便秘の友【なずみのホラー便 第151弾】※お食事中、注意!

なずみ智子

便秘の友 ※お食事中、絶対注意!

 私の部屋は独特のにおいがするらしい。

 自分では気づかない……というか、鼻が慣れてしまっているためか全く分からないのだが、私が住んでいるアパートの部屋のにおいに気づいた知り合い――図々しくも講義のノートを借りに来た同じ大学の知り合い――の穂乃香(ほのか)が言うには、いわゆる悪臭に分類される類のものではないらしい。

 かといって、得も言われぬ芳香というわけでもないと。


 悪臭や芳香のどちらにも傾かない中立的な……ニュートラルなにおい。

 さらに穂乃香が言うには、ニュートラルなばかりかユースフルな……つまりは役立つにおいだというのだ。


「あんたの部屋って……本屋みたいなにおいがするんだよね」 

 穂乃香が言った。


 本屋みたいなにおいと言われても、私は本を読む習慣がないため、部屋に置いてある本と言えば、大学の授業で必要な教科書ぐらいだ。

 なお、履修期間が終わったら、サークル内の同じ学部の後輩に不要となった教科書を譲っているため、本の回転率もわりと高いと思う。


「”青木まりこ現象”って聞いたことある? その現象をこれ以上ないほどに体感できるのが、あんたの部屋なのよ」

 とも、穂乃香は言った。


 私はスマホで「青木まりこ現象」なるものを調べてみた。

 ほほぅ……なるほど、「青木まりこ現象」とは、本屋に行くと便意が込み上げてくる現象のことか。

 なぜ、この現象に人の名前がついているのかというと、1980年代半ばにとある雑誌に上記の生理現象についての投稿があり、その投稿主の名前がそのまま現象の名前にもなって、2020年代半ばに差し掛からんとしている現代にまで語り継がれていると。

 まだ医学的にはっきりと解明はされていないようであり、摩訶不思議な人体のメカニズムらしいとも。


 まあ、「青木まりこ現象」がであるのかは問題ではなく、私は現在、別の問題に悩まされることになってしまった。

 私の部屋のにおいを指摘してきた件の知り合い・穂乃香であるが、彼女は慢性的な便秘体質であったらしく、お腹が張って苦しくなるたびに私のアパートにやってくるようになった。

 そして、私の部屋のにおいをクンクンと嗅いだ後、トイレでブリブリとウンコして帰っていくようになったのだ。

 それも、強烈な残り香つきで。


 毎日というわけではなく、せいぜい数日に一回程度ではあったのだが、これはたまらない。

 ウンコ自体は悪いことではなく、生理現象だと分かっているも、ただウンコをするという唯一のミッションのためだけに私の部屋に来て、ミッション・コンプリートすれば「ありがと~! じゃあね」と、そそくさと帰っていくのもどうかと思う。

 

 さらには、穂乃香は図に乗ってか、同じゼミやサークルの女の子ばかりか、私の知らない女の子も、私の部屋に無断で連れてくるようになったのだ。


「この子、私と同じアルバイト先の子なんだぁ。もう一週間も出なくて苦しいっていってるから、助けてあげてよ。ユースフルな場所は皆で使わなきゃあ」


 そうして、数人の女の子たちは私の部屋の匂いをクンクンと嗅ぎ、私のトイレでウンコをして帰っていった。

 ウンコばかりか、取り替えた生理ナプキンを汚物入れには入れず、蓋の上に剥き出しの状態でポンと置いたまま帰った女の子もいた。

 …………おい、マナーはどこへ行った?

 自分のなら仕方ないが、人の経血なんて好き好んで見たいものではない。

 あの時ばかりは、さすがに私も吐きそうになった。


 こんな私の状況を聞いた人たちはこう言うだろう。

 迷惑なら、はっきりと断ればいい。

 居留守を使って、部屋に入れなければいい。

 最終手段として、お金はかかるだろうが引っ越せばいい。


 そういった対策を取れたなら、どれだけ良いだろう。

 でも、そんなことをしても無駄であるし、私には”しなければならないこと”ができたのだから。



※※※



 ある日のこと、私は大学内で同じサークルの後輩女子に声をかけられた。

 周りに他の人がいないことを確認し、声を潜めた後輩は私にこう告げた。


「あの……非常に言いにくいんですが……穂乃香先輩たちに影で変なアダ名つけられていますよ。『公衆便所』とかって…………」


 私の頬は、羞恥と憤怒で二倍に赤く火照った。

 人に変なアダ名をつけるなよ。

 しかも、なぜ、よりによってそのアダ名なのか?

 「本屋さん」とか「青木まりこ現象」とかならまだしも、別のことを連想してしまうような卑猥なスラングをなぜチョイスする?!


「穂乃香先輩って、だいぶ派手にいろんなところで遊んでるみたいですし……その『公衆便所』ってアダ名の由来を勘違いした、ヘンな男とかを連れてこられる可能性もなきしもあらずだと思います…………本当に気をつけた方が良いですよ」


 後輩に忠告された数日後、穂乃香がやってきた。

 今日の穂乃香は一人だった。

 誰かと一緒にやってくる、もしくは男を連れてくる可能性を想定していた私にとっては非常に都合が良かった。

 今日こそ、私が”しなければならないこと”をしなければ。


 いつも通り、穂乃香は私の部屋のにおいを嗅ぎ、腸内に溜まっていたものをトイレでぶっ放していた。

 そして、手を拭きながら「あ~~すっきり、今日もありがと♪」と、すぐさま帰ろうとした。


 私は穂乃香を呼び止める。

 穂乃香は振り返る。


「……何よ? 何か言いたいことあるの?」


「あるよ。ないわけないし。ねえ、穂乃香……今まで私の家にウンコだけをし来たり、ウンコ友だちを連れてきたりしたけどさ、不思議に思わなかった? あんたもウンコ友だちも皆、私の家のにおいを嗅いでから”すぐに”トイレに直行して、ウンコしていたことを。何回かは『いくら便秘でも、そんなにすぐには出ない』とか『いざ、トイレに行ったけど、結局出なかった』とかいうケースがあるとは思うんだけど。即効性と確実性が100%なことを不思議に思わなかった?」


 穂乃香がブッと吹き出す。


「知らないわよ。そんなの、ただの偶然でしょ。それだけ、あんたの部屋がにおうってことじゃない。まあ、別に悪いにおいじゃないからいいんじゃない? これからも、”公衆便所”としてよろしくね」


 この女は、ついに私本人にも”公衆便所”と言いやがった。


「穂乃香、教えてあげる。この部屋のにおいは……私の体から発されるにおいだということを」


「は? 何言ってんの? あんたから体臭を感じたことは一度もないわよ。言われてみれば、においそうな顔はしているけど(笑) そもそも、本屋みたいな体臭のする女なんているわけないじゃない」


「……いるんだよ。今、こうして、あんたの目の前に。…………あんたとは友だちでもなんでもなく知り合いであることすらやめたいのに、図々しくウンコしにくるようになって、本当に迷惑だった。お金に余裕はないけど、引っ越すことだって考えた。でも、そんなことをしても無駄だと”私は知った”。あんたがこの部屋の常連になり始めてからしばらくして、私がトイレに入っていた時に”便秘の友”と名乗る妖精が、私の股間からふわりと現れて…………」


「……………………頭、大丈夫?」


 笑いを堪えている穂乃香を無視して私は続ける。


「今も私の体内にいる”便秘の友”とのその時の会話を一言一句、しっかり再現してあげる。現れた”便秘の友”はこう言っていた……『私は健やかなトイレライフを望む人々の思いから、つい最近、生まれた妖精の一人です。ですが、妖精といえども、私は水に流されゆくトイレットペーパーのように拠り所がなく、依代がないといずれ消えてしまう身であることをも誕生と同時に悟りました。早く依代となる人間を見つけないとウロウロしていた時、偶然にも肌がソフトな感じに合いそうなあなたを見つけたんです。あなた本人の許可も取らずに悪いとは思いましたが、あなたの体内に入らせていただき……そして、あなたの体を大元として、”健やかなトイレライフの始まりとなるにおい”を放出させていただくことにしました。事後報告で大変に申し訳ございません。でも、ご安心ください。あなたの体から常に放出され続けるにおいですが、微量にもほどがあるレベルで、普通の人間なら近距離でも気づきません。日常生活はもちろんのこと、性交渉時にも一切の支障はないかと。そのうえ、あなたが同じ空間に10~11時間ほど居続けることで、その空間がやっと便意を催すにおいに満たされるといった非常に遅効性のものです。ただし、においを嗅いだ人に対する即効性と確実性は100%という”非常にデキる子”なにおいでもあります』……とね」


「へ、へえ……あんたが10~11時間ほど同じ空間に居続けたら、そこが便意を催すにおいに満たされるんだぁ……この安アパートの狭いワンルームなら、まさにうってつけの空間よね。……じゃ、じゃあ、私はもう帰るから!!」


「待ってよ、穂乃香。便意を催した後に放出するウンコは臭いよね? あんたみたいに、いつも外側だけはバッチリ決めている女でも、絶対にウンコは臭いよね?」


「……ンなの当たり前じゃない! 臭くなかったら、ウンコじゃないわよ! 臭いのがウンコのアイデンティティじゃないの!!」


「そう、ウンコは臭い……だから、ウンコのにおいは”すぐに”消さなければならない……特に便秘で溜め込んでいた、くっさいくっさいウンコのにおいは」


「何が言いたいの?!」


「ちなみに”便秘の友”の話だけど、健やかなトイレライフを望む人々の思いから、そろそろ強力な妹分も生まれそうだとも言っていた……その妹分の妖精は、その名も”消臭の友”…………」


「その”消臭の友”とやらも、あんたが引き受けてあげれば?!」


「…………”残念ながら”その”消臭の友”は、ついさっき落ち着く先をちゃんと見つけたって。まあ、その落ち着く先の候補として、傍若無人に人ン家でウンコして、強烈な残り香を無頓着に残して行く一人の女を私は紹介しておいたわけで」


「ま、まさか………」


 穂乃香の顔が青くなっていく。

 まるで、下剤を飲まされたみたいな青さだ。

 私の心はすっきりと晴れやかになっていく。

 これぞ、まさにブルースカイ。


「”消臭の友”は、即効性に特化しているって聞いていたけど、”それは事実みたい”。ウンコのにおいはすぐに消さなきゃいけないから、当たり前か(笑) 一般的な消臭剤って、いろんなタイプがあるけど……少なくとも、この”消臭の友”は無香タイプではないし。でも、いわゆる悪臭じゃなくてユースフルな香りだから、別にいいと思うけど…………でも、トイレにいるわけでもないのに、強烈なトイレの消臭剤のにおいを全身から常に醸し出している女ってどうなんだろ?」



(完🚽)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

便秘の友【なずみのホラー便 第151弾】※お食事中、注意! なずみ智子 @nazumi_tomoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ