35 密談②
「あの野郎、お姫様の婿候補なのかい?」
「ええ。ですがわたくしは、もう一方いる候補者を推薦しているのです。ハルキナ公爵子息は確かに姉に気に入られていますが、なにぶん、わたくしとは派閥が違います」
「……なるほどねぇ。つまり、この機に乗じて、あの野郎の鼻っ面をくじきたいと。お姫さんは王位でも望んでんのかい?」
「いいえ。寧ろ逆ですわ。お義姉さまに順当に王位を継いでほしいからこそ、派閥の違う殿方が不利益なのです」
口元に微笑を浮かべたままのリリアリアは、やはり迷う素振りも見せずに言い切った。
落ち着き払った声音には隙がなく、メゾラも閉口して無言になる。
表情に怪訝さがない様子が見受けられ、彼女が至極真面目に検討している事が伺えた。
王位はまったく望まないが、王配は自分の息が掛かった家柄の男性が良い。それはつまり、裏から糸を引きたい思惑が、透けて見えるような話であった。
ケイデンスは面食らいつつリリアリアを見るが、第二王女は騎士を見上げることはせず、真っ直ぐにメゾラだけを見つめている。
「アタシゃ国の政治なんざ、てんで分からないけれど……。つまりなんだい。自分の立場を守るためって事かい」
「その通りですわ」
「だけど、国の政治には有意に首を突っ込みたいってわけかい?」
思案げに視線を斜めに上げるメゾラの質問に、リリアリアはそれ以上、微笑みをたたえたまま答えない。しかしその笑顔こそが雄弁さを物語っていて、メゾラは一拍置いた後、吹き出しつつ笑った。
「あっはっは! いいねぇ、アタシゃ利己的な人間が好きだよ。だけどねお姫さん。アンタの気持ちはまぁ汲んでもいいが、やっぱりやめときな。きっと自分の立場を弱くするよ」
それに、と言葉を切り、視線がようやくケイデンスを映して、剣呑に細まる。
「アンタ個人はいいが、アタシらは禁術使いに、散々な目に遭わされててね。そのクソガキの飼い主に、何かさせるわけにはいかないんだよ。アタシらの
視線を受け、ケイデンスは背筋を正した。
そういえば首領であるアルコイと対峙した時も、似たような敵意を向けられた事を思い出す。
リリアリアは膝の上に置いていた扇子を開くと、口元を隠しつつ双眸を細めた。
「どういうことでしょう?」
「そのまんまさね。『秘境の使徒』っていう集まりを創設した子は、禁術使いに殺されたんだ」
吐き捨てるように答えたメゾラに、二人で息をのむ。
今はアルコイが首領を務めているが、元々は孤児であった別の人間が始めた事なのだという。
誰からも見捨てられ、社会の爪弾き者になった彼らが、生きていく強さを求めて創設された集団なのだ。
メゾラやアルト、先ほど少女と共に連行された男性──名をデルノールと言うらしい。──など数人は、創設当時から共に行動していて、家族同然の間柄なのだという。
創立当初は魔法に関する知識共有や、実践的な研究など、民間で出来る範囲で行われていて、ただ探究心旺盛なだけの集団であったと言うのだ。
闇市場で違法物を売買し、各国に拠点を構えて悪事を働いている現状とは、印象が随分と掛け離れていた。ケイデンスは僅かに目を見開く。
彼の反応を鼻で笑ったメゾラは、視界からケイデンスを追い出すように目蓋を閉じた。
「全然、金にもならないし、貧しさが改善されたわけじゃないけど、それなりに楽しくやってたんだよ」
しかし穏やかな彼らの生活は、一人の人間が近づいてきたことで、徐々に破綻していくことになる。
「……あの野郎の名前は、
そこまで言葉にしたメゾラだったが、目に見えて顔色は悪くなっていた。紫に変色した唇が小刻みに震えて、知らず浮かんだ涙を指先で拭う。
言葉を詰まらせる彼女に、リリアリアは扇を閉じると、ソファーから立ちあがろうとした。
けれどもメゾラ自身が片手で制し、首を左右に振ってそのまま目元を覆う。
「あのクソは自分が習得した魔法を試したくて、うずうずしてやがったんだ。なぁ分かるかい、何したと思う? すっかりアタシらが油断した時に、バーバスを実験台に使いやがったんだよ……!」
バーバスというのが、創設者なのだろう。メゾラが紡ぐ声に、愛情と憧憬が浮かんでは消える。
前禁書の持ち主であるジオウィは、飽くなき探究心という名目で、バーバスに対しあらゆる魔法を行使したのだという。
重度の合併症を引き起こす病原菌を植え付け、悪化と治癒を繰り返し、大怪我をさせては治療し、息絶えては息を吹き返し、人道を悠に超える行為を、ひたすら嬉々として繰り返したのだ。
そうやってバーバスの精神は入念に壊されていき、最期、あらかた検討し尽くしたジオウィによって、彼は殺されるに至った。
まるで誰かに、心情を吐露することを望んでいたと思うほど、メゾラは饒舌だった。
皺のよった顔は歪んで、両手で皮膚を掻きむしりそうに己を抱きしめ、彼女は涙ながらに訴える。
「アタシらはワケも分からない魔法に邪魔されて、何もできなかった。何日もバーバスの悲鳴を聞いた。死んじまいたかった。本当はアタシらも、一緒に死んじまいたかったよ。だけどバーバスが死んだ直後、あのクソも死んだ。滑稽だったよ、最高だった。アタシは笑ったよ。声に出して、あの野郎を殺してやるんだって……!!」
悲痛な声が鼓膜にこびりつき、ケイデンスは体を硬直させたまま、不自然な呼吸を繰り返す。
冷や汗が皮膚を伝って、じっとりと背中を湿らせ、その不快感で更に呼吸は浅く早くなっていく。
メゾラは両手で己の顔を覆って息を吐き出し、数秒、そのまま静止した。
そして腫れた目元を無造作に拭い、再び濁った眼球にケイデンスを映し込む。
「その後すぐ、ある国の検問を受けて、あのクソが持っていた本は禁書になった。アタシらは秘密裏に監視してんだよ。……アンタが習得しやがった人殺しの魔法をね、ケイデンス・メロー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます