勇者になった覚えもないのに 魔王の手先のかわいいサキュバスに狙われている

雪尾

第1話 異世界に乱立する勇者たち


  ――んっ、ふん❤……… う、うまい……

    な、なんなのだ!! この男の精気は…

    やはり…、こやつが、勇者に違いない……


 最上位サクバスであるミィーリィーの顔が、ほろ酔い加減といったような、うっとりとした表情に変わった。

 ほんのりと上気して、薄紅色に染まった頬、それはまるで極上の酒に溺れているかのよう・・・。


 重ね合わせていた柔らかな唇を、ゆっくりと静かに離し、めるように目の前の男の顔を見つめ、すっ、と耳元に口を寄せ、こうささやいた。


「貴様…、やはり、勇者だな…」 



  ****



「ルシフェル様! ルシフェル様! 申し上げます!! 勇者を名乗る紀陽秀磨きようしゅうまなる男と、そのパーティーが城内に侵入いたしました!!」

 大声で叫びながら、近臣のヒスラーが王宮の広間に駆け込んで来た。


「ああ? また勇者か? ここ数日だけで四人目だぞ! サッサとそいつも討ち取って来んか!!」

 グラスを片手に玉座で寛いでいた魔王ルシフェルは、狼狽うろたえているヒスラーを蔑むように睨んで言い捨てた。


「で、ですが、近衛のドルゾ師団が苦戦中で、もしかすると今度こそ、本物の勇者かも知れませぬ。その・・・、近衛師団長のドルゾ様も勇者に討ち取られ、このままではこの王宮にまで侵入される恐れが・・・」

「何? ドルゾが・・・ 四天王はどうした?」

 苦虫を噛み潰したような顔で尋ねた。


「はっ! それがどなたも不在でして。ミュシュマ様は東部地区に侵入して来た勇者の一味を迎え撃ちに、ヴョール様は北方の地に現れた勇者パーティーの迎撃に、ガストー様は・・・」

「ええい、わかった。もういい! 俺が出る」

 そう言ってルシフェルが立ち上がった時、少し離れたとばりの陰から野太い声が聞こえた。 


 ――否! それには及びませぬ、魔王さま!!


 姿を現した最上位インクブスであるミィーリィーが、右腕を胸にあて、軽く頭を下げて言った。


 全身黒の衣装に身を包み、耳まで裂けた口、頭部には二本の黒光りする角、背にある蝙蝠こうもりのような翼は、今はたたみ、細く長い尾が、生き物のように宙に浮いて動いている。


「おおっ!! ミィーリィーか」

 ルシフェルが声のする方を見遣った。


「はっ! 私が侵入して来たその勇者めを、今すぐに排除して参りますのでどうかご安心を」

「左様か? だがしかし…、そなたを危険な目に遭わせるのは……」

 ルシフェルがそう言った瞬間、ミィーリィーが、醜いインクブスから、妖艶な黒いビキニ姿の、美しく豊満なサクブスの姿へと変貌した。すぐにルシフェルがミィーリィーの肩を抱き、自分の方へ抱き寄せる。


「ふふっ… 何を仰います。勇者の一人や二人」

 ルシフェルの腕の中で彼を見上げながら、妖しげに微笑んでミィーリィーが言う。

「そうか・・・。頼もしいやつめ」

 そう言って、ルシフェルもニヤリと笑った。

「お任せください。あなたさまのためとあらば・・・」


  ****


「ひぃや~~」

「うわっ、やめろ~、お前勇者だろ! 俺たちみたいな弱い奴をイジメんな~!!」


 王宮前の護衛の悪魔たちが皆倒され、門を守る最後の二人の悪魔が叫んだ。


「ふん、何を言うか、この魔王の手先ども! 今までさんざん悪事を働いてきたんだろうが! この聖剣グルフィンの威力をとくと味わうがいい!!」

 声と共に、ギラっと勇者の聖剣が閃き、悪魔たちを真っ二つに切り裂いた。


「うわあ~~!」

「ぎゃあ~~!!」

 門の守衛のザコ悪魔が二体、光の粒となって消滅した。


「とうとう来たわね、シュウマ!! きっとこの奥が王宮よ!」

 駆け寄って来た、魔法使いのミーサが言った。

「よーし、いよいよ魔王を討伐だぜ!!」

 すぐに追いついた、プリーストのベイカーも意気込んで叫んだ。


「そこまでだ、 とやら!!」

 突然、勇者一行の前に、黒く醜悪な姿のインクバス、ミィーリィーが現れた。

「き、貴様!! だ、誰がだ!! 俺の名は紀陽秀磨きようしゅうまだ!!」

「そうよ! シュウマはそんなおいしそうな名前じゃないわ!!」


「あ~ら、そう? でも、もう、そんなのどっちでもいいわ・・・」

 その言葉と共に、ミィーリィーが美貌のサクバスの姿に変わる。

「ああっ!!」

 美しくも妖しい、ミィーリィーの姿態に驚いたシュウマが思わず声を上げた。

「気をつけて、シュウマ! あいつ、淫魔いんま、サクバスよ!!」

 魔法使いのミーサが叫んだ。


「もう遅い・・・」

 素早くミィーリィーが勇者の背後に回り込み、左腕を首に廻すと、その耳元に何やら囁やきかけている。見る間にシュウマの目がトロンとしてくる。

 次の瞬間、ミィーリィーが再びインクバスの姿に変わり、手にしていた短剣でシュウマの首を斬り落とした。


 ――きゃあ!!

 他のパーティーメンバーたちの悲鳴が上がる。


「やはり、『ニーポン』から転移・転生してきた勇者は、女の色香に弱いという話は本当らしいな・・・」


 身を翻し、サクバスに戻ったミィーリィーがつぶやいた。


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