page06 : 時の悪魔

「――?グrィ――ヮレhfッカtuシタ」

「な、何がっ……頭に……ひ、びいて」

「悪魔の言葉にはその一つ一つに意味が宿る。理解しようとすれば精神を急速に摩耗させる。自身の魔力に集中して、循環を感じろ」


(とはいえ、このままでは数分と持たず意識を奪われる。儀式を止められなかったのは私の落ち度だ)


――悪魔。

 それは神話や伝説の語られる、この世界では存在。生命に分類されず、世の理を超越するとされる。


 神が気まぐれだとすれば、悪魔は紛うことなき悪。救いも慈悲も一切ない。あるのはただひたすらに破壊のみ。


「だが、とは悪魔との契約だ。恩恵ではなく契約。つまり、その多大な命を代償に、契約者の願いは必ず叶う」

「そ、それって……っ」

「本来ならば、誘拐犯の思惑通り時が戻っただろう。こいつにはそれだけの力がある」


 「だが……」とグレイは歪な悪魔を睨みつける。


「今回は例外だ。。儀式発動前に」


 殺したのはグレイ本人。

 その死体はいつの間にか消えていた。


「儀式起動時に飲み込まれたか。どちらにせよ、今のヤツは契約者の居ない不完全な状態なわけだ」


 身体が完全に生成されず、歪な霧として現れたのはそのため。


「しかし、不完全でも悪魔は悪魔。その本能は何一つ変わら……


「――hカiii!コrsm――Nagロ」

「ちっ、――鉄壁の盾をシールディラニオ!」


 破壊の悪魔が大人しく解説を待つはずがない。

 予備動作の一切を感じられない真っ黒の闇が、グレイ達を目掛けて撃たれる。


 人間相手に使うには明らか過剰すぎる魔法。

 グレイは軽く舌打ちをして、即座に防御魔法を打ち出す。グレイの防御魔法は悪魔の攻撃を受け切ることができた。


 それは、グレイの魔法が悪魔に匹敵することを意味する。


「せ、んせ……」

「これが悪魔というものだ。……怖いか?」

「だい……じょうぶ、です!!スカラーもまだ行けます!」

「よく言った。では、望み通り授業開始だ」



 普通の子どもであれば、悪魔の魔力に当てられただけで気絶してもおかしくは無い。


 だからこそ、グレイは目の前の少年の勇気を素直に称賛している。精霊の加護があろうと、立ち向かえる勇気は少年自身の強い意志が生み出したものだ。


「手っ取り早く本題に入ろう。魔力暴走を治すには、その原因を理解する必要がある」


 続け様に放たれた悪魔の闇を、展開中の防御魔法で弾く。


「悪魔の攻撃をよく見てみるといい。これだけの出力に、不完全な状態での魔法行使だ。しかし、魔力暴走とは程遠い安定感がある」


 悪魔は防御魔法を突破するのは厳しいと考え、その身を持って滅ぼさんと急接近してくる。


 黒い霧から二本の腕が生え、その先は鋭く尖った爪がどす黒い魔力を纏って蠢いている。防御魔法とは言えど、全ての攻撃に対抗できるほど万能な魔法では無い。

 転移の如き速度で右爪を振るえば、いとも容易く防御魔法が破壊され、続く左の爪がグレイの喉元に迫る。


「――逆もまた然りヴァイスヴァーサ


 しかし、悪魔の爪がグレイに届くことはなく、代わりに黒い霧の中央が切り裂かれた。驚いた悪魔は己の状態を理解するより早い反射的な動きでグレイと距離をとる。

 悪魔の体を上から下へ切り裂いた三爪の傷跡は、本来グレイに刻まれるはずだったモノ。


「私の魔法は大した魔力を使っていない。大きな力にはより大きな魔力を――君は今、そう考えているな」

「えっと……は、はい」

「それが間違いなんだ。魔法には、それぞれ必要とする適切な魔力の量がある。大規模な魔法には大量の魔力、逆に攻撃を反射する程度の小規模な魔法にそれほど魔力は必要ない」


 悪魔もジェイルも困惑する中、グレイは淡々と説明を繋げる。自分で悪魔は破壊の化け物だと脅しておきながら、グレイ本人は随分と余裕な表情である。


「無論、同じ魔法でも与える魔力量を増やせば出力が上がるのは事実だ。だが上限がある事を忘れ、許容を超えた魔力を流せば……」


 グレイは手本のように手の平に白い結晶を作り上げ、過剰な魔力を結晶体に流し込む。魔力によって徐々に大きくなっていく結晶は、小粒ほどだった体積を手の平に乗るほどの大きさに変化させ、そして――


――ボンッ


「このように暴走する」


 結晶は粉々に砕け散って霧散した。


「精霊を媒介とした魔法は確かに強力だ。しかし、魔力を過剰に流しては精霊本来の強みを全く活かせていない」

「強み……ですか?」

「そうだ。精霊を媒介にすると、本来の魔法より少ない魔力で魔法を行使できる。この意味が分かるか?」

「魔力の許容量が下がって……?」

「その通り。少年、君は魔法使いの素質がある。しかし圧倒的に知識が足りない。緊張した時に魔力の調整を忘れる癖も、直した方がいい」


 魔力が視えるグレイには、ジェイルの弱点を見破る程度造作もない。生徒をよく見ているグレイだからこそ可能なアドバイス。


「今教えられることは以上だ。あとは実践をよく見て、魔力の流れを学ぶといい。――君になら視えるだろう?」


 含みのある言葉は、ジェイルの傍らの存在に向けられたもの。魔力との親和性が高い精霊には、魔力の流れがよく視える。


「君の友に力を貸してあげてくれ」


 精霊と契約者は、あくまでもで結ばれた関係に過ぎない。


 彼らのように、精霊と心を通わせ信頼し合う関係はやや珍しい部類。


(そういえば、森の入口の少女も仲が良さそうだった。……類は友を呼ぶ、か)


 そういった意味では、グレイもまた


「――kRsKrスgAaAArrッッ」

「今日最後の授業だ。よく見ておけ」


 怒りで吠えた悪魔の傷は、既に消えている。

 自然治癒能力まで持っているようだ。


「――DeTブrlv」


 霧の羽に凝縮された魔力が、咆哮となって解き放たれる。節々から黒い光線が撃たれ、霧を穿つ。

 濃密な魔力。認識できない速度。ちょうどよく舞ってきた木の葉が、闇に染まり灰となる。


 ジェイルを抱え後退しながら回避するグレイの足元を、黒い闇が穴を開ける。


「あまりこの森を破壊しないで欲しいものだ。――無に帰せディスペル


 グレイの顔面に迫った闇が、瞬く間に消滅する。


「それぞれが独立した魔法。ディスペルは非効率か」


 存在自体がこの世の生物とは異なる悪魔。

 生物の常識は当てはまらない。


「……あれを利用するか」


 手持ちの魔法で対処出来るモノを探す。

 案はあるが、己の身1つでは不可能。故にこの場所を利用する。


「少し借りるぞ。――大地の怒りアース・コレール


 大地が割れ、森が動く。

 森林の根が悪魔を翻弄し、割れた大地が反撃を許さない。それはジェイルの魔法を遥かに上回る、まるで自然そのものを味方にしたかのよう。


 ジェイルは魔法力の違いに驚くよりも、その圧巻の光景に息を飲んでしまう。それは魔法と言うより、もはや芸術の域。

 ジェイルが見惚れてしまうのも頷ける。


「――srhナnD!!」


 襲いかかる根をちぎり、せり上がる大地を避け、頭上から迫る岩石を粉砕して……、悪魔の対応力もグレイの魔法に一切の遅れを取らない。


 いつしか、悪魔が森の攻撃を予測しそちらに向かって先に移動し破壊を施し始め、グレイの攻撃を完璧にいなし始める。


「――shAAaanJカ!!」


 大地を踏み壊して、余裕さえ生まれた悪魔がグレイを睨みつける。


「――tt?!」


 視線の先のグレイを見て、悪魔はついに理解した。

――己が嵌められたことに。


 その瞳に映るグレイが――笑っていたのだ。


「神降儀式――絶対の理を与えんフィニッシャー。ここは、我々生命の場所テリトリーだ」


 グレイの呼び掛けに、祭壇が起動する。

 大規模な魔法によって、悪魔は無意識のうちに祭壇上に誘導されていた。


 祭壇が淡く輝き、神降儀式、祭壇魔法が発動する。神降儀式とは悪魔の儀式契約同様に神の権能を降ろし行使する魔法。創造を得意とする光の超上位の存在を利用する力は、世界の理をも変える。


 その効果範囲は数百キロにも及び、発動さえしてしまえば避けることは不可能。祭壇の真上に立つ悪魔が対抗できる手立てもない。


「――fZkルnッ」


 そも、元来より神と悪魔は対を成し、互いを不干渉とすることで対立を避けてきたと言われる。

 理由は不明。仮説はいくらでも存在するが、中でも有力なのはの有無。


 火は水で消す、草はよく燃えるが、大地に火はつきにくい。水は電気をよく通し、高出力の雷は火を起こす。

 そう言った物理的属性同士が持つ特徴が、魔法にもよく影響している。属性の相性。多属性を操る複合魔法や魔法同士の接触による副反応など、追求すればキリがない。


 そのためここでは説明を省く。

 しかし、悪魔と神にはそれぞれ特有の属性が備わっている。それが、闇と光。


 この2つは他の属性と異なる特徴を持つ。

 闇は――破壊。光は――創造。


 相反する故に、互いが互いに弱点となる。

 だから不干渉。感情のある者は皆、死にたくは無いと願う。神という抽象的な者が相手ならば、その意味は死ではなく――消滅。


 神が闇を苦手とするように、悪魔は光で浄化が可能。


 神降儀式――絶対の理を与えんフィニッシャーは、その浄化をグレイの手で書き換えた、創造魔法とも呼べる。


 効果は名前の通り、世の理を新たに創り出す。

 絶対の理は、何者にもねじ曲げられぬ世の制約。存在する全てのモノを対象とし、破ることは決して許されぬ制約を課す。


「――ggggggAaAAaaaァァァッッッッ」


 結果、この世界の理から逸脱した超上位の悪魔は、その存在自体がされる。


 創り出された生命が、理を破壊する者に為す術のない者が、それでも破壊者から己の世界を護ろうと必死にもがいた努力の形。


「痛みなどないさ。お前という存在は、元からこの世界に踏み入れてはならなかった。ただそれだけの事だ」

「――ksMハ……aノTn…………iRms.グレイ…………」


 悪魔の身体が透け、祭壇の光が消えた時には、そこに破壊の権化の姿も無くなっていた。

 最後にヤツがつぶやいた言葉を、聞き取れた者はいただろうか。


「……グレイ先生。最後、悪魔が」


 静まり返る森で、悪魔の消えた祭壇を見つめながらジェイルが疑問を口に出す。


「私は何も聞いていない。ただの悪魔の戯言だ」


 グレイもジェイルには目を向けず、霧の濃い森をただ眺めて言った。


「捕まっていた人達は……既に森の外へ逃げているか。この場所を、悪用する者が出てこないことを祈るばかりだ。念の為、幻術で改めて――っ」

「先生!!」


 一歩踏み出したグレイは、身体に強い倦怠感を覚えよろめいしまう。ジェイルが咄嗟に体を支え、何とか転ばずに済んだ。


「すまない。魔力の回復が早いとはいえ、杖なしに魔力を使いすぎた。……やはり神降儀式は無茶だったようだ」


 グレイがいかに優秀で、無限に近い魔力を持っていたとしても、世の中の理を曲げ、神をも降臨させる魔法を一人で使えば、その代償は大きなモノになる。


 生きて、意識を保てているのが有り得ない程に。



 近くの岩にもたれ掛かり、数分の休憩を挟んだグレイは、エルフ特有の急速な魔力回復によって体調も元に戻った。


「一応の仕上げだ。――全ては偽りの中イリュージョン


 祭壇を覆う広範囲の幻術。

 この程度は、完全でないグレイには余裕の魔法だ。


「同じ過ちを繰り返さないよう、この場所は隠しておく。もっとも、この霧を抜けてここまで辿り着ける者など元から多くないが」


 念には念を。

 彼女との思い出の場所を、これ以上荒らされないためにも。


――『ありがとうグレイ。今回もあなたのおかげね』


 全てを終え、森を出る離れ際、消えそうな感謝がグレイに届いた。


(自分の幻惑に、記憶が混ざりこんだかな)


 また笑っているだろうその声に、グレイは気が付かないふりをする。


 森は、昔から静寂を保っている。

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