せんべいマン

@ssm59

第1話

僕は加賀美 餅太郎(10)

東京は浅草に住む、色白もちもち体型の男子小学生だ。


「うぅ、寒い…着替えたくない…」


 10月も後半に入って朝は冷え込むようになった。特に今日みたいな雨の日は寒くて、学校に行くのに着替えないといけないんだけど、布団から出られないでいる。

ふと、爺ちゃんの部屋の火鉢がもう出ていたことを思い出した。


(危ないから絶対近づくなって言われてたけど…)


 僕の家は老舗の煎餅屋“加々美”を営んでいて、爺ちゃんは今の時間もう仕込みで部屋にいない。でも火鉢はまだあったかいはずだ。


(僕ももうすぐ5年生だし、火の扱い方くらいこころえているもんね。)


僕は重い体に毛布を引きずり、隣の爺さんの部屋に移動した。


 思った通り、まだ部屋も火鉢もその温もりを保っている。毛布に体半分埋まりながら、やれやれ着替えた。

火鉢が気になって覗いてみると、灰にちゃんと埋まってない炭があった。煌々と赤く燃えている。あたたかいはずだ。朝の消し忘れだろう。


「危ないなぁ。爺ちゃんってば老眼だな。」


火ばしで炭を掴むが、ポロッと落としてしまった。火の粉が一瞬爆ぜ、手に当たってしまう。


「あっ!!!」


体に電気がビリビリと走る。

僕は衝撃で気を失った。




「おい!餅太郎!大丈夫か!?」


「う〜ん…」


目を開けると爺ちゃんがいて、心配そうに僕を抱き上げている。


(わ!爺ちゃん!)


怒られる!と身を竦めた。

…と思ったが、僕はなぜか乱暴に爺ちゃんの手を払い除けて言う。


「チェッ!バレちまったら仕方がねぇ。」


僕はひとっ飛びで庭に飛んで…飛んで?


(あれぇ〜?)


なんか体が軽い。もちもちタプタプがない!


 部屋の姿見に一瞬うつった姿は、醤油のような色黒で痩せ型の、放課後サッカーでもやっていそうな少年だった。

不思議に思ってよく見ると、腕や足、お腹も筋肉でカッチカチになっている。


「あばよ!俺はずらかるぜ。」


庭から塀をひらりと越えて、僕は通りへ駆け出した。


「おっと、雨に濡れちゃいけねぇんだったな。」

と、ダボダボになったパーカーのフードを被る。

街角時計を見ると、9時を過ぎていた。


「学校はとっくに始まってる時間だなァ…」


(そうだ!急がなきゃ!)


「毎日真面目に行ってんだし、一日ぐらいで卒業できねぇってこたぁねぇ。」


(えぇ〜!?)


サボるつもりである。


(最近は小学生が1人で昼に歩いてたら補導されるんだよ?おまわりさんに聞かれたらどうしよう?)


案の定、すぐに警ら中の警官に見つかった。

と思ったら、僕はまるで忍者のように人や建物の陰に隠れながらサッと移動した。


あっという間に遠くになった警官は目当ての人影を見失ってキョロキョロしている。


「ん?」


 自動販売機の陰に、おじさんが座り込んでるのを発見した。

酔っぱらいだろうか?太陽も高いのにまだ酒が抜けていないなんて、だらしない大人に違いない。

 警官もまだ近くにいるし、見なかったことにしようと思ったが、雨のせいもあって、傘をさし通りを行く人が誰もおじさんのことを見向きもしないのが何だか嫌で、声をかけた。


「そんなとこで寝てたら風邪引くよ?」


「…いっそ風邪こじらして死にてぇよ」


 むくりと起き上がったおじさんは、ホームレスという感じではない。

どこにでもいそうな普通のサラリーマンだった。

 何かキャバクラという綺麗なお姉さんのいる店に行ったのがバレて、奥さんに家を締め出されたらしい。 

不貞腐れて飲みに出て、気がついたらこんなところに寝ていたとのこと。


「だってよぉ…仕事の付き合いで行ったら気に入られて、ゆりあちゃんが会いたい会いたいって言うもんだから。俺ぁ悪くねぇ。」


「会いたい会いたいって言うのも仕事だからさ。帰って謝んなよ。雨なのに散歩連れてかれた犬みたいな姿見たら、奥さんも家に入れてくれるって。」


「おめぇみてぇなガキに何がわかるっていうんだよ…」


「大丈夫だよ。長く飼ってる犬に噛まれたってさ、情がわいてるから捨てないじゃん。それと一緒。」


「俺ァ犬かよ。失礼なガキだな。」


そう話していた直後、目の前に警官が立った。


「ぼく、どうしたの?」


(やばい!)


心の中では焦っているのに、僕はすらすらと言葉を並べた。


「お父さんが具合い悪くなっちゃって。ぼく病院に連れて行ってたんです。ほら、捕まって。」


おじさんに肩を貸して立ち上がらせる。


「悪ぃな太郎。すんません、もう帰るところなんです、へえ。ご心配おかけしました。」


 警官は疑わなかったようで、会釈して立ち去った。

おじさんがいて助かった。というかおじさんに構わなければ警官に見つかることもなかった気がするけど。

おじさんは、上着やズボンのポケットなどをぱたぱた触る。財布をどこかにやってしまったらしい。


「帰りたくても電車賃もタクシー代もねえよ…。」


「歩けばいいと思うんだけどねぇ。まあ雨だしいいよ、送るから。家どこ?」


大人と子供が逆である。


「馬鹿いっちゃいけねぇ…っておい!」


僕はおじさんを軽々持ち上げ、塀を伝って屋根に上がった。

どうやら変身するとちょうパワーが出るみたいだ。


「どっち?」


「き、北千住…」

 

 屋根の上でもスカイツリーが見えれば方向は大体わかるんだ。

そこそこ距離があるからダッシュで行く。


くお〜!! ぶつかる〜!! ここでアクセル全開、インド人を右に!じゃなくて、スカイツリーを右に!


おじさんの家に着いた。

チェーンがかかっててインターホンを押しても無視されてしまったけど、僕はするする登ってベランダの窓をノックして隠れた。

土下座しているおじさんが見えて、やれやれと奥さんは鍵を開けに戻っていったよ。


それを見て、なぜか胸がじんとして元に戻ってしまった。


…いやぁ僕、どうやって帰ろう?

幸いポケットに小銭があったので電車で帰った。


「た、ただいま…」


 お昼すぎに家に戻ると、爺ちゃんが元々皺が寄って怖い顔をさらに鬼瓦みたいにして仁王立ちして待っていた。


「爺ちゃぁん、僕なんか変な夢みたかも…」


「夢じゃねえよバーロー!心配させやがって!」


 手を引っ張られて、爺ちゃんの部屋に連行された。


ぴっしゃんとガラス戸を閉めて、正座で向かい合う。


「…うちの家系にはたまにおめぇみてぇな体質の奴が生まれてくる。あの火鉢の火に当たるとそうなっちまうんだ。」


「なんでそんな危ない火鉢をしまっとかないのさ」


「あれにはカグツチっつう火の神さんがついててな。たまに使ってやらないと機嫌を損ねんだよ。」


 なんでも、蔵に入れっぱなしで埃なんか被らせようものなら怒って何をするかわからないような、荒々しい神様らしい。


「こわいねぇ…」


「何でぃ。これからお前がやらにゃいかんのに。」


「えー!」


 さっき体が変わったのは神様の仕業で、それが起こったからにはご利益?を受けた僕が手入れしないと、それはそれで機嫌を損ねるという。気難しい神様だなあ。


「掟だ。神様をちゃんと祀るんだぞ、いいか?」


 それから爺ちゃんに火鉢の使い方や手入れを教わった。

最初は危ないし火鉢は爺ちゃんの部屋に置いたまま、手入れを僕がやる。

炭の火熾しだけは大人にやってもらい、それを運んで入れる。

備長炭を置いて周りに火熾しした炭を置く。

入れる時は炭は詰めすぎず、空気の通り道があるようにする。

火が強くなり過ぎたら周りの灰をかけて調整する。

離れる時は炭を灰に埋めると、空気が遮断されてゆっくり消火される。

出かける時は炭は火消し壺に入れる。

最後に、必ず一時間に一回は換気するように言われた。


 朝早起きして台所に行くのが寒いけど、着替えるときやお風呂上がりはあったかくていい。

空気が乾燥しないのもいい。僕のもちもち肌が、よりピカピカのツルツルになる。

 うちは木造で、隙間風が入ってくるのに、石油ストーブは親に禁止されていてとにかく冬寒いのだ。エアコンつけても隙間風で寒い。

熾した火鉢にあたりながら、爺ちゃんに質問した。


「爺ちゃん、変身した後戻るにはどうしたらいいの?今日はなんかよくわからないうちにもどっちゃったんだけど。」


「…詳しくはわからんが、人助けかねぇ。カグツチは荒神の名の通り悪いことが許せない性格だからな。ちゃあんと神様に与えられたことをやってれば戻れるんだとよ。

 そうだ、おめぇせんべいマンになれ!ちっさい時好きだったろそういうの。」


その時、炭が爆ぜて腕の内側に当たった。

するとみるみる肌の色が変わって…変身しちゃった!


「何がせんべいマンだ爺!こちとらアンパンの野郎も戦隊もとっくの昔に卒業したんでい!」


「なけなしの小遣いはたいてアンパンやら戦隊のおもちゃ買ってやった俺に対してその言い草はねぇだろッ!」


「おうおう食玩でお茶濁しやがって友達ににせものって馬鹿にされた恨みはおめぇが墓入ろうが忘れねぇからなぁ!」


「仏を恨むか、この罰当たりがー!!!」


「お父さんは、まだ仏じゃないですよ。」


と、お父さん!?


爺ちゃんの息子、つまり僕のパッパであるところの、加賀美金平が音もなく立っていた。


「餅太郎にこれをやろう。」


お父さんは、僕に古びた縮緬の布で出来た袋を渡した。


「外で変身する必要があったらこれを使いなさい。」


「ご先祖さまの開発品じゃ。燃焼時の臭いが出にくい、特別な炭を使った懐炉らしい。一瞬でも指で触れれば変身できるぞ。」


「サンキュー博士!」


「くれ悪じゃぞ。」


 かくして加賀美餅太郎はせんべいマンとなり、密かに人々の平和を守っていくのだった。

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