第12話
「あ奴は、我々の捜査の目をくらますために魔法を封印していたのだろう。それなのに今ごろになって何故、魔法を使ったのか?」
前の王のキングが呻くように言った。その声は、見た目同様、安国とそっくりだった。
「心当たりはあるか?」
カーズの視線が世那を貫く。
「エッ……」私に分かるはずがないじゃない。
世那はプルプルと首を振ったが、彼の追及は止まない。
「彼が亡くなった日から三日前までのことだ。あの事故にあった男と関係があるのではないか?」
「三日前……」それがレンとのデートの日だということは、すぐにピンときたが言えなかった。もしや祖父、安国は私のデートを妨害するために封印を解き、解体工事現場の鉄骨を魔法で落としたのではないか?……脳裏を
「どうしたの、顔色が?」
メグが顔を曇らせる。
「時空酔いじゃない」
アリスが覗きこむ。彼女のローブの生地はネグリジェのように薄く、身体の線が透けて見えた。
「私が……」
世那の頭部に向かって、スバルが両手のひらをかざす。治療のつもりらしい。
彼女の心遣いは効果があった。眩暈は治まり、心拍も落ち着いた。とはいえ、憶測を語る気持ちにはなれなかった。
「心当たりがあるのだな?」
カーズは追及の手を
「知っているのなら話して!」
アリスが同調し、要求した。その声には敵意に似たものを感じた。
「アリス、そんなに責めてはいけないわ。セナは、信じていたヒイロが誘拐犯だったと知って動揺しているのよ。25年も育ててくれたヒイロなのだもの。疑うのも辛いはず。……私たちが言うことを、簡単に受け入れられるわけはないでしょう」
すっかり落ち着いたメグが世那をかばった。
「いずれにしても、
ジャックが家族に向かって話した。
「セナとカーズさんの婚約パーティーも開きませんと。きっと、国民も喜びますわ」
「おお、そうしてくれ」
キングがクシャっと笑った。
婚約話が進むのには困惑するが、状況をよく理解してから訂正しようと思った。
「部屋に案内しますわ、お姉さま。着替えもしませんと」
着替え?……彼女のようなローブをまとった姿を想像すると、少しだけワクワクする。
スバルに手を引かれ、世那は席を立った。広間の奥のドアの先はプライベートスペースに続く廊下だった。カーズと離れたからか、ホッとした。
長い廊下をスバルと並んで歩く。背後にはあのレモン色のローブをまとったメイドが従っていた。
「お姉さま、あちらはどんな世界なのですか?」
「そうねぇ」
尋ねられて困った。ひとことで答えられそうにない。
「退屈な場所かしら?」
考えた末に、自問するように応じた。
「魔界だって退屈な場所ですよ。ねぇ?」
スバルは背後に目を向けて、同意を求めるように言った。
「いいえ。私は、緊張の毎日を過ごしています」
スバルと同じ年ごろのメイドが遠慮がちに答えた。
緊張の毎日?……世那はイメージする。水晶宮内での複雑な人間関係、あるいは彼女の家庭の事情。彼女の父親はDV野郎かもしれないし、母親は毒親かもしれない。
アッ! と気づく。魔法のある世界なら、モンスターがいるのだろう。油断していると突然現れたモンスターに身ぐるみはがされ、……いや違う。心臓を食われたり、魂を取られたりするのかもしれない。……ブルブルっと背筋が震えた。
「あのう……」
「なんですか、お姉さま?」
「この魔界には、モンスターとかいるの? スライムとかドラゴンとか?」
ウフフ……。スバルが笑った。
「いませんよ。人間の世界にはいるのですか?」
逆に尋ねられて思わず答えた。
「いるわよ。モンスターペアレントとか……」
「まぁ、怖い……」
言葉と逆に彼女は笑い、ひとつのドアの前で足を止めた。
「……ここがお姉さまの部屋になります」
スバルが告げるとメイドがドアを開けた。
「お掃除は済ませてあります。衣装やお化粧道具も一通りそろえておりますが、必要なものがございましたら、何なりとお申し付けください」
頭を下げた彼女の前を通り、室内に入って驚いた。
数日前、レンとすごそうとしたラブホテルのスイートルームとそっくりだった。ただ一つ違うところがあった。部屋には両開きの格子窓とバルコニーがあった。
「驚いた……」
ぼんやり見つめていると、メイドが言う。
「セナお嬢さまのお好みのスタイルだと伺いましたので、このようなインテリアにさせていただいております」
「誰に聞いたの?」
「カーズ様です」
「あの人……」
見下すような彼の視線を思い出して面白くなかった。それにしてもどうして彼は、あのホテルのことを知っているのだろう?……ラブホテルと同じ部屋が好みだと思われたのも心外だった。私の好みは……。そこまで考えたが、何のイメージもわかなかった。代わりにレンの顔が浮かんで悲しくなった。……どうして彼は私のことを忘れてしまったのだろう?
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