第14話 真の勇者をめぐって



 池袋から帰ったタクヤとミィーリィーは、持ち帰った短剣を前に、しばし無言でそれを見つめていた。

 帰ったらすぐ『シン・ゴジ下痢オンMrk 3.1415』の開封の儀を済ませて視聴しようと思っていたタクヤだが、勢いそうもいかなくなってしまった。


 何しろ実際に、自分がこの短剣で命を狙われたのだから。美里も腕に怪我を負った。――ま、まあ、それはすぐに治ったわけだが・・・。

 それらのことを考え合わせると、俄かに美里の言っていた話が、信憑性を帯びてくる。とは言え、一方で、やはりそう簡単には信じられない自分がいることも確かだった。


 鎧の騎士の男は、首をねられた時、ミィーリィーが振るった剣もろとも光の粒子となって消滅した。

「つまり、鎧の男はこの世界から消滅して、ナーザルという、美里さんのいた異世界に戻ったと?」

「おそらく。だが、この短剣が今目の前にあるということは、もう一人はまだニーポンにいるということであろうな。いずれまたタクヤの命を狙って姿を現すはず」


「でもさ、俺って、トラックに撥ねられて死ぬんじゃなかったっけ?」

「うむ。賢者ベルゼの予言によると、そのはずなのだが…」

「なんで俺、異世界人に命を狙われるの?」

「それは……」

 

――刺客…。真の勇者を一日も早くナーザルに呼び寄せたい者。それはすなわち魔王様に楯突たてつく者



 コンコン、とドアを叩く音。

「ねえ、ねえ、お姉さん、お兄ちゃんにお洋服買ってもらった? どんなの? 見せて!!」

 ドアを開け、妹の妙子がタクヤの部屋に入って来た。


「おお、妙子か ――服? 何のことだ? そんなもの買ってはおらんぞ。必要ないしな」


「お兄~ちゃん! ちょっと」

「えっ? なに?」

 妙子がタクヤの襟元を両手で掴み、顔を近付けて言う。

「こんの、ドスケベ!! 変態!! いくら奥さんになってくれる、って言っているからって、年がら年中、こんな下着姿でいさせるなんて、なんて奴なの!! 服くらい買ってあげなさいよ!!」


「いや、ちょっと待て、これは美里さんが、この格好が一番落ち着くと言うからであって、決して俺が強要しているわけではないぞ。いつもはお前に貰った服を着ていただろう」

「んっ? ああっ、そうだった!」

「だろ?」


「でもさ~、今日もどっか出掛けたと思ったら、またこんなくっだらない、『こだわりのオタクグッズ』という名のゴミを買って来たんでしょう?」

 床に置かれた短剣を拾い上げながら言った。

「いや、これは違う」

 妙子が拾った短剣が真剣だと気づかれないよう、タクヤが慌てて取り上げる。


「そう言えば、すまない、妙子に貰った服に、今日穴をあけてしまった」

「えっ!? ちょっと、お兄ちゃん! 私、そういう服を乱暴に破る、凌辱プレイとかするために、あれあげたんじゃないんだからね!!」

「た、妙子! お前、なんてことを!! いつそんな言葉を覚えた!? お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんよ~~!!」

 

「だって、そこのクロゼットの奥のお兄ちゃんのコレクションの中に、そーいうのが何本かあったから、好きなのかなって。だから、育てたのはお兄ちゃんだよ」

 そう言ってクロゼットを開けようとする。


「わぁ~、こら~、人サマの前で兄の恥部をさらそうとするんじゃありません!!」

 慌てて背中でクロゼットが開けられないように押える。

「そうか…、タクヤはそういうのが好みだったのか。それならそうと早く言ってくれればよいものを。私も…、嫌いではないぞ」

 頬に両手をあて、顔を赤らめながら俯き気味に言う。

「み、美里さんまで、何言ってるんですか!」


「まあ、あの服はお姉さんにあげたものだし、別に気にしなくていいよ。私にはちょっと大人っぽいかなと思っていたやつだし」

「そうか、すまぬな」


「それより・・・。うん、・・・ほら!!」

 そう言うと、タクヤに向って手のひらを開いてみせる。

「ああっ? なんだ? 俺、手相とかわからないぞ」

「はあ? お金に決まってるでしょ!! 早く出しなさいよ!!」

「え~~、なんでだよ?」

「まだ時間あるし、これから美里さんと一緒にお洋服買いに行くから。私のも買うから、たんまり出しなさいよね」

「はあ? なんでそうなる~~!!」



  ****



 ミィーリィーがニーポンに転移して三週間。


 ここナーザルでは、魔王ルシフェルが、度重なる自称勇者たちの攻撃を退け、いよいよ人間たちの支配を完了するため、一斉攻撃を指示していた。


 所々の街ばかりでなく、ここ帝都でも、勝利を確信した魔王軍の、遊び半分の気まぐれ攻撃により疲弊ひへいしていた。

 今この時も、皇帝カイエルが側近たちと軍議、および「勇者転生対策会議」を行っている。


「やはり、真の勇者が現れ、魔王ルシフェルを打倒してくれなければ、どうにもならんか・・・。先日、真の勇者、サイトウ タクヤを、い、いや、お迎えに、差し向けた、い、いや親善大使は、いかがした?」

 苛立いらだちながら皇帝カイエルが尋ねた。


「ハッ、それがニーポンに差し向けた三名のうち、一人は返り討ちにあい、昨日ナーザルに戻っております。残りの二人はまだニーポンに留まり、隙を伺っているとのことであります」


「なんだと!? やはり真の勇者は転生前からそんなに強いのか?」

「それが、戻って来た騎士の話によりますと、魔王軍が我々の動きを察知し、サイトウ タクヤに幹部級の悪魔を護衛に付けているようなのです」

「なに~~、魔王めっ!! 小賢こざかしい」


「やはり、ここは暗殺などではなく、勇者殿にちゃんとお話をして、急いで転移するよう、お願いした方がよかったのでは?」


「仕方あるまい、いきなり出掛けて行って、何の関係もないニーポンの若者に、『ちょっと異世界に来て、魔王を討伐してくれませんか? そのために今すぐ死んでもらえますか?』などと言って、誰が『はい、わかりました』と言って死んでくれるものか!!」


「いや、お言葉ですが、今まで多くの転生勇者が、自ら『とーらっく』に突っ込み、ニーポンから来たと申しておりましたが・・・」


「バカめ、真の勇者たるサイトウ タクヤをそのようなエセ勇者たちと一緒にするな!! それは『おおたく』病に罹った頭のおかしな連中の所業であろう。真の勇者がそのような病に罹っているはずがないわ!!」

 

「はあ、しかし、報告によると勇者サイトウ タクヤは、『おおたく』病患者たちの多くつどう、『生けむくろ』の地に出向いていたとのこと」

「なに!? そうなのか? 真に恐ろしきは『おおたく』の病よ、のう…」


 その時、帝都の最高位ビショップのフィリップスが、

「皇帝陛下、私によい考えが」と言った。

「ほう? なんだ、申してみよ」

「はっ、勇者を暗殺したり、こちらの世界に来てくれとお願いするのではなく、否応なく呼んでしまうのです」


「おおっ! そうか、その手があったか!! つまり、召喚するのだな!!」

「はい。すでに手は打ってございます。今ここに、わが国最年少にして、帝都一の女召喚術師を呼んでございます。――エリカをここに!!」

 

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