第二章

11 初陣①




 朝から鳴り響く陶器の砕ける音に、ケイデンスは些か遠い目をして口を噤んだ。


「このあたくしが、感知するしか芸のない無能でも使ってやると言っているのよ!」

「ですから、ケイデンスはわたくしの騎士です。お義姉ねえさまの近衛に譲るわけにはまいりません」


 城内でも最奥にある、王族の居住地。

 絵に描いたように豪華絢爛な内装の一室、第一王女ベルノイアの私室に呼ばれたケイデンスは、憤慨するリリアリアと共に訪れていた。


 促されたリリアリアがソファーに座るや否や、最初から凄まじい形相で言い争いを始めた義姉妹。

 当事者であるケイデンスや、護衛姉妹は言わずもがな。第一王女付の近衛騎士や侍女でさえ、誰も口を挟めずに成り行きを見守っている。

 

 騎士もどきの一件があってから、ベルノイアがすっかり疑心暗鬼状態なのは、本当だったようだ。

 特に近衛騎士に対する選別は群を抜いていて、少し間違った言動をしようものなら、即座に処罰の対象となる。

 それによって騎士団では、第一王女付き騎士になることが一種の天罰に似ている、とまで囁かれている。


 今回ケイデンスが呼ばれたのは、公務の一環で城下の修道施設を視察する為、共に参じろという命令だった。


 ベルノイアが座るソファーや、足の低いテーブルには、彼女がヒステリックに喚く残骸が、複数転がっている。

 先ほど破壊された陶器のコップなど、給与何ヶ月分だろうかと考え、ケイデンスは顔色悪くリリアリアを窺った。

 彼女は声こそ荒げないものの、表情には明確な怒りを滲ませている。


「リリィ、あたくしの身に何かあって良いと言うの? あたくしはこの国の第一王位継承者よ。魔法も使えないクズに、時期女王の避雷針となる大役を与えようと言っているの。これはほまれよ。拒否する事など何もないはずだわ」

「わたくしの騎士を侮辱する発言は、お控えなさってくださいませ。それにお義姉さまには、優秀な近衛騎士が四名もついたではありませんか」

「素性が知れていたって役立たず共よ!! あたくしの信用に足る働きをするかも分からない!!」


 全てが敵に見えているのか、酷い言われようだ。第一王女の近衛騎士たちは、強張った表情で微かに俯く。そしてすぐに、あまり良い感情を抱かない目で、ケイデンスを一瞥した。

 どうして無能のお前が、と言外に言われているようで、ケイデンスは居心地の悪さに辟易してしまう。


 周囲の視線にリリアリアも気がついたのか、扇で口元を隠しながら息を吐き出すと、自身の近衛騎士二人へ振り返った。

 そして彼女はケイデンスと視線を交差させ、眉を下げて目を細めれば、再びベルノイアに双眸を戻す。


「でしたら、視察はわたくしが参りましょう。お義姉さまは、わたくしが出る予定でした会議に」

「……公務の予定を交換すると言うのね。ええ、そうだわ、それがいいわ。リリィが出る会議ですもの、あたくしが代行して構わないでしょう」


 先方との約束事なので、いくら王族と言えどあまり好ましくない選択だ。しかしベルノイアは納得したようで、侍女を呼びつけて、予定変更の連絡を入れるよう指示を出している。

 折れたリリアリアは扇の内側で再び嘆息し、静かに立ち上がって義姉に一礼すると、そのまま従者三人を連れ立ち歩き出した。


「……役立たずはどっちだよ」


 ケイデンスが扉を開け去り際、近くに控えていた騎士が小さく吐き捨てる。

 それが誰に向けての罵倒なのか判断し損ねて、ケイデンスは黙って扉を閉めた。



 ◇ ◇ ◇



 急遽予定を変更した為、クロエリィが調整に追われたものの、修道施設へは問題なくリリアリアが足を運ぶ事になった。


 ティエラ王国の修道施設は、施設と名がつく通り、協会を中心とした複数の建造物が集まっている。

 そこは修道士の為の学校や、内外の患者を広く受け入れる医療機関、宿泊施設や軽食店など、一歩踏み入れれば別の領地に来たかのように整備されていた。

 古くより外敵セイレーンとの戦いを繰り広げてきた王国は、相応に大きな戦も経験している。そのため、他国の救護援助が寸断された時に備え、自国である程度補えるよう、設備が整えられてきた。


 ケイデンスは、白く美しい、清潔な外装の協会を横目に、前を行くリリアリアに付き従う。

 彼女は案内役の施設長と言葉を交わしながら、施設内の説明を受けていた。

 視界の先には、青い三角屋根に風情を感じる一階建ての建築物が見え、いくつかの窓からは蔓性植物が下がり、可愛らしい花を咲かせていた。


「こちらが修道士の学び舎です」

「まぁ、素敵な建物ですわ。……あら、皆さま、あちらでは何を?」

「ああ、あそこは畑になっていまして。入院する子供たちの運動にと、共同で作物を育てているのです」

「まぁ!」


 リリアリアの表情が輝き、つられてケイデンスも目を輝かせた。

 喜び勇んで畑に近寄った彼女に、うねを作る作業をしていた修道士と、子供たちが顔を上げる。

 そして外出用の簡易ドレスを纏うリリアリアを目に留め、子供たちが明るい表情で近寄ってきた。


「わぁ、リリひめさまだ!」

「リリ姫さま、これあげる」

「ありがとうございます。あ、これはラムスマメの種ね」

「そうなのぉ!」


 泥だらけになっている子供たちを、リリアリアは当然の如く手を広げ、笑顔で対応する。そしてドレスが汚れるのも厭わず、差し出された作物を受け取った。

 その様子を微笑ましげに見つめた施設長は、皺のある目尻を柔和に細め、小さく呟いた。


「……第二王女殿下が訪問してくださり、安心しました。我々も普段通りの生活をご案内できます」


 デビュタントを迎えたばかりであっても、第二王女たるリリアリアの様相は広く周知されている。それに加えて、自身の趣味でもある農業や園芸などへ積極的に関わっており、その方面から多くの支持を受けていた。

 煌びやかで陰湿な貴族社会に傾倒しているベルノイアでは、施設長が危惧した通り、は難しかった事だろう。

  

 子供たちと泥に塗れた修道士が、やや青い顔をしているが、リリアリアは気心の知れた従者しかいないのを良いことに、躊躇わず膝を折って土に触れる。


「まぁ良い土! どんな肥料を混ぜていらっしゃるの?」

「い、いけません、第二王女殿下、さ、さ、流石にそのような」

「これはね、カジツブタのふんだよ」

「あとねぇ、裏山の湖で泥を拾ってくるの」

「どういう調合をするのでしょう? ケイデンス、見てください、ふかふかですわ!」


 ソワソワと様子を伺っていたケイデンスは、リリアリアの許可が出たので、すぐさま隣に膝をつく。

 両手で触れれば確かに柔らかく、しかし適度な湿り気がある。よく見ると山間部に自生している木の実が混ざっていて、土全体がほのかに赤みを帯びていた。

 ケイデンスも感嘆の声をあげ、顔を引き攣らせる修道士を見上げる。


「調合の割合をぜひ教えて欲しいのですが……」

「わたくしもぜひ!」

「え、えっと、は、はい……」

「はいはい、姫さま、辺境伯子息さま。その辺にしてください。わたしたちは公務に来てるんですよ。こーむこーむ」


 訪問の目的を忘れ、食い気味に詰め寄る二人に、クロエリィが両手を叩き呆れた調子で嗜めた。







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