8 禁じの英智③
無詠唱歌で行う魔法の導入は、まず、周囲の魔物的存在の認知から始まる。
その感覚を持つことが難しい場合、指南書では様々なアプローチが記載してあった。
ケイデンスはその内から、魔道具を使用した方法を選択することに決めた。
指南書に記載された内容を頼りに、安価な魔石を指定された種類購入し、ガラス容器に入れて肌身離さず持ち歩く。
そうすれば魔石同士が影響し合い、特殊な効果を発揮するという。
とはいえだ。
セイレーンと呼ばれる魔物が襲来する危険はあるが、基本的にティエラ王国は、魔法使いの活躍によって至極安全な国である。
城内や城下、国境に隣接する場所など、早々、魔物的存在がいるとは思えない。
と、ケイデンスはが首を傾げていられたのも、ガラス容器を持ち始めて、わずか半日ほどであった。
(……嘘だろ……)
リリアリアを護衛し、食事の席や、公務、執務室での書類制作など、場所を移動しながら城内を歩き回っているだけで、魔石が仄かな熱を帯びてくる。
見た目に変化がないのが幸いだが、腰に回すベルトから下げる袋が、衣服を通しても熱くなっているほどだった。
ケイデンスが不自然にならない程度に、袋に片手を入れて容器に触れると、指先が痺れる感覚が伝わってくる。
(これが特殊効果ってことか? つまり、魔物的存在ってのが、見えていないだけで、そこら辺にいるってことなのか……?)
騎士団所属として衝撃である。
とはいえ、周囲にこれほど魔物的存在の気配があり、かつ人々に害がないのなら、ケイデンスにとっては好都合だった。
次に行うのは、己の魔力をいかにして与えるか、である。
ケイデンスは、辺境伯家の身分では同行できないリリアリアの公務の合間を縫って、騎士団員が自由に使用できる鍛錬施設へ足を運んだ。
人目を避けた隅の方で、本から書き写してきたメモを頼りに、熱を持つ魔石の容器を地面に置く。
指南書の記載では、この容器を頼りに、魔物的存在の
(……なんの変化も分からない……)
見下ろすのは、多少、熱が放出された容器である。
頭上から注ぐ太陽光によって、影は作り出されているが、変哲もない。
試しにケイデンスが脳内で、自領で放牧している家畜たちに餌をやる想像をしてみるが、やはり何の変化も得られなかった。
(流石にすぐにどうこう、ってワケにはいかないか)
やや落胆したものの、気を取り直してケイデンスは容器を持ち上げる。
すると影だけが一瞬その場に留まって、すぐに消えていった。
「え?」
もう一度、同じ場所に置いて、即座に持ち上げてみるが、今度は変化がない。
見間違いか? と首を傾げつつ、ケイデンスは今の感覚を脳裏に留めておいた。
◇ ◇ ◇
暫くは、地道な作業の繰り返しだ。
歩き回って魔物的存在を確かめ、容器を頼りに影の知覚を目指す。
時折、容器が形作る影が別の形になる気がするが、どれも一瞬の事で判断がつかない。
ケイデンスは日々奮闘しながら、今日もリリアリアに付き従い、隣国の王族も参加するパーティーの護衛にあたっていた。
この三日間ほど、国交が正常化された周年記念として、式典が執り行われているのである。
隣国は海へと続く運河を隔てた向こう側にあり、人々の往来に紛れて魔物が入り込む危険があるのだ。よって厳重な警備体制が敷かれ、華やかな裏で物々しい雰囲気が漂っている。
朗らかに来賓客の対応するリリアリアの横で、ケイデンスもライデンリィと共に、周囲へ目を光らせる。
クロエリィも、普段より華やかだが、動きやすい正装姿で、リリアリアの背後に控えていた。
「あらリリィ、ご苦労さま。あなたも少し休みなさいな」
「お
来客対応がひと段落したところで、背後から声をかけられ振り返る。
そこには月光のような美しい白銀の髪に、ブラックオパールの瞳を持つ美貌の麗人が、扇の内側で不機嫌そうにリリアリアを眺めていた。
ティエラ王国第一王女、ベルノイア・ティエラ・フェニー。
三人の近衛騎士と五人の侍女に囲まれる彼女に、ケイデンスと護衛姉妹は、揃って深く頭を下げた。
リリアリアは片手を頬に当て、穏やかに笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「構わないわ。……それより、ずっと言いたかったのだけれど、本当にそんな
直球な物言い、ケイデンスは頭を下げたまま目を瞬かせる。
「まぁお義姉さま。わたくしの騎士を、悪く言わないでくださいまし」
「あたくしは事実を言ったまでだわ。膨大な魔力を持って生まれ、魔法が使えないなんて。生まれてこない方が幸せだったでしょうに」
「お義姉さま」
溜め息混じりの声音は、軽蔑よりも同情の比率が大きい。余計にケイデンスの胸に刺さる。
扇を開いて表情を半分隠し、
音を立てて閉じた扇で顎をすくわれ、身体を強張らせながら上体を上げる。
不躾にならぬよう見上げた先には、侮蔑を交えた双眸があり、ケイデンスは息を詰まらせた。
「ロビンラーク卿には同情するわ。伝統ある辺境伯の子息として恥でしかない男が、王族の護衛騎士だなんて。命令とはいえ、面目も丸潰れでしょう」
「お義姉さまっ」
流石に食い下がったリリアリアの声が耳朶を震わせた瞬間、ケイデンスの腰元が熱いほどの熱を帯びる。
今までにない魔石の反応に、彼は控えめに視線だけで周囲を見渡し、ベルノイアに頭を下げながらも一歩、慎重に後ろへ下がった。
(これって、魔物の気配か? すぐ傍に何かいる!)
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