく同じにすることはできない。
「そうなんだ、そこが問題でな。この世の中は全っ然平等じゃない。そこで、俺はいい方法を思いついた!」
そこで唐突に空気が弛緩し、話の雲行きが怪しくなってきた。
「人によってテストの点数の満点を上下させるんだ。ちなみに俺のテストは八十点満点で、一星のテストは百ニ十点満点に。さらに問題の難易度も調整すると――」
「四季がラクしたいだけじゃないか! 真剣に聞いて損したよ」
「なははっ、まぁそう言うなって。おかげで暇な時間を過ごさずに済んだだろ?」
四季がそう言うと、先程までバスケットボールの試合をしていたクラスメイトの男子連中が続々と二階へ上がって来た。次の試合のチームが呼ばれ、大地もクラスメイトに半ば強引に手を引かれながらその中に放り込まれる。
「その頭の回転の速さを活かして少しは活躍してこい」
背中からそんな四季の声が聞こえてくる。
「無茶言うな……」
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