Ⅳ章 婚約披露パーティー

第22話

 世那はカーズの悪事を知ったものの、婚約は破棄しなかった。魔王ジャックが世那とカーズの婚約披露パーティーと魔王討伐隊の結成の準備を着々と進めていたからだ。魔界にきて3カ月、まだジャックやメグが両親という実感がないけれど、いや、だからこそ、婚約披露パーティーをワクワク待つ両親を悲しませたくなかった。


 とはいえ、可愛い後輩を殺そうとしたカーズと、結婚するつもりもなかった。世那は世那なりに、パーティーの準備をすすめた。


 その日はデザイナーを招き、パーティー用のドレスの打ち合わせをした。デザイナーは獣人だったが、とても優秀だった。


「こういったものはいかがでしょう」


 彼女がデザインブックを開いて見せた。淡い虹色に輝くロングドレスだった。


「ステキ!」


 世那は気にいり、同じ生地のヴェールに、赤い大きなリボンをつけてもらうことにした。それがあれば顔も、万が一憂鬱な表情をしていても、他人の目から隠してくれるだろう。


 アリスは紅色の、スバルはパステルブルーのドレスを新調することにした。


「仕上がりが楽しみだわ」


 姉妹よりも母親が、一番の笑みを浮かべていた。


 水晶宮内には、にわかに集められた執事やメイド、コック、会場を設営する作業員が行き来し、目に見えない緊張感が増していた。庭を管理するウイルも忙しくしているのが、世那の部屋の窓から見えた。


「ウイル!」


 窓から身を乗り出して手を振る。


 見上げた彼は世那に気づき、わずかに腰を折って挨拶を返した。


「来てくれる!」


 飛んできてほしいと思ったが、彼がそうすることはなかった。忙しいらしく、首を左右に振ると茂みの陰に消えた。


「もう、……少しぐらい、いいじゃない」


 世那は自分で行くことにした。窓から飛び降りたら早いけれど、王女がそれをするわけにはいかない。水晶宮は、玄関ホール以外には結界がはってあって、空間移動魔法でも外部と直に移動することはできなかった。部屋を飛び出すと、吹き抜けを飛んで下りた。


「まぁ……」飛べないメイドたちが目を丸くし、おてんばな王女を見送った。


 庭でウイルを見つけると抗議した。


 「どうして来てくれないのよ。飛んだらすぐでしょ。まさか、飛べないわけじゃないでしょ。ミックスなのだし」


 彼の顔に困惑が浮いた。


「もちろん飛べますが、王女の部屋の前に浮かんでいるのを見られたら、クビになってしまいます」


「あぁ、そういうこと。ごめんなさい」


 自分が窓から出入りしないように、彼にも窓に近づけない理由があったのだ。


「先日は失礼なことをしてしまいました。それで、どのような要件でしょう。あの時のことに関係があるのでしょうか?」


「ううん、違うの。ウイルの千里眼で、ヒイロ・ブライアンが私を誘拐した理由が突きとめられないかしら?」


「エッ!……誘拐の理由ですか?」


 彼の困惑が濃くなる。丸い瞳がクルクル回った。


「やっぱり、ムリよね」


「ハァ、心の中は覗けません。まして死者の心の内は。何か物は残っていないのですか?……日記とか」


「日記ねぇ」


 ずぼらな安国が日記をつけているとは思えなかった。でも、遺品の中には、何かあるかもしれない。今になって、彼の荷物を整理せずにあの世界を離れたことを後悔した。


 もしかしたらそれも、カーズの作戦だったのかもしれない。なんて計画的で卑劣な奴だろう。……勝手に想像すると、すごく腹が立った。


 水晶宮の出入り口に戻るとボールの声がした。


「なあ、入れてくれ」


 振り返ると、黒猫姿の彼が茂みから現れた。


 彼がトコトコとやって来て身体を脹脛ふくらはぎに擦り付ける。ねだっているつもりらしい。


「抱かれたいだけでしょ」


 屈んで応じた。


「好きな人に抱かれたいと思うことが、悪いことかい?」


「あなたまさか……」


 彼の口調は真剣で、ただのナンパではないような気がした。それともそれがテクニックなのだろうか?


「ひとめ惚れだ……」


 ストレートな言葉に、一瞬、世那の心が動いた。


「……それに、辛いのだろう? あの男と結婚することが」


 彼が次々に放つ言葉を矢のように感じた。


「そ、そんなことないわ」


「なるほど、……結婚前に、向こうの世界に脱出するつもりだな」


 彼はすべて見抜いているようだった。


 黒猫を抱き上げ、顔を近づける。


「シッ! 大きな声で言わないで」


「やはりな。ばらされたくなかったら、俺を中に入れてくれ。恋人にしろとは言わない。ペットにしてくれ」


「ペットだなんて、あなた、M?」


「んなことあるか!……そんなことより、さっさと中に入れ。使用人たちが、変な目で見ているぞ」


 ボールに指摘されて顔を上げた。水晶宮に出入りするメイドや職人たちの目が、世那の姿を舐めるように見ていた。カッと顔が熱くなり、黒猫を抱いたまま立ち上がると、エントランスホールに飛び込んだ。


 魔人は獣人を気配で察するものなのに、メイドたちがボールを獣人だと指摘することはなかった。


「どうして獣人だとばれないの?」


「獣の姿の時は分からないのさ。臭いが獣そのものだからな」


 ボールが、ゴロゴロゴロとのどを鳴らした。

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