第9話新たな復讐者

「ふああ・・・・」

朝。目を覚ましてベッドから起き上がり、隣を見ると、ソファでエリーが寝ていた。


(この光景も大分見慣れたな・・・・)


起き上がり、リビングのテーブルを見ると、今まで助けた被害者の毛髪が置かれていた。一つ一つジッパーに入れて、いつの被害者の髪か、被害者の年齢も全て袋にマジックで明記してある。


エリーと出会ってからの数日間で集めた毛髪は三十人分だった。


「えっと・・・一年で一日だから・・・」


「大体一人五十年伸びたとして・・・約四年分。・・・まだ全然か・・」


エリーと手を組んだ夜、空太とエリーは〝エミリーの殺し方〟について話し合っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「・・・で、具体的にどうやって殺すんだ?」

「そりゃ、隙をついてナイフで」

「い、いやいや!それは殺人だろ!」


真顔でナイフをかざすジェスチャーをしたエリーに、空太は突っ込んだ。


「・・・まあ冗談よ。一番良いのは、砂原エリが産まれる前まで遡って、誕生を阻止することね。そうすれば、誰も死なないし、誰も傷つかない」

「そっか。そうだな。でも、どうやって?」

「私の両親が出会わないようにする。お母さんが亡くなる前に教えてくれた、お父さんとは社会人サークルで出会ったって。母は全然入るつもりなかったけど、会社の友達と人数合わせで行った飲み会でたまたまそのサークルの人と知り合って、そこで勧誘されてサークルの見学に行くことになったって言ってたから・・・」

「じゃあ、その飲み会に行かせなければいいのか」

「ただ、そうなると今から約二十二年分タイムトラベルする分が必要になる。一人助けて約五十年分寿命伸ばしたとして・・・」


エリーはペンとノートを取り出し、数字を書き出した。


22×365⁼8030、8030÷50⁼160.6


「つまり、約百六十人分の髪が必要となる。それまで、私の体がもつかどうか・・・」

「で、でも、やるしかないだろ」

「まあ、最悪赤ん坊の時に殺すか。産まれたとき未熟児で、すぐ保育器の中入れられてたらしいから、その保育器のスイッチ切れば・・・」

「それもかわいそうだけど・・・」

「まあ、どうしても間に合わなかった場合よ」

「・・・わかった。・・・・ちなみにさ、」

「ん?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「えーと、合宿いつまでだっけ・・・」


リビングの座椅子に腰かけて、合宿の日数を指折り数えた。あと数日すると、〝今の時系列の自分〟が合宿から帰ってきてしまう。


(まあ、どっちみち間に合わないから、〝俺〟が帰って来る前に退散して、あとはビジネスホテルとかに泊まるか・・・)


(それまでに、自分たちが居座った痕跡を消しておかないとな・・・)


ピンポーン・・・・


家のインターホンが鳴り、空太は立ち上がった。玄関の覗き穴を除くと、三十代くらいの女性が立っていた。


(誰だ・・・?)


一瞬出ようか迷ったが、よく考えたら今の自分はこの部屋の家主ではない。


(なんか面倒なことになったら、あれだし・・・・。申し訳ないけど、居留守使うか)


インターホンを無視して居留守をすることに決めたが、しかしインターホンはしつこく鳴り続けている。


(でも、あの女の人の顔・・・どこかで見たような・・・?)


「すみません、管理会社の者です。隣の部屋から、ガス漏れが発生しています。開けてください」

(え・・・ガス漏れ・・・!?)

空太は驚き、思わずドアを開けた。


するとそこには、女性ともう一人、屈強な体形の男が立っていた。


「え・・・?」

彼女はすかさず扉の内側に割り込み、そのまま玄関に押し入ってきた。


「ちょ、あんた」

「藤崎空太さん。あなた、エミリー事件のときにピースランドにいましたね?」

「え、は・・はあ」

「何で直前で〝逃げ出したの〟?」

「え・・・・・!?」


女性は、戸惑う空太の後ろに回り込み、空太の手をひねり上げた。


(な・・・何だ、この女・・・!?)


「何でか答えて!」

「そ、それは・・・ト、トイレに、行きたくなって」

「へえ?彼女を置いて?」

「・・・か、彼女じゃないけど・・・あ、あいつは、入りたがってたから」

「その場の目撃証言では、〝無理やり〟彼女を中に入れたってあるけど・・・?」

「そ・・・それは・・・」


「・・・・空太?」

リビングから、少し寝ぼけた様子のエリーが玄関を覗き込んできた。


「エ、エリー!た、助けて・・・・!」

「エリー?・・捕らえて!」

女の指示で、玄関にいた男がエリーに飛び掛かった。


しかし。エリーは男の攻撃を素早く躱し、男のみぞおちに鉄拳を食らわせた。


「来て・・・!」

女が呼びかけると、マンションの廊下から、三人の体格の良い男たちが部屋の中へ駆けつけてきた。


(え・・・まだ人数いたのかよ・・・)


(さすがのエリーでも、一気にかかられたら・・・)


「エ、エリー逃げろ!髪持って・・・」

「空太・・・・」

「早く・・・・!」


エリーはテーブルの髪を取り、ベランダへ出て、下へ飛び降りた。幸い、ここは二階だ。一般人ならケガするだろうが、エリーの運動神経なら問題ないだろう。


「あんた・・・どうゆうつもり・・・?」

「それ聞きたいのはこっちなんだけど・・あんた、誰だよ・・・」

「・・・私達はね、エミリー事件の遺族よ」

「!?」


「・・・あの日、私の妹はエミリーに殺されて、犯人もわからずじまいだった・・・だから、被害者の会でつながった遺族の人たちと、独自であの事件を追っていた」


「そして、あれから数年、調べをすすめていくうちに、あんたにたどり着いた」

「俺・・・?」


「事件発生前にアトラクションから逃げ出した奴がいるって。あんた・・・犯人とつながってんじゃないの・・・?」


語気を強め、女は空太を取り押さえる手に力をこめた。


「し、しらない、しらない!」

「さっきの女・・・エリーって、言ってたわよね・・・?」

「だ、だから?」


「・・・警察内部の知り合いから聞いたの。噂程度だけど。警察は、公表しないだけで、実は犯人を特定できている。その犯人の名前は・・・・〝エリ〟だって」

「え・・・・?」

「性別は女。わかってるのは名前と性別だけ。苗字も、年齢も不明だって」

「い、いやそれは・・・・」

「〝それは〟・・・?あんた、やっぱり何か知ってるのね・・・!」

「し・・・知らないって!俺は・・・」


「スマホだして」

「?」

「あの女に連絡して。戻って来いって」

「い・・・いや、それは・・・」


(そんな事したらエリーを逃した意味ねーじゃねーか・・・!!)


「早く、刺すわよ!!」

女はそう叫び、空太をおさえつけながら、その首にナイフを突きつけた。


「・・・・・・・」

「私は本気よ!!」

「・・・・別に、いい。刺しても・・・」

「はあ!?」


空太は、震えながら、呟いた。


「・・・どうせ、俺は、あの時、死ぬはずだった・・・・」

「・・・・・・」


「それに・・・俺を人質にしても、アイツは助けに来ない・・・」


そもそも、エリーの計画に自分が勝手にくっついてきただけで、エリーは元々一人でやっていける。わざわざ空太を助けに来る理由がない。


(髪も持ってったし・・・もう今頃タイムトラベルしてるだろう・・・)


ナイフの刃が、空太の首に強く食い込んできた。空太は死を覚悟した。


(エリー頼むな。有未のこと・・)


(それから・・・この人達のことも・・・)


(救ってやってくれ・・・・・)


空太は息を飲み、瞼をつよく閉じた。


「これ、あんたのスマホだな?」


リビングに入ってきた男が、テーブルに置かれていた空太のスマホを手にしていた。


「私に見せて。ロックかかってる?」

「いや、かかってないですね。連絡先・・一人しか入ってないですよ、エリーって」


男は空太を取り押さえている女にスマホの画面を見せた。


「何なの、あんた。スマホに一人しか連絡先いれてないって・・・」


新規で契約したスマホは、あくまでエリーと連絡をとるためだけのものなので、エリーが持っているスマホの番号しかいれてなかった。


「この、〝エリー〟に電話かけて、スピーカーオンで」

「はい」


(無駄だよ。今、エリーはもう・・・・)


『もしもし』

「・・・・・・!?」


スマホからエリーの声が聞こえて、空太は思わず顔を上げた。


(あいつ、まだタイムトラベルしてなかったのか・・・!?)


「今どこにいるの?」

『・・・空太はどうしたの?』

「まだ生きてるわよ」

『・・・・声を聞かせて』

「エリーさっさと逃げろ!何で電話なんか出るんだ!!」


『・・・・・・・・あなた達の目的は?』

当たり前のように電話にでたエリーに空太は激昂したが、エリーは空太の声を無視して話を続けた。


「私たちはエミリー事件の遺族よ。私たちの目的は犯人に復讐すること。簡潔に聞くけど、あんたは・・・・・・・・〝エミリー〟なの?」


「・・・・・・・・・」


部屋に沈黙が走り、空太は息を飲んだ。


『・・・・・それには答えられない』

「はあ!?」

『私はともかく、空太はエミリー事件に無関係だから、空太を解放して。そうすれば全て話す』

「・・・・そんなの信じられるわけないでしょ!」

『信じる信じないはあなたの自由だけど、空太が殺されたなら私はこのまま姿を消す。ちなみに私は戸籍も何もないから、警察に通報しても意味ないわよ』

「・・・・・・・」

『・・・どうするの?』


女は男達と目を見合わせ、無言で頷いた。


「・・・・・わかった。今から言う場所に来て。そこでこの男を引き渡すから、全部話してもらうわよ」


女が住所を伝えると、電話はすぐに切られた。女は、空太の腕をロープで拘束した。


「立って。このまま一緒についてきてもらうから」

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