4 隅にいる無能④
それからケイデンスは、リリアリアに従属し、彼女が向かう全てに同行した。
魔法以外なら普通の騎士と大差なく、護衛に関して問題はない。
しかし平民出身で、平均以下の魔力を補うほど美しく、力強い「うた」を行使できるライデンリィや、細かい作業が得意で強い魔力を持つ、懐刀のクロエリィに対し、ケイデンスは特出できるほど技能がなかった。
それはリリアリアに付き従う時間が長くなるにつれ、往々にして露見し始め、妬み嫉みの視線に晒される事になるのだった。
社交界で貴族を相手にするのは、まだ良いのだ。
リリアリア第二王女は、国王夫妻と仲睦まじいが、実は今は亡き惻妃の子である。
国王夫妻の間には、傲慢で高飛車な第一王女がいる事に加え、王兄や王弟にもそれぞれ男児が生まれている。その為、リリアリアが王位を継ぐ事はまずあり得ない。
よって彼女は、争いの火種になる事が
リリアリアの周囲で、例えば役立たずな男が護衛をしていようが、あまり頓着されない、と言うのが実情であった。
問題は、リリアリアを慕う他騎士団員である。
第一王女ベルノイアは、前述した通り、非常に高慢な女性だ。
羽振がよく、気に入られれば高額の融資が受けられる反面、少し気に入らない事があれば、誰であろうと即座に罰し、癇癪を起こして周囲に当たり散らすのが当たり前、という人物なのである。
よって、彼女に従事する侍女業や近衛騎士は、旨み以上の大変さが付き纏い、非常に不人気な役職であった。
その点、リリアリアは誰に対しても朗らかで、やや一線引いているが親しみがある。密かに想いを寄せる騎士団員も多かった。
ケイデンスは、“無能のお前だけ抜け駆けしやがって”という嫉妬の視線を、一心に受ける事になったのである。
◇ ◇ ◇
曇り空が雨の匂いを漂わせる、穏やかな午後。
リリアリアに命じられ、彼女が図書館から借りていた数冊の本を携え、ケイデンスは重い扉を開けた。
立て付けの悪い音が響き、中に足を踏み入れると、木が擦れる音が静かな空間に響き渡る。
王城の敷地内に隣接する図書館は、ケイデンスも足繁く通う場所だ。
様々な国から集められた蔵書が、実に一万冊近くあるらしい。螺旋階段を中央に据えて三階まで、所狭しと並ぶ本は圧巻の一言だ。
ここには第二王女と共通の趣味である、園芸に関する書籍が多くあり、今日抱えてる本も大半がそうである。
リリアリアもケイデンスも、土弄りが好きなのだ。自分で手塩をかけて育てた草花が、大輪の花を咲かせるのを見ると、非常に満たされるのである。
だが、リリアリアは王女のくせにと言われ、ケイデンスは騎士家系の男のくせにと言われ、あまり歓迎されない共通の趣味であった。
「…………ヒースリング。……ヒース? 返却本はここでいいか?」
天井まで届きそうなほど、カウンターに山と積まれた書物の向こうに声をかける。
ケイデンスが近くに置かれている、滑車付きの台に本を置くと、ようやくくぐもった声が聞こえてきた。
「良いよぉ〜、あれ、久しぶりだねぇ、
姿は見えないが中世的で間延びした声が、空間を緩やかに振動させる。
ケイデンスは苦笑混じりに笑い、本の山をどかしてカウンター内を覗き込んだ。
すぐそこで小柄な身体構造の人物が、ソファーに寝転がって雑誌を開いているのが見えた。
目深に被ったキャスケットと、長い髪の毛で顔は視認できず、身につけるローブも大きなもので、輪郭を辿らせない。
彼はヒースリング・コーダ。昔から変わらない姿で、この王国の図書館を守っていると言われる、年齢不詳の人物だった。
「久しぶりだ。それから俺はケイデンスだよ、ヒース」
「こらこら、ボクの居城を覗くなんて、エッチだなぁ? でも
ヒースリングはソファーから起き上がり、裾を引き摺りながらカウンターまで来ると、ケイデンスが差し出した図書カードに判子を押した。この判子が五十個貯まると、図書館内の好きな本と交換できる特典があるのである。
ヒースリングは滑車付き台を一瞥し、ソファーに戻ると、雑誌を手に取って戻り、ケイデンスに手渡した。
「イルデロン、ボクの代わりに本棚に戻してきてよぉ。園芸本は場所が遠くてさぁ」
「そう言って俺に行かせるの、何度目だっけか」
「えぇ? 数えるのもやめちゃったなぁ。でも、お手伝いしてくれる良い子には、ちゃーんと良い事があるからねぇ」
地面につきそうなほど長い袖で、ヒースリングはケイデンスの額を撫でる。
そして首を傾けると、昇降台を引き寄せて台の腕に両足を乗せた。
「あれあれ、疲れてるねぇ。また誰かに虐められたのぉ?」
「いいや。第二王女殿下の近衛騎士になって、かなり生活も楽になったよ」
リリアリアと共に足繁く通うおかげか、司書のヒースリングとは随分気安い仲である。
この図書館は見た目が廃屋に近く、他貴族はあまり近寄らないのだ。ヒースリングの話し相手も兼ねているうちに、気に入られたとも言えるだろう。
ヒースリングは布地でケイデンスの肩を叩き、視認できる口元だけを、緩やかに吊り上げた。
「ふふ、虐められたらボクに言うんだよ、イルデロン。君の為なら、なんでもしてあげるからねぇ」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
「そーう? イルデロンは謙虚だなぁ」
片手を振ってカウンターを離れ、返却するらしい本をいくつか台車に乗せると、ケイデンスは図書館の奥へ足を運んでいく。
「…………本当なのになぁ……ねぇ、***……?」
遠ざかる後ろ姿を、空洞のようにぽっかりと空いた眼球で見つめるヒースリングが、人知れず笑みを溢していたことなど、何も知らずに。
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