妖怪の青い羽

凍月氷菓

第1話 鬼は学校の裏山に潜む





「くそ……届け……あと……ちょっと……!」

 

 僕は体のバランスが悪い状態で必死に右手を伸ばしていた。そしてついに手を伸ばしていた物をつかんだ!

 

「届いた! うわっ……やばっ……落ちる!」

 

 体のバランスを崩し、風船を掴みながら木から背中で落ち振動が体を巡ってものすごく痛かった…が、

「お兄ちゃん大丈夫!?」

 

 少年が僕を心配そうに見ているので痛がるのは我慢する事にした。

 

「うん、大丈夫……はい、風船」

 

 僕は少年のために取った青い風船を手渡した。

 

「ありがとう!」

 

 僕は心の中でなんでこんな朝早くから子供が風船を持って木に引っかかったのか不思議に思ったがあまり気にしない事にした。

 

 少年は僕にお礼を伝えて今度は風船をしっかりと掴み背中を向けて走って行った。

 

「もう離さないようにね!」

 

 遠くに行った少年に届くように僕は大きな声で言った。

 今日は学校に行く前から誰かの助けになれた、これでまた憧れに近づけた。

 

 …………学校に行く前?

 

「やばっ!学校遅刻する!」

 

 僕、狭間妖人はざまようとは自分が遅刻していたことに気づき、急いで学校を目指した。




 僕は途中から参加した1時間目の授業が終わり、机の上で一息ついていた。

 僕は目の前に困っている人がいたら絶対に声をかける、そしてできるだけ助ける、というのを心に決めて生活をしている。

 その理由は昔から呼んでいた絵本の影響だ。

 

 その本は人間に嫌われていた天狗族の1人が困っている人々を助け、そのおかげで天狗族と人間が仲良くなるというお話だ。

 僕はそんな天狗の様な見返りを求めない優しい姿に憧れて小さい頃から人を助けたいと思うようになった。そのためさっきは風船が木に引っかかっていた子供を助けていた。


 

 

 その日は普通に学校が終わった。

 帰りのホームルームが終わり、教室は賑やかだった。特に用事も無いので僕がそのまま帰ろうとした時……


「狭間くん」

 

 誰かに呼ばれた。

 

 振り返るとそこには同じクラスで学級委員長の新園響生にいぞのひびきくんがいた。

 

 彼は紫の髪に眼鏡をかけていかにも成績優秀な優等生というような見た目の青年だ。学校の女子によくモテているという噂も納得出来る。

 

 僕は彼の気配に全く気づかずに少し驚いた。


「ど、どうしたの?新園くん」


「実は、この水筒を川石さんに届けて欲しくて、俺はこれから学級委員の仕事があって」


 新園くんは右手に持っていた水色で鉄製のおそらく長く使われていたのだろうか、所々水色の塗装が剥がれた水筒を渡された。


「いいけど…なんで僕に?川石さんだったら他にも友達いるだろうし……」


 そう言い彼の顔を見た時、彼は穏やかな笑みを浮かべて言った。


「だって今、この教室には君しか居ないもん……」


 僕はそう言われてさっきまで賑やかだったはずの教室が静かになったのに気づいた。

 辺りを見回したが、確かにさっきまで人が居たのに、今は彼と僕だけだった。その時、不思議な寒気を感じた。

 

「今から追いかければ追いつくと思うから」


「わかった……届けるよ……」

 

 僕は戸惑いつつも新園くんからのその頼みを聞くことにした。


 

 

 学校の正門から出て、右に曲がった時、目の前に同じクラスの女子の川石さんの後ろ姿が見えた。川石姫華かわいしひめかさん、彼女の髪は青色で長く、髪を後ろで結んでポニーテールにしている。

 

 川石さんはどこか人を引きつける様な魅力があり、男女問わず人気だ。僕も初めて見た時その美しさに驚いた。しかしそんな可憐な見た目とは裏腹によく空回る事が多いが、健気に頑張って周りから暖かく見守られている姿をよく見る。

 

 彼女は学校の裏にある山に続いている細い道に入っていった。

 僕はなぜわざわざ山に入るのかが気になった。

 それと同時に何か山の中に引き込まれていく様な感覚がした。

 僕は本来の目的を一旦置いてこっそり彼女に着いて行くことにした。

 

 山の中はある程度道は補整されていて、そこ以外は木が生い茂っていた。

 彼女は途中で普通の道ではなく、昔使われていたのであろう通りにくい道を通った。

 

 僕は彼女と一定の距離を保って後を着けた。  

 これでは完全にストーカーだ、それに山の中で本人の水筒を渡すのはあまりにも怖すぎる。誤解されないようにしなくては……

 

 しばらく歩くと半径10メートル位の開けた場所にたどり着いた。

 彼女はその中心にしゃがみ込んだ。そこの中心には両手で掴めるサイズの縦に尖った3つの石が何かを囲うようにして置いてあった。


 彼女は石の前で呟いていた。

 

「どうしよう、まさか封印が解かれてるなんて……

とにかく、私だけで封印し直すしかない」


 封印?なんの事だろうか、しかし何か困ってるみたいだし、水筒渡さなきゃだし、話しかけてみよう


「あの、川石さん?」


「うわっ!? な、何!? だ、誰!?」


 彼女は振り向いて地面に尻もちを着いて目を丸くしていた。

 思っていた以上に驚かれてこっちも驚いてしまった。


「えっと……僕は同じクラスの狭間妖人、新園くん…学級委員長に川石さんの水筒を届けて欲しいって頼まれて」

 

 僕は手に持っていた彼女の水筒を渡した。

 

「あ、ありがとう…」


 彼女は水筒を受け取り、その水筒の蓋を開けた。


「……あれ? 水が入ってないかも?……まだ飲みきってないのに…………もしかして……」


 彼女は僕に疑いの目を向けた。


「え!? 僕じゃないよ!? 知らないよ!?」


 僕は身に覚えの無い疑いを掛けられすぐに否定した。ほんとに身に覚えがない!!


「必死過ぎて逆に怪しい……まあ、多分、飲みきったのに気づかなかったのかも?」


 彼女は僕の方を見て微笑んだ。破壊力が強すぎる微笑みだ……


 僕は気持ちを切り替えるためにさっき彼女が呟いてた事を聞いてみた。


「そういえば、さっき封印しなきゃ……って言ってたけど……どういうこと?」


「あー、妖怪を封印するの」


「え……?」


「ちょっと待って!! 今のは無し! 聞かなかったことにして欲しいかも!!」


「えっ! う、うん……」

 

 彼女の突飛な言葉に僕は理解が追いつかずに反射的に返事をした。

 妖怪? 妖怪って僕の好きな絵本にも出てくる、あの? 嘘でしょ……


 そうか……


 なるほど……


 川石さんはおそらく空想が趣味でそれが口に出てしまったんだろうな。僕も心の中で自分語りをしてしまう癖があるから気持ちは分かる。そっとしておこう。


「じゃあ川石さん、用が済んだから僕は帰るね、気をつけて帰ってね」


「え?あー、うん 水筒届けてくれてありがとう じゃあね、狭間くん」


 僕は先に山を降りる事にした。彼女が手を振ってくれたので僕も手を振り返して元の道に出た。

 

 それなりに時間が経ったせいで空はもう夕焼けが雲に広がって一面オレンジ色になっていた。

 

 暗くなるな……早く帰らなきゃ……


 そう思った瞬間、目の前の林がガサガサと音を立てたので立ち止まった。そして、そこから人の顔が見えた。


 いや違う、人じゃない、ソレの頭には角が生えていた。立ち上がると、人とは思えないほど背が高かった。全身は紅く、上半身には衣服をまとわずに下半身にはワラでできた下着の様な物を身につけていた。

 僕は驚いて思わず、距離を取ろうと数歩後ろに下がった。


「おォ、やっと人間を見つけたァ、やっと飯が喰えるゥ」


 そいつが喋った。そいつの頭には角が1本生えて、目は白目を向いて口には鋭い牙が何本も生えていた。


 僕はこいつをなんとなく知っている。本で何度も見たことがある。――こいつは……「鬼」だ。

 鬼はデカイ足を動かして近づいてきた。僕は声も発せず逃げる事も出来ない。

 恐ろしさでその場で固まってしまい、デカく硬い手で鬼に首を掴まれた。

 

「ぐっ……ゔっ……」

 

 このままじゃっ、死ぬっ……

 死を覚悟した時、スパッという音が聞こえていきなり自分の体が地面に落下した。何か既視感がある気がするけど。

 ぼやけていた意識がはっきりすると、抵抗するために掴んでいた鬼の腕が途中で切断され、僕の首から外れていた。

 鬼の方を向くと腕を切断された痛みで悶えていた。


「な……、なんで……?」

 

「――大丈夫!?」

 

 声が聞こえて後ろを振り向くとさっきまで一緒にいた川石さんが心配そうに駆けつけて来た。


「よくもォ……やってくれたなァ゛ァ゛!」


 鬼が怒号を飛ばしている。そして切断面から血を吹き出しながら新しい腕が生えた。


 すぐに逃げなきゃまた捕まる……


「川石さん!! 早く逃げて!!」


「逃げないよ! ――この鬼を……封印するから!!」

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