第13話 ギロチン令嬢「聖女の方たち、死んだんじゃないですの?」
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聖女軍の陣地は、悪役令嬢軍陣地から西側、山をひとつ越えた先の草原にある。
令嬢軍と違い周囲を壁で覆う必要がなく、地理的に起伏が少ない土地のため、その威容は離れた場所からでも一望できた。
まず目につくのは、陣地の中央に建てられた白亜の城だろう。下階は聖女軍主要人物の住居とパーソナルスペースになっており、「昆虫聖女」の使役体や「世界樹聖女」が育てる植物群はここに収められている。
階層が上がるにつれ床面積が少なくなっていく構造は、上下を逆さにした漏斗のような形状を城にもたらした。シンプルな外壁とあいまって、その外見は、まるで天を目指して手を伸ばす何者かを象った抽象芸術のようにも見えてくる。
そんな城を中心として、翼を伸ばすように広がっていくのが、一般聖女たちが住む城下町であった。
……悪役令嬢軍の陣地とは大分違いますのね。
令嬢軍の陣地が「基地」であるなら、対する聖女軍の陣地は、際限なく他者を受け入れ続ける「楽園」のようだ。
と、レイネは思った。
レイネは、今回の代理戦争の参加者計8名の中のひとりとして、聖女軍陣地南西、とある海岸で戦争開始の合図を待っていた。
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アギトの草原、南西部。遠目に聖女軍の陣地を見ることのできる殺風景な海岸が、今回聖女軍が戦争開始の位置として指定した場所だった。
聖女軍が「鉄の街」を発見したのは、偶然の産物だったのだとレイネは聞いた。
この海岸に沿って東へと船を進めるなら、その先は令嬢軍の陣地から程近い、別の海岸へと辿り着く。そこは、悪役令嬢が時に釣りをしに、時に泳ぎに、時に水攻め拷問の練習をしにやってくる場所だった。
そのため、1度地図の作成で船を走らせて以来は、誰も近寄らなかったのだそうだ。
だが、アウトローというのはどこにでもいる。拷問好きな聖女もまた。週4で令嬢たちの拷問練習を見学に行き、なんなら仲良くなって弁当など持ち込み始めていた聖女は、ある日船を帰らせる折、不思議な現象に気がついた。
行きと帰りで景色が違う。
聖女の多くは怪現象に遭遇すると、体内の神聖力を「とりあえず一丁」というテンションで撃ち放つ。これは基本人間には効かないものだ。だが邪気をまとったもの、怪異、あるいは悪役令嬢には覿面の効果を発揮する。聖女的に怪現象に神聖力をぶつけることは、メリットあってデメリットのない、当然の行いだったのだ。
これにより「鉄の街」の認識阻害に綻びが生じ、「ここ」に何かがある、ということが判明。術式逆算の末にようやく遠景の撮影に成功したのが4年前。
その直後、調査隊と救助隊の計8名の聖女が行方不明になり、そのままこの案件は対処不能のアンタッチャブルと化し、現在に至るのであった。
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レイネたち4人は、それぞれが持ちうるフル装備をもってこの日、この場所を迎えた。
とはいえ、悪役令嬢や聖女には収納系の魔法やスキルを使うものも多い。この4人がどうなのかの仔細をレイネは知らないが、少なくとも露骨な大荷物を持っているものはいなかった。
ルカが連れてきた、鉄くず・土・氷・木・銀・金・岩などの各種4メートルクラスの巨人――いわゆるゴーレム――を荷物に換算しないのであれば、だが。
グーラが言った。
「……私たちこれから、海に出るわけだが」
「あっはっは、こいつぁ迂闊の錬金術師! ちなみに空母とかない寄りのなし?」
「持ってるとしたらルカさんだと思うんですけれど」
何せ切り札として戦闘機などあるとのことだ。空母や戦艦くらいはずるっと出てくるかもしれない。
「うーん、今まで特に必要あり寄りのナッシンだったからなー。とりまこの子たちは溶かして持っとくYO!」
ルカがそう言ったなり、並び立っていたゴーレムたちは渦を巻くようにして収縮。それぞれ素材の色を持った3センチほどの球体として、ルカの掌に収まった。
それを見たガラルはあきれたように、
「……最初から、そうやって持ってくれ、ば、よかったんじゃないの?」
「ハッタリも大事っしょー。見て見て見てみー? あっちー」
ルカが示す先は、こちらから100メートルほど離れた場所で待機している聖女たちだった。
数は4人。その横には、
「アイシャさんの甲虫ですのね」
サイズで言えば10メートルほど。賠償品を運んできたものに似た、しかし背を平らにして人が乗れるように改造した甲虫が1匹、聖女たちの傍らに伏せていた。
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レイネたちと同じように、聖女たちもまた規定通りの人数、4人でこの場に待機をしていた。
当たり前の話ではあるが、アイシャ以外の3人は、レイネにとっては初見の聖女たちだった。
ひとりは背の高い茶髪の聖女。楚々としたピンクのワンピースを着ているが、なぜかその上に白衣を羽織っている。
ひとりは背の低い黒髪の聖女。フリルブラウスのパンツスーツスタイル、その上から襟高のベージュコートを羽織っている。
ひとりは中背で銀髪の聖女。ベールで目元を隠した黒のシスター服はある意味で1番聖女らしい。が、帯刀が色々と台無しにしている。
レイネに見られていることに気がついたアイシャが、いつもどおりのテンションでこちらに手を振ってきていて非常に微笑ましい。それに伴い背後の10メートル甲虫が前足を振り上げるのがパニック映画然としていることに目を瞑れば、だが。
レイネは言う。
「あちらが今回、私たちと競争する聖女たち、ですのね」
「ああ。割とガチ目の構成だな。近接戦闘特化……かな? 白衣の子は名前と概要くらいしか知らないが」
「あれ、は、自分が知ってるよ。……『発明聖女』。まあ、うっとうしい、女だよ」
「ガラルさん、お知り合いですの?」
「ちょっと、ね。……ん? なんか、こっち来る、けど」
ガラルが言って示す先。アイシャが操る30センチクラスの甲虫が1匹、ゆったりとした速度でこちらへと近づいてきていた。
レイネは間髪入れずギロチンを落とし、甲虫の体を真っ二つにした。
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レイネが甲虫を30匹ほど切り捨てたのち、時間差襲撃・波状攻撃・囮・フェイント・光学迷彩などのありとあらゆる戦術を駆使された結果として、1匹の甲虫がレイネのもとに辿り着いた。
足のうちの2本、背の殻の一部を切り落とされながら、ほうほうの体でレイネの足元に滑り込んでくる。
『そういうとこだぞー』
甲虫の口からはアイシャの声が響いてきた。甲虫から視線を外して向こうを見ると、アイシャがぶんぶんと腕を振ってこちらへ存在をアピールしてきていた。
「……もしかして、何か用があって虫を? 失礼、やはり先制攻撃を許してはいけないのかな、と」
『グーラも教えろよー。他2人もー』
「面白いな、と思って」
「おもろすぎペタMAX-」
「別、に、教える義務、ないし……」
『悪役令嬢ってこうだからさー』
ともあれ、とアイシャは言って、
『開始まで少し時間あるけどさー、こっちもう準備できてるからー、そっちがいいならー、もう始めようかー、ってー』
「ああ、そういうことですの」
レイネは足元の甲虫から視線を外し、背後の令嬢たちを振り返った。
「私はかまわない」
「あーしもー」
「…………」
「ガラルさん、何かありますの?」
「……い、いや。うーん、ま、まあいいか……」
仲間3人の声を聞いて、レイネは足元の虫へと視線を戻した。
「大丈夫そうですの」
『おけスタートっ』
「は」
向こう、100メートル先で待機していた甲虫が、聖女たちを背に乗せジェットの勢いで飛び立った。
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地上から10メートルほどの低空を、皿のように平たい10メートルの甲虫が疾走した。
海岸の砂を吹き飛ばしながら進む甲虫は、そのまま海へと飛び出し、東の空へと消えていく。
レイネは言った。
「フ、フライングですの!」
「いや、開始時刻を早めるとこっちが了承して、それから飛び立ったのだから問題はない」
「ウケる」
「や、やっぱなぁ……聖女なんて、信頼するもん、じゃ、ないよ……」
「み、皆さんどうしてそう落ち着いてますの!? こっちも早く出発しませんと!」
そうレイネが叫ぶが、錬金術で船を用意する予定であったルカは、ようやく準備を始めたところだった。
手を地面に置いたルカが目を向けると、その方向にある砂と土が盛り上がって宙に渦を巻く。形作られていくシルエットは、シンプルな船のものだ。
「動力はレイネちんのギロチンに任せておっけー?」
「あ、ええ。どうにかしますの。って、そうではなくて! 早く! 急がないと負けちゃいますのよ!? どうしますの聖女の皆さんが向こうに着いた瞬間、入り口に鉄の街の秘密と聖女8人とラスボスが転がってたら!」
「レ、レアケース、だと、おもうけど……」
「ありえないなんてことはありえませんのよ!」
「お、ちょいと馴染みのあるセリフー。でもま、落ち着きちゃんよレイネちんー」
船を宙に固めながら、ルカが言う。
「そう簡単なミッションじゃナウマンゾウよ、これはー。4年前の聖女たちに何が起こったかは解らんちんだけどー。未知領域の調査ってのは、そう甘くない。難易度で言うと……6。意味わかる?」
「6? 何かの指標ですの? グーラさん、6とは?」
「わからん」
「自分、も、知らない」
「誰も知りませんけど!?」
「ははは、レイネちん余裕なさすぎウケるー」
「ぶっ飛ばしますのよ!?」
そう言って地団駄を踏むと同時、レイネの背後に数枚のギロチンが準備される。
レイネは思った。
……あ、なんだか見覚えのある景色……。
そういえばゲーム内のレイネ・ドルキアンも、癇癪を起こすとこのように憤りながらギロチンを暴発させていた。転生してから70年、レイネには、権力を求めた「元のレイネ」の心を理解することはついぞ出来なかったが、ここにきて少しだけその気持ちに寄り添うことになるとは。
グーラが言う。
「本当に落ち着け、レイネ。大丈夫だ。むしろこの方が都合がいいまである」
「……どういうことですの?」
「考えてもみろ。4年前の聖女行方不明は、いまだ原因不明なんだ。8人もの、選別された『能力持ち』が、手がかりを残すことすらなく姿を消した。何かある。その意味で、彼女たちを先行させて様子を見るのは悪手ではない」
「な、なるほど……というかそれはなんだか聖女を囮にしているようでもありますが」
「大丈夫、その場合8が12になるだけだ。九九で言うなら4の段。小学生でもできる計算だ。問題ない」
「ちょっと何言ってるかわかりませんけども」
レイネは宙のギロチンをしまい、東の空を見た。
一息。
「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。しかし、それならばどうしますの? 彼女らの後から付いていくか、それとも何かしら向こうからのアクションを待ちますか」
「……4年前に聖女たち、が、行方不明になった、状況にもよるけど。そういうの、聖女たちからの情報共有って、ないの?」
「強いて言うなら、『一切不明』と共有があった。……布告ありの戦争なんだから、隠している、ってことはないと思うんだが」
「突然消えた、ってことなら、対策のしようがナイナイだよねー。どうする? やっぱ急ぐ?」
と、ルカが作り終わった船を海に降ろした時だった。
「!」
大音。
風が吹き、海が揺れ、一手遅れて衝撃波が鼓膜と腹の底を殴打する。
東側から、巨大な爆発音が響いてきたのだ。
レイネは言う。
「……思ったより物理でしたのね?」
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