第7話 デルルクのケモノ

 ブローヌ国は、山の民が住む山岳地帯より北に位置し、低い山と森に囲まれ太い川が東西に流れる巨大な国だ。ブローヌ王の強欲と強権で領地は拡大の一途だという。


 その最奥に位置するブローヌ城は、海に面した断崖の上、高い城壁に守られた孤高の城だった。


「まさか…王が…」

 がくぜんとした顔でブローヌ王の血にまみれた死体を見上げるベール。いっぽうジェスはケモノの右肩に立ち上がると、あたりを見回し、怒鳴った。

「下がれ!王が殺され城が落とされた!どこに敵がいるかわからんぞ!」


 城下町には人影が無く、建物があちこちで壊れ、焼かれた跡がある。


 一隊は城下町から近くの森まで駆け戻り、見張りを配置し、にわかの前線基地を作った。その中心にケモノと私がいる。ケモノは周りを警戒するように仁王立ちし、私は動揺してケモノの首にしがみついていた。

 

 ケモノの足元では、ジェスとベールが顔を引きつらせて話し合っている。

「我々がケモノ生みを連れ帰るかもしれないという情報が洩れて、先を越されたというわけだな…」

「あの死体の吊るし方。人間わざじゃねえ。デルルクがケモノ生みを連れて奇襲をかけたんだろう。城の中にまだケモノ生みがいるかもしれねえな」


 私はケモノの毛皮に顔をうずめた。 

「ケモノ生みにあんなことをさせるなんて、ひどすぎる。どうしたらいいの…こんなところに来るべきじゃなかった…」


 後悔でいっぱいだった。デルルクにケモノ生みがいるから、こちらにもケモノ生みがいれば戦いにならない、そんな説明でここに来た。なのに、着くなり王が殺されていて、城には敵のケモノ生みがいるかもしれないなんて。

「ごめんなさい。ケモノ生み様。私がここに来ることを選んだのが、間違いでした」


 ケモノは私を掴んで手のひらに乗せると、まっすぐ私を見た。ケモノは恐ろしい形をしているのに、表情はいつも優しい。小さく低くうなった声の中には、私を勇気づける言葉が隠れているみたいだ。しだいに震えが止まり、息をついた。

「ケモノ生み様。一緒に乗り越えていただけますよね。一緒にここに来ることを選んだんですよね」

 ケモノは深いまばたきでうなずいた。


 ケモノは顔を上げ、森の奥に目をやった。

 ベールの部下である兵士と、くすんだ服を着た平民が二人、こちらに駆けてくる。

「ベール様、ジェス様、軍からの伝令です」

 兵士が言い、一方、息を切らした平民二人はケモノを見上げて絶句した。

「この…ケモノなら…勝てる…のか?」

 ひとりがつぶやいた。


 彼らは平民に化けた兵士で、ケモノを連れて戻ったジェスたちの噂を耳にして伝令に来たのだ。

 彼らの語ったあらましは、めまぐるしかった。


 一昨日の夜、ブローヌ城は「片手に鋭い鎌をつけた蜘蛛のようなケモノ」に襲撃された。壁でも天井でも、音も無くすばやく動き回り、その鎌は人の首も胴も一閃で真っ二つにする。まず王が暗殺され塔に吊るされたのを皮切りに、城の中と周辺にいた兵士は全滅させられた。


 ケモノ生みと一緒にブローヌに侵入したデルルク兵は二十人程度と思われ、城下町で略奪を働いた後はブローヌ城に籠城している。

 城の外から攻めようにも、ケモノ生み本体は城内にいるし、ケモノの活動範囲に入るや、ケモノに襲われるから、近づけない。

 と、いうものだ。


「我々は援軍と補給を絶つべく、デルルクとの国境に布陣しております。ケモノ生みとて人間。兵糧攻めがよかろうと」

「なるほど。指揮官は?」

「第四師団のダン様です」

「うん慎重なあいつらしい。他の士官は?」

「実は、ブローヌ王亡きあとは国が分裂すると読んで、故郷に戻った士官が多数…彼らと行動を共にした兵士もおりまして」

「なんだそりゃ。反逆じゃねえか」

 ベールが頭を抱えた。


「このままではデルルクのケモノ生みを葬っても、内戦になるな。ブローヌ王が抑圧し、統治していた地方が独立しようとするだろう」

 ジェスが冷静に言い、ベールが悲壮な顔になった。

「そこを横からデルルクに攻められたら、ブローヌは消滅する。人が死に、荒れはてる。ったく、なんのために今までクソみてえな王に我慢してきたのやら」


「国が成り立つのは、残酷な王と賢い軍隊、あるいは愚鈍な王と残酷な軍隊の組み合わせのときだけだな」

 ジェスは皮肉っぽい言葉を吐き捨てるように言った。

「賢い王ってのは無いのか?」

 ベールが聞いた。

「賢いものは王になどならない」

「よくそんなことを考えながら、ボロを出さずに王の直属をやってたもんだ」

 ベールはくっくと笑い、てっきりブローヌ王の死に消沈しているはずと思っていた私は、拍子抜けした。


「さて、我々はどうすべきか…」

 ジェスは言いながら、私たちを見上げた。

「デルルクはブローヌ王がケモノ生みを手に入れてからでは手遅れと、決死の作戦を取ったのです。彼らは今、退路を断たれ、最後に望むはこちらのケモノ生みの抹殺。さきほど我々はブローヌ城の視界に入ってしまった。ペルラ殿そして、どこかにいるであろうケモノ生みよ。もうあなたたちを追うブローヌ王はいない。この最前線を離れてはいかがでしょうか」

「おいジェス!ケモノがいてくれれば、諸侯が恐れて内戦が防げるぜ!?」

「それはケモノ生みと、彼に意見するペルラ殿が決めることだ」

 ジェスは横やりを入れたベールにではなく、私たちの顔を見ながら言った。その彼の目が見開かれ、ケモノの背中を指して叫んだ。

「うしろだ!」


 バサバサッ!


 背中で空を切る音がしたと思ったのも束の間、私は「翼の生えた蜘蛛のようなケモノ」に捕まれ、ケモノの肩からさらわれてしまった。

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