15 相応しさとは①
その後、呼吸をしているが動けない少女は保護され、違法物所持の容疑で捕えられた。
魔物的存在に魔力を与えすぎたのか、ケイデンスも気を失ってしまい、救護班に運ばれ一日ほど眠った後のことである。
魔法で回復したケイデンスを、サロンに迎えたリリアリアは、彼をソファーに座らせて、険しい表情でテーブルを見つめる。
「あの者は、我が国の人間ではありませんでしたわ。ですが、口を割らせようにも、
リリアリアの重々しい雰囲気に、ケイデンスは口を噤んで同じく視線を下げた。
ケイデンスがあの少女に施したのは、脳神経の一部遮断に伴い、五感を奪う魔法である。
自身の意識があっても、一切反応を示せないよう、セイレーンの得意攻撃である精神崩壊を真似たのだ。
「……素性の分からない方でも、……ケイデンスを助けようとして下さったお礼を、言いたかったのですが……」
そう言って嘆息する彼女に、返答する言葉も浮かばない。
ケイデンスはクラーケンが消え、彼女と自分が倒れていた理由が不自然にならぬよう、少女がケイデンスを救助しようとしてくれた事にして、事実を捻じ曲げたのだ。
少なくとも周囲の人間に関して、現場の惨状を目の当たりにした後では、ケイデンスの証言を誰も不審がらなかった。
(……問題は、あの子の組織だ)
少女が再起不能になった今、ケイデンスに対する疑惑の目は、殊更強くなった事だろう。扱う禁術の詳細が判らなくとも、組織側からすれば、彼が少女を手にかけたのは明白だ。
もしかしたら今後、再びあのような目に遭う可能性もある。
手をこまねいては駄目だった。自分のせいでリリアリアに危害が加われば、とても耐えられない。
膝の上に乗せた手に力が入り、シワになるほど団服を握り締めるケイデンスに、リリアリアは眉を下げて立ち上がった。
そして隣に腰を下ろし、そっと血管が浮き出た手の甲に、自分の細い片手を重ねる。
驚いて息が詰まり、リリアリアを見れば、彼女はケイデンスを安心させようと微笑んだ。
「……大丈夫ですわ、わたくしの騎士。脅威は去りました。あなたが生きていてくれただけで、良かった……」
「殿下……」
「ケイデンスがクラーケンに連れ去られた時、わたくしは、……生きた心地が、しなかったの……」
存在を確かめるように、そこにある体温を願うように。リリアリアは表情を歪めて言葉尻を震わせ、ケイデンスの片手を持ち、手の甲に額を押し付ける。
小刻みに揺れる髪が肌に触れ、ケイデンスは眉を下げて唇を噛み締めた。
「……お願い、
滅多に呼ばれることのない愛称で、彼女は懇願する。
触れて良いのか悩み彷徨った視線の先で、クロエリィとライデンリィが、それぞれ頷いて背中を向けた。
一介の騎士にすぎないケイデンスは、緊急時以外に王女を抱き寄せる事は出来ないものの、片手でリリアリアの背中に触れる。
近づいた体温に気がついた彼女は、涙が滲んだ双眸をあげ、視線を交えた。
「……申し訳ありません、殿下。俺は、……どこにも行きません、お側にいます」
「…………ずっと、居てくださいますか?」
「はい。……この身が許される限り、ずっとあなたの、騎士です。必ずお力になります。あなたの側で、お役に立てるように努力します。今回のような事があったって、絶対にあなたの傍に戻ります」
それだけは褒められる柔らかな声で、何度も伝えれば、リリアリアの相貌にようやく安堵が浮かぶ。
彼女は持ち上げていたケイデンスの片手を見つめ、ハッと気がついて慌てて少し離れると、赤らんだ頬に片手を当てた。
「……まぁケイデンス。ごめん遊ばせ、はしたない事を」
「いえ。……おかげで進むべき道を、少しだけ模索する勇気を頂けました」
やや不思議そうに首を傾けるリリアリアに、ケイデンスは目尻を緩ませ笑う。
そして己の手を見下ろし、強く握りしめ、手の平に爪を食い込ませた。
◆ ◆ ◆
リリアリアが公務に出向いている間、ケイデンスはいつものように図書館へ向かう。
古びた扉を開いて返却台に図鑑を置き、大きく深呼吸してから、山積みになった書物の向こうへ声をかけた。
「……ヒースリング」
緊張を混じらせる声音に、暫し返答はない。
しかし物音がしたかと思えば、あくび混じりの声が聞こえ、ケイデンスは顎を引いて唾を飲み込んだ。
「はーい……あれぇ、イルデロン? どうしちゃったのぉ、そんな怖い顔してぇ」
いつも通り間延びする声で、裾や袖を引きづりながら、ヒースリングがカウンターに身を乗り出す。
ケイデンスはその前に来ると、躊躇いを捨てて口を開いた。
「……困ったことがあるんだ」
「うぅん?」
「俺を助けてくれないか。ヒースリング」
その言葉を聞いた瞬間、それは大きく息を吸い込み、ニタリと歪な笑みを浮かべた。
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