令嬢は、ノートを盗まれ、バイトをミスしたけど、幼馴染からご飯をおごってもらえました

一話完結：「どうした？ 顔が赤いぞ」

「あれ？　私のノートが無い、荒らされているから、盗まれたかも」

　ここは王立学園、午後の授業が始まる前、教室の最後尾、自分の机に入れておいたノートが無くなっています。

　私は、結んだ銀髪を揺らし、カバンの中も探しますが、見つかりません。

「クロガネ君、私のノートを見なかった？」

　隣の席の黒髪の令息、彼は第二王子ですが、私の幼馴染でもあります。

「いままで、中庭でギンと一緒に、昼のお弁当を食べていただろ、教室の中での盗みは分からないよ」

　私は、侯爵家令嬢のギンチヨで、ギンは愛称です。

　幼いころ、この第二王子が好きだったのに、第一王子と婚約させられ、熱を出して一週間寝込みました。

　その際、呪いで、胸が大きくならなくなってしまい、代わりに、耳はよく聞こえるようになっています。

　耳を澄まして、目を閉じて、周りの会話を盗み聞きします。

「ギンチヨが泣いていますね。いい気味ですわ」

　聞こえました。教室の最前列の席。

　私のノートを盗んだのは、第一王子の新しい婚約者となった、栗毛で派手な伯爵家令嬢のようです。

　でも、証拠がないですね。どうしましょうか。

「ギン、ノートに、読まれて困るような秘密事項など、書いているのか？」

「授業の内容だけなので、見られても心配はありませんし、私の復習にも支障はありません……自室での復習」

　あ、ノートの魔法……

「しまった、夜にノートを開いて勉強しないと、魔法が、勉強しろと騒ぎ出します」

　思い出しました。強制的に勉強するようにと、ノートに目覚ましの魔法をかけています。

「それはマズいな。先生に相談しよう」

　クロガネ君に促されて、先生に相談しに行きました。

　　　　◇

「結局、ノートは見つからなかったな」

　授業が終わった教室で、クロガネ君が申し訳なさそうに言います。

「いえ、クロガネ君が悪いわけではありませんから」

　犯人は、あの伯爵家令嬢だと思いますが、証拠が見つかりません。悔しいです。

「帰ろうか。俺が貴族寮へ帰る途中に、回り道をして、学生寮まで送るよ」

「実は私、今日はバイトの日なんですよ」

　私は、侯爵家令嬢なのですが、第一王子から追放だと言われたので、実家を頼るわけにはいかなくなり、バイトをしなければならないほど、金欠なのです。

「魔石20個に魔力を充填するんです。王宮で涼しい風を送る魔道具を動かすために使うそうですよ」

「そっか、王宮の夜が快適なのは、この魔石が動力源になっていたのか。俺も手伝おうか」

　優しい彼です。

　小さなリップスティックのような形の魔石に、私が涼しい風をイメージして魔力を充填し、クロガネ君が布に包みます。

「これが、最後の一本です」

「なぁ、ギン……俺が面倒をみれば、バイトなんて、しなくてもよくなるんじゃないか」

　え？　突然、誰もいない教室で、プロポーズですか！

「ランチのお金は、俺が毎日支払うよ」

　え？　ランチの話でしたか！

「どうした？　顔が赤いぞ」

　クロガネ君が私の顔を覗き込んできました。彼の黒い瞳がきれいです。

「熱でもあるんじゃないのか」

　彼が、オデコを、私のオデコに、密着させました。私の体が一気に熱くなります。

「少し熱があるようだな。今日は帰って休め」

　彼は、私を心配するあまり、周りが見えていないようです。

「そ、そうですね。この魔石を提出して、今日は早く休みます」

　でも、今のことを思い出すと、心臓がドキドキし、体が熱くなり、ゆっくりは休めないかも。

　　　　◇

　翌朝、熱が下がり、私は普段どおり学園に登校しました。

　でも、学園の上級令嬢たちが眠そうです。

「昨日の夜、令嬢たちの上級貴族寮で、ベルの音が鳴り響いたため、みんな寝不足なんだよ」

　クロガネ君が教えてくれました。

「まさか、私のノート？」

「でも、ノートを開けば、直ぐに止まりますよ」

　最初は小さい音で、徐々に大きな音になるという魔法ですが、ノートを開くことで鳴り止みます。

「音が鳴り響いたのは、兄の婚約者である伯爵家令嬢の部屋だった」

「しかし、夜なのに部屋の中から令嬢の返事は無く、ドアもカギがかかっていたんだ」

「管理人がカギを開けたが、中に令嬢がいないため、誘拐ではないかと、大騒ぎになったということだ」

　クロガネ君が説明してくれます。

「男性なのに、女性の寮のこと、詳しいのですね」

　私は、疑問を口にします。

「勘違いするな、この話は内緒だぞ」

「伯爵家令嬢は、王宮の兄の部屋に泊まっていたんだ」

　クロガネ君が、超一級の秘密を洩らしました。

「昨晩、兄が『魔道具から涼しい風が出てこない、逆に暑いくらいだ』と騒いだので、夜勤のメイドが確認しに行ったら、あの伯爵家令嬢が部屋の中で暑いと騒いていたそうだ」

「メイドの引継ぎの書類に、全て書いてあって、朝から王宮も大騒ぎだった」

　彼も眠そうです。

「クロガネ君、朝早くから、王宮に呼び出されたの？」

「暑い風を出した魔石を包んでいた布が、俺の家紋が入ったハンカチだった」

　彼は、うなだれています。

「あ、あの時の、最後の一本！」

　私は、あの時、集中が乱れ、体が熱くなってしまったので、充填をミスったのかも。

「ごめん、すべて私が原因かも」

　上級貴族寮のベルの音も、第一王子の部屋が暑くなったのも、私が原因だと、彼に謝ります。

「兄は、昨夜の件が引き金になって、悪い噂が広がると、失脚するかもしれない……」

「たぶん、ギンは、魔石のバイト、クビになるだろうな」

　クロガネ君が、王国の一大事と、私のバイトという小さな話を、並べて語ってきます。

　そこをツッコミたいですが、今はそんな雰囲気ではありません。

「いや、俺が原因だ。ランチのお金は、俺が面倒をみる。プラスして、ギンの将来も、俺が面倒をみるから」

　こ、これは、今度こそプロポーズ？

「皆さん、授業が始まりましたよ、静かにしなさい」

　先生が教室に入って来ました。

「このノートは、ギンチヨ嬢の物ですね。授業の後、学園長室に行きなさい」

　先生の目が、怖いです。

「あ、王宮からも、魔石のことで、俺たち二人に呼び出しが来る予定だから」

　クロガネ君が、追い打ちをかけてきます。

「大丈夫、今日のディナーは俺がおごるから」

「今日だけじゃなく、ずっと面倒をみて下さい」

　驚いた彼の黒い瞳が、きれいです。

　━━　ＦＩＮ　━━

【後書き】

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