第7話

 安国の死因は心筋梗塞しんきんこうそくだった。十分高齢だったし、寝ている間に逝ったのは、苦しみも少なく幸いだったのかもしれない、と世那は考えることにした。


 親戚はなく隣近所には煙たがれるような者だったために、葬儀に参列したのは世那ひとり。寂しい葬式だった。自分の葬式には伴侶ぐらいはいてほしいと思った。


 ――陽彩乃安国様、あなたはこの世に80年もの間貢献し、偉大な足跡を残しました。皇帝天神照はここに感謝の気持ちを表します……――


 宗教色のない葬儀場に流れるのは皇帝のメッセージだった。古代のローブのような薄絹をまとった照の美しい姿が祭壇の隣にあった。ホログラム立体映像だ。それが皇帝自身でないとしても、皇帝と帝国に対する親近感、尊敬の念、あるいは愛国心のようなものを覚えた。


 ――……人類は悠久の時を経て覚醒しました。もはや死も恐れることはないのです。残された私たちは、先人の労を無駄にしないために、この美しい世界を守っていかなければなりません――


 女帝はメッセージを告げると、天女の幻が大気に溶けるように、その姿を消した。


「これにて、ご葬儀は終了です」


 葬儀場の職員の言葉に送られて会場を出た。


 空はかげり、星々が煌めき始めていた。その中に、とりわけ赤く輝く星がある。世那の視線はそれに囚われた。その赤い星が祖父の生まれ変わりのような気がした。


「あれは凶星だな。俺様には分かる」


 背後の声に嫌な気分を覚えた。見れば真っ黒なマントをまとった眉間のシワの深い男性がいた。


 40代半ばかな? 黒い衣装は葬儀場だから違和感はない。でも、古い時代の書生のようなマントというのはどうだろう? カラスそのもの、あるいはカラスの化身? だから凶星だなんて嫌なことを言うのね!……思わず、彼をにらんでいた。


 彼が薄い唇の右端だけを上げた。


「セナ・ブライアンだな?」


 ブライアン?……誰よ?……頭の中でクエスチョンマークが舞い踊り、彼がさらに怪しく見えた。


「答えろ」


 頭の中で何かが――カチン!――と鳴った。……なんて失礼な奴!


「……あなたこそ誰?」


「ふむ、俺様はカーズ・ファウスト、忘れたのか?」


 カーズ・ファウストって、どう見ても帝国じゃない。……胸中つっこんだ。


「……会うのは初めてだと思いますが?」


「いや、25年ほど前に会っている」


「そんな、……それなら私、2歳ですよ。覚えているはずがありません」


「俺様には1歳から記憶があるが……」


 彼は得意げに拳を胸に当てた。


 おかしな人だ! 目をあわせないようにしよう。


「急ぐので失礼します」


 彼に背を向け、目の前に停まっていた無人タクシーに飛び乗った。


 追って来るのではないか?……彼が乗り込んでこないように急いでドアを閉める。


 カーズは追ってこなかった。まるで案山子のように、その場を動かない。車が動き出し、ウインドウの向こう側で彼の姿が小さくなった。


 世那は自宅に戻ると喪服をぬぎ、レンが入院する病院に向かった。せめて彼だけは、死なずにいてほしいと祈った。

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