第20話 休息


 空は高く、吹き抜ける風が気持ちい。

 気分もやっと落ち着いてきた。


「ところで隆也、それはいい剣だな。幾多の修羅場を潜り抜けて来たのだろう、戦い方を知っている。護ってもくれるはずだ」


 ラムザスの言葉に、腰に留めた刀を外した。

 戦い方ねぇ。この世界では、そういう表現でもあるのだろうか。しかし、あの妖獣を相手では、護られても身体が持ちそうにない。

 第一ルクスが弱いのならば、どうしようもない。


「おれも、この刀の来歴は分からない」


 刀に目を落とした。


「さっきも言ったように、それは幾多の戦場を駆け抜けてきた剣のようだ。積み重ねてきた風格からも古いものだな」


 風格。そういうものは感じられないけど、坂本と藤沢を護れるようんはなりたい。サラ達が助けに来てくれるまでは、護れるようにしたい。

 刀を腰に留め直す。


「それよりアレク、肩は大丈夫か。空を舞う踏み台にしてしまったが」


 サラがアレクに顔を向ける。


「心配するな。踏んでいったのは右肩だ。それに、左肩もほぼ治っている」


 踏み台、空を舞う。それでサラはあの時、馬車の上に降りて来たのか。それにしてはとんでもない跳躍力だ。


「サラはルクスで風を操れる。疾風のサラの異名もそこ来ているのさ」


 アレクが教えてくれるように言うが、余計に分からない。

 風を操る。風を操って、一気に飛んできたというのだろうか。

 ルクスはそんなことも出来るのか。

 それがあれば、二人を護れる力になるのだろうか。


「それより、そろそろ出発」


 シルフが立ちあがった。


「準備は出来ているのか」

「妖獣の始末に入ったから、既に馬車の準備も出来ている」

「そうか。負傷した騎士たちは荷馬車で治療中だ。坂本と藤沢もショックを受けたようだから休ませている」


 最後の言葉は、おれに聞かせているようだ。素っ気なく見えるが、アレクは気遣いの出来る男なのだな。


「もうすぐ出発だが、どうだサラ。今日は一つ手前の街道駅までに移動を変えないか」


 ラムザスの提案に、即座にサラは首を振った。


「だめだ。急がないと印綬を失うことになる」

「しかしなぁ」

「騎士の負傷は六人、六頭の馬を替え馬に当てられる。馬車を全力進めてもそれで持つ」


 シルフの言葉に、ラムザスが諦めたように立ち上がった


「分かった、そうしよう。隆也、おまえも馬車に戻れ。もう乗れるようになっているはずだ。強行軍になるぞ」


 その言葉に頷き、カップのお茶を飲み干す。

 いつの間にか妖獣の屍は動かされ、その骸には模様が描かれた紙が貼られている。何かの識別なのだろうか。

 その向こうには、引き起こされた馬車も見えた。

 馬車に向かうと、中には坂本と藤沢が疲れたように座り込んでいる。


 二人はおれを見るなり、

「怪我はないか」

「大丈夫なの」

いきなり抱き付いてきた。


「心配したんだ。あの後、姿が見えなくなって」

「向こうで休んでいた」


 おれも二人の肩を抱いた。

 やはり、いい友人を持った。涙ぐんでまで心配をしてくれる友など、簡単に巡り合えるものではない。


「それより、三人とも怪我がなくてよかった」

「なに言っているんだ。隆也が馬車から出て闘ってくれたから、無事だったんだ」

「おれは何も出来なかったよ。サラが助けに来てくれた」

「でも、隆也が動いてくれたおかげで、化け物はここから出てたんだ」

「役に立てたのならよかった」

「よくない」


 大きく声を張ったのは、藤沢だ。


「よくない。隆也くんが自分を犠牲にしてまで表に出ることはなかったんだ」

「そうだぞ、隆也に何かあったら、俺たちはそっちの方が苦しむんだ。たとえ俺が殺されたとしても、隆也を犠牲にしてまで生き残るのは嫌だ」

「分かった、分かったよ。次からは気を付ける」


 二人の勢いに、大きく頷くしかなかった。

 だけど――。


「二人には、謝らないといけないんだ」


 身体を離し、頭を下げる。


「何のこと」

「おれは、サラたちに会ったことがあると言っていただろう。その時に、あの蔵を持って行くと言われたんだ。人には影響はないとも言われたけれど、そんな所に二人を招いてしまった」

「そんなこと言えば、僕のせいだよ。僕が行くところがなくなって」

「同じだ。俺もあの時には行くところがなかった。隆也のせいじゃない」

「でも、巻き込んだことに違いがない」

「でもはない。それに、俺一人向こうに残れば、淋しいだけじゃないか。そんなことは、気にするな」

「そうだよ。それに家に帰れなかったのは僕なんだ。隆也くんたちには謝らないといけないのは、僕なんだ」

「藤沢のせいでもない。隆也も言っていたじゃないか、三人はずっと一緒だと。三人一緒なら、それでいいじゃないか」


 その坂本の言葉と同時に、不意に馬車が動き出した。

 倒れるように椅子に座り込む。


「それに、隆也が一緒ならきっと大丈夫だよ」

「おまえたちは,おれを過大評価し過ぎだ」


 おれは座席に座り直した。

 自分の無力さを痛感したところだ。

 自分の小ささをどうにかしたいと考えているんだ。

 本当に、二人ともおれのことを勘違いしている。


「でも、ありがとう。応えられるようにしないとな」

「応えなくていいんだよ。隆也くんはそのままでいいんだ」


 おれの言葉に重なるように、藤沢が呟いた。


「そうだな。隆也は隆也のままでいい」


 坂本までが言いだす。

 何だよ、おれのままって。


「おれはね、二人の前だから虚勢を張って、何でも出来るって顔をしているだけだ。本当は何も知らないし、だらしない奴なんだ」


 ため息のように言った言葉に、二人が顔を見合わせて笑い出した。

 何だよ、笑うことはないだろう。


「隆也よ。俺たちがいつから付き合いだしたと思っているんだ」

「そうだよ。知り合ってから十二年だよ。隆也くんの事ならよく知っているよ」

「そうだぞ。隆也がだらしないのは、知り過ぎるくらい知っている。だから、大事な行事の時は迎えに行っていただろう」

「そうだよ。放っておいたら寝過ごすんだから」


 だめだ。これ以上に話をすればおれの黒歴史が全てここで暴かれそうだ。


「分かった。もう、この話はなしだ」


 おれは横を向きながら深く椅子に身体を預ける。

 それを待っていたように、坂本は足元に置いた袋を壊された座席の上に置いた。


「それより、お茶とパンを貰って来た」


 重くなった空気を変えるように、笑みを見せた。

 その袋を開けた途端、今度は窓から閃光が差し込む。

 振り向いた先は炎が巻き上がっていた。よく見れば、炎は妖獣の骸から噴き上がっている。

 その時になって、あの骸に貼られた紙を思い出した。あの模様は聖符だったのだろう。妖獣の死体を発火させ、焼却するための。

 これもルクスの力ならば、本当に何でも有りだ。

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