第7話凸凹コンビ
「いやあああああああいたいいいいい」
「・・・黙れ、このクソガキっ・・・!」
とある団地の一室。いつまでも泣き止まない子供に苛ついた母親が、包丁を持った手を振りかざしたと同時に、玄関のドアが開いた。
「お、おまわりさん、こっち、こっち!早く、早く来て!!」
「え?」
母親が振り向くと、見知らぬ青年が、警察を玄関まで引っ張ってきていた。
「え、え?」
「子供の泣き声がうるさいと、通報がありました。虐待容疑で、署まで連行します」
警官に取り押さえられ、母親は呆然とした。
「え?何で家に・・・玄関の鍵・・閉めたはず・・」
「鍵?ああ壊されてますね」
「え?誰が・・・」
「えーと、通報者の方~・・・・あれ、いない・・・」
家の中まで警察を誘導した通報者は、姿を消していた。
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通報者の空太は、団地の階段をダッシュで駆け下り、下で待機していたエリーと合流した。
「子供の髪は取ってあるよな?」
「さっき、公園で一人遊んでるときに、ゴミがついてるって言って切らせてもらったわよ」
タイムトラベルした次の日から、なるべくたくさん被害者の髪を集めるべく、空太とエリーは行動を開始した。
虐待死の場合、大抵は家の中で起こるので、あらかじめ被害者である子供の髪を採取しておき、親子が帰宅したところを確認して、エリーが玄関の鍵を壊す。そして、空太が警察に通報し、現行犯で親を逮捕させ、自分はすぐにダッシュでその場から離れる。
そして、交通事故死の場合は・・・
「お、おい、早くしろよ」
「ちゃんと見張っててよ」
事故を起こす車両を探して、パーキングなどに駐車中に、タイヤをパンクさせておく。そして、事故現場付近で被害者を待ち伏せて・・・・
ドンッ
「きゃっ」
「?どうしたの、香」
「いや、何か急に背中押されて・・・」
人通りの多い交差点で信号待ちしていた女性の背後にマスクと眼鏡で顔を隠した空太が接近し、女性の背中を軽く叩いて、そのまま走り去って行った。
「あら、お嬢さん、髪にガムつけられてるわよ」
「え、ええ!うそ~!?」
後ろに立っていたエリーに指摘され、自分の髪を見ると、毛先の方にガムがつけられていた。
「やだ!最悪~」
「どうすんの、これから出かけるのに」
「・・・ちょうど私、裁縫道具持ってるから。ガムついてる部分だけ切るわね。じっとして」
「あ、ありがとうございます・・・」
中年女性はポケットからハサミを取り出し、ガムのついた毛先だけをカットした。
「はい、切れた。ゴミも私が処分しとくから」
「す、すみません、ありがとうございます・・・!」
女性は頭を下げて、青色になった横断歩道を渡って行った。
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「・・・なんかもっと効率良い方法ないかな?いちいちガムつけるの可哀想だし、面倒なんだけど」
「いきなり引っこ抜くのは可哀想ってあんたが言ったんでしょ。下手にハサミとかナイフ持って近づくと、通報されるかもしれないし・・・」
「まあそうだけど・・・パンクまでさせる必要ある?」
「どっちみちスピード違反で人を轢くような人間の車だし、被害おさえられていいでしょ。歩行者の飛び出し事故とかだったら、飛び出す前にその歩行者を呼び止めるだけでいいけど・・・あ、来た」
空太とエリーは繁華街の路地裏で息をひそめていた。すると、目の前の中華屋に、お目当ての人物が入って行った。
「いい?これからアイツが刃物を持って従業員を襲う。私が食い止めるから、あんたはあそこの交番から警官引っ張ってきて!」
「わ・・わかった」
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「おい、金出せ・・・痛っ!」
中華屋に入った男が刃物を取り出して従業員を威嚇すると同時に、背後から近づいてきたエリーに刃物をはたきおとされ、腕を締め上げられた。
「いたたたた」
「お、おまわりさん、あの男です!早く、早く!」
駆けつけた警官によって刃物男は取り押さえられ、二人は隙を見て現場から逃げ出した。尚、被害者になる予定だった従業員の髪は、店の外でタバコ休憩している際に、採取しておいた。
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エリーは今まで、一人助けたらすぐにタイムトラベルしていたが、空太はいちいちタイムトラベルするよりも、一旦この時代に留まって、なるべくたくさんの髪を集めてからまとめてタイムトラベルすることを提案した。
「何で?」
「今の時期だと、〝俺〟が合宿でいないから、俺のマンションに泊まれるし。スマホを新しく買いたいし、レンタカーも借りたいし。俺が未成年の年にタイムトラベルしたら身分証提示できなくなるからさ」
空太は車は持っていないが、運転免許はある。レンタカーを使えば車でしかいけない場所にも行けるようになるし、深夜に起こる事件にも対応できる。幸いタイムトラベルした際に財布を持っていたので、免許証はある。二カ月程度の時差なら特に問題はないだろうが、これが三、四年前になるとその免許証は提示できなくなり、車を借りられなくなる。
そして、エリーと連携をとるために、空太の名義でスマホを二台新規で手に入れた。
空太がタイムトラベルの時に持っていたスマホが使えなくなったのは、おそらく〝二カ月前の自分〟が同じ番号のスマホを使っているからだ。新規のスマホはどうなるかはわからないが、もし一時間でもタイムトラベルして使えなくなれば、また新たにスマホを契約しなければならなくなる。
飛び降りなどの自殺者については、さすがに骨を折るのは可哀想なので、飛び降りる寸前で警察に発見させて、保護させることにした。エリーは渋ったが、空太がタイムトラベルするまでの衣食住、交通費など必要経費を負担することを条件に、なんとか了承させた。
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その日の深夜、二人は空太の運転するレンタカーで山奥の公園に向かい、車を降りて、園内の木陰に隠れて待機していた。
「やっぱ山の中は寒いなー・・・・」
「しっ!来た!」
エリーに注意されて公園の入口に目をやると、白い布を抱えた若い女が、公園に入ってきた。
空太は、震えながら小声でエリーに問いかけた。
「・・・い、生きてるかな?」
「棄てたときはまだ息があったはずってタブレットに書かれてたから・・・」
「不安だなあ・・・棄てたらすぐ行くからな」
女が抱えていた布の中身は、自分の赤ん坊だった。女は、ベンチに赤ん坊を置き、そのまま背中を向けて立ち去ろうとした。
「・・・おい、大丈夫か!?」
「ふ、ふええええ」
「良かった、生きてた!おい、エリー!生きてるぞ!」
女が振り返ると、木陰から出てきた空太が、赤ん坊を抱き上げ、木陰にいたエリーを呼び寄せていた。
「よし、すぐ病院連れてくよ!」
「おうっ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
赤ん坊を連れて行こうとする二人を、女が呼び止めた。
「ん?なに?」
「あんた達、通報する気!?」
そう言って睨み上げてきた母親に、エリーは毅然とした態度で返した。
「・・・安心して。あんたの事は何も言わないから。でも、この子には、生きる権利がある。だから、保護させてもらう」
「・・・・・本当に?私、育てるつもりなんかないからね」
「どっちみち、あんたは母親にはなれない。無理やり親子にしても、お互い不幸になるだけ。この子の事はもう忘れて、自分のことだけを考えて、幸せに生きればいい」
黙り込む母親に背を向けて、二人は車に乗り込み、夜間診療のある近所の病院へ向かった。
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病院に赤ん坊を預けたエリーが、空太の待つ車に戻ってきた。
「・・・大丈夫だったか?」
「受付の人に渡してきた。ここは産婦人科もあるし、多分大丈夫でしょ。トイレ行くふりして逃げてきた」
辺りを警戒しながら、空太は車を発進させ、病院の駐車場を出た。
「あの子・・・幸せになれるといいけどな・・・」
「そんなのわからないよ。もしかしたら、あのまま公園で死んでた方がマシな人生になるかもしれない」
「そ、そんな・・・・」
「今私が命を救ってるのは、過去の自分の過ちをただすため。決して、慈善事業でもなければ、人を幸せにするためでもない。あんたもそうでしょ?」
「・・・そうだけど・・」
何も反論できず、空太は黙って運転を続けた。
(エリーのいう通りか・・・・)
どこかで、人助けをしているようで気持ちよくなっていたが、自分たちがしていることは全部自分の為だ。タイムリープの条件じゃなければ、わざわざこんな危険な事はしない。
事故や他殺はともかく、虐待死する予定だった子は、親に愛されなかった現実を、自殺するつもりだった人間は、自分を殺してまで目を背けたかった現実と、向き合わなければいけない。
「でも・・・」
「ん?」
「それでも、俺は、あの人たちが・・・いつか、心から自分を赦せるようになって、幸せになってほしいなって、願うよ・・・・」
「・・・・・・・・・」
空太の言葉を聞いて、エリーは目を細めた。
「べ、別に勝手に願うくらいは・・・いいだろ・・」
「いいけど、エミリーを殺したら、私達が助にくる未来もなくなるから、結局死ぬかもだけど」
「あ、そっか」
(てゆうか俺もどうなるかわかんないもんな・・・。人の心配してる場合じゃないかも)
エリーが死んだあと。自分は未来に帰れるのか。それとも、過去に取り残されたままになってしまうのか。それは、エリーが死なないと、わからない。
「相変わらず、また余計なことぐるぐる考えてるでしょ。腹くくったんじゃないの?」
「くくったけど・・・・」
(そうだ。俺は、有未を助けるために・・・・)
複雑な心境の空太を察してか、エリーは話題を変えてきた。
「・・・殺されたあんたの友達、どんな子だったの?」
「どんな子って・・・。ああ、顔見てないのか」
「いや、被害者の事件当時の顔写真は全員見せられたけど、人数が多すぎたのと、拒否反応が出て覚えられなかった。・・・申し訳ないけど」
「まあしょうがないよ。有未はまあ、別に、普通の・・・・女の子・・」
「・・・・・・では、なかった」
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