第24話

 婚約披露パーティーにはカーズの両親だけでなく、周辺各国の大使が参列した。テーブルには吟味された豪華な料理が並び、ジャックが魔法を掛けた楽器が優雅な音楽を奏でていた。


「セナ姫を呼んできてくれ」


 カーズに頼まれ、メイドはセナの部屋に向かった。レモン色のローブは普段のものより飾りが多く、少々豪華なアクセサリーも身に着けている。セナと共にパーティに参加するのは誇らしく、階段を上る足も軽い。


 ――トントントン――


 セナの部屋のドアをノックした。


「どうぞ」


 セナの声がする。緊張しているのか、いつもの声と少し違って聞こえた。


「失礼します。セナ姫さま、お時間です。カーズさまが控えの間でお待ちしています」


 ドレッサーの前に座っているセナの背中に声をかけると、彼女がヴェールを被って立ちあがった。虹色のドレスとバラで作った香水の甘い香りに気持ちが持っていかれた。


 なんて素敵なお姿だろう。……自分まで美しくなった気がした。


「行きましょうか……」


 穏やかなセナの声に心が落ち着く。


「猫はどうしましょう?」


「猫?」


 セナが小首をかしげた。


「あの黒猫です。いつも姫のそばにいる……」


 室内に視線を走らせる。そうして黒猫がいないのに気づいた。


 セナに視線を戻す。彼女が慌てた。


「……あ、……あの黒猫ね。どうしたのかしら?……きっと、恋人を探しに行ったのだわ。放っておきましょう。お客様の迷惑になっても困るわ」


 セナの説明を疑わなかった。


「そうですね」


 メイドは納得し、今日の主役を先導する役目を誇らしく思いながら、長い廊下をカーズが待つ控室に向かって歩いた。


 控室のドアをノックして開ける。セナが入室するのをその場で待った。


「お待たせしました」


 そう言うセナは背筋を伸ばしたまま、カーズの目を見据えていた。


 一瞬、カーズの瞳に影が走るのをメイドは見逃さなかった。


 あら?……違和感を覚えたが、その理由までは分からなかった。


「参りましょう。お客様がお待ちだ」


 彼が腰に手を当てると、その肘にセナが手を回した。


 メイドは先回りしてパーティー会場に続くドアを開けた。まばゆい光と音楽、そして食欲を誘う料理の匂いがなだれ込んでくる。


 セナとカーズが会場に進むと、大勢の客が拍手で歓迎した。


 なんて眩しい光景かしら。……2人に少し遅れて会場に入ったメイドはドアを閉め、盛大な拍手を浴びるセナの背中に目をやり、それから拍手を打つ人々の顔に視線を向けた。何よりも喜んでいるのは2人の両親たち、そして姉妹……。


 え?……メイドはスバルの姿は見つけても、アリスの姿を見つけることができなかった。


 あんなに真っ赤なドレス姿を見つけられないなんて。……思わず自分の目をゴシゴシこすった。


 嫉妬が高じて出席しないつもりかしら?


「では、婚約の証、愛のキッスを交わしていただこう。これ以降、2人の愛は永遠、誰も、もちろん本人も引き裂くことはできないであろう!」


 形式ではあるけれど、媒酌人ばいしゃくにんを買って出た隣国のバジル国王が音頭を取った。


 シンと静まった会場。


 メイドには、セナの息遣いまで聞き取れた。


 カーズが虹色のヴェールを持ち上げる。見つめあう婚約者同志……。


 会場のあちこちで吐息が漏れ、唾をのむ音が鳴った。


 カーズが顔を寄せてセナのバラの蕾のような唇に、自分のそれを重ねる。2人を赤い愛のオーラが包んだ。


 長いキスの後、カーズは少しだけ身を引いた。


「私は生涯、君に愛を捧げよう……」


 凛とした響きが聞く者に感動を与える。メイドは感涙した。


 再びまきおきる盛大な拍手。それはカーズの次の声で止んだ。


「……アリス姫」


 なんですって!……メイドは驚き目と唇を真ん丸に開けた。


 婚約者の親族や招待された貴族たちは目を点にしている。


 人々の前でセナの顔が、アリスのそれに戻る。魔法で姿を変えていたのだ。


「……アリス、……どういうことだ?」


 声も絶え絶えにジャックが駆け寄った。メグはその場で膝から崩れて顔を覆った。


「私はカーズさまを愛しています」


「セナはどうした? どこにやった? まさかお前……」


 ジャックの声が震えている。


 まさか、殺した?……メイドは優しかったセナを思い、その場に座り込んだ。


「セナは、セナ姫は次期国王なのだぞ……。それを知っていて、アリス……」


 ジャックの声から生気が消えていた。


「お姉さまは、国王など荷が重すぎると話していました。突然、見ず知らずの魔界に連れてこられたのだから当然です。それで、ご自身の意志で帰ったのです。あの世界に」


 アリスの説明に多くの者が驚きの表情を浮かべていた。納得したとでもいうように、うなずく者もいる。


「バカな! 近々我々が攻め入るのだぞ。なぜ止めなかった?」


「それは……」


 気丈なアリスの表情も陰った。


「お義父上ちちうえ、アリス殿を許してやってはもらえませんか……」カーズが言った。「……セナ姫が魔界に居心地の悪さを覚えたのは間違いないでしょう。確かに彼女は長女ではありますが、国を治めるには優しすぎる。私は彼女がアリス姫だと知ったうえで、今この時、婚約の契りを交わしたのです」


「婿殿は、セナがアリスの変身だと知っておったのか?」


「はい、おおよそそうだろうと、察しておりました。事前に申し上げず、申し訳ありません」


「そうか、かくなる上は……」


 ジャックはカーズの両親であるサファイア国の国王夫妻に目を向けた。彼らは同意するとばかりに大きくうなずいた。


「ここに我が娘アリスとサファイア国王次男、カーズの婚約が成立した。あわせて、アリスを皇太子とすることを宣言する」


 ジャックが言い終わると短い静寂があり、媒酌人のバジル国王の拍手をきっかけに、堰を切ったように盛大な拍手の嵐がまき起きた。その中でただ1人、メグだけが、セナを失った絶望に打ち震えていた。


 彼女のもとにカーズが足を運んだ。


「お義母上ははうえ、私が悪魔討伐軍に同行し、セナ姫を捜し出しましょう」


「本当に?」


「はい、約束いたします。ですからおなげきあそばすな。再会の時を楽しみあれ」


「約束ですよ」


 そう言いながら、メグはカーズの腕にすがって立ち上がった。


 セナの失踪によってパーティーが混乱し、メイドは悲しく恐怖さえ覚えていたが、カーズの計らいで丸く収まったことに安堵した。一方、わがままなアリスが次期国王で俺様男子がその夫ということには大きな不安を覚えた。

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