第7話 ギロチン令嬢「普段はここまでしませんのよ? 降りかかる火の粉は払うタイプというだけで」
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レイネのギロチン操作には、いくつかのルールがある。
縛り、と言ってもいい。世界観がバトル系でないがゆえの規格外だが、無論、その攻撃と動作には一定の限界があった。
たとえば、空中におけるギロチンの保持力。ギロチンは重ねて立てれば強力な盾にもなるが、決して何もかもを遮断できるほどの力ではない。
1枚につき、大人の男性ひとり分。重ねれば強くはなるが、メリーゴーランドを動かせても、竜の首をねじ切れるほどの膂力は得られないのだ。
……切断ならできるかもしれませんが。
「!」
アイシャの乗騎、カマキリのティス子の羽根がうなりを上げ、その巨体が道を疾走した。
目標は無論、200ほどのギロチンパーツを足元に転がしたり浮かせたりするレイネだった。
振りかぶられた刃が、ご挨拶とばかりに交差する銀閃を描く。
「ど、っ、せーーーーいー!」
衝突する。その軌跡にはレイネの細首が含まれていたが、
「!」
金属音。
衝突の刹那に散った火花が辺りを照らす。
2メートルのトカゲを両断したティス子の両刀は、レイネの12枚重ねギロチンによって阻まれた。だがカマキリの膂力はその巨体のとおり絶大だ。
衝撃を受けた12枚のギロチンは、
「!」
花開くように弾かれ、いくつかを砕かれながらレイネによる制御の手を離れて吹き飛んだ。
射線が開く。しかしそこにあるのは、振り切られたカマキリの刃と、12枚の盾を一瞬で失ったレイネ。一手を交換しあった結果としての隙は両方に生じ、だからとでも言うように、
「――」
両者が30メートルの距離を一気に開く。アイシャはカマキリの瞬発力で。レイネは足元にギロチンパーツでスケート靴のようなものを作りつつ、だ。
仕切りなおし、と、観戦者の誰もが思った次の瞬間、
「!」
開いた両者の中間点。そこで、高速に飛来した30センチほどの甲虫を、剣のように形を絞った1枚のギロチンが同程度の速度で貫いた。
カン、という、金属からしたとも生物からしたともつかない軽い音がして、両者が緑と青の光を散らしながら消滅する。
一息。
レイネが問うた。
「……追撃の殺意が高くないですの?」
甲虫の頭にはカブトムシのそれに似た角があった。ただし数が3本で切っ先は鋭く、そのどれもが刺さったあとに抜けないための返しが付いていた。
アイシャが返す。
「……今の一撃、迎撃だとでもー?」
レイネのギロチン剣は正確にアイシャの眉間を狙っていた。なぜわかるって、アイシャもそうしたからだ。だからこそ両者の攻撃はまったくの中間点で衝突した。
「言っておきますけれど私、バトル系の世界観出身ではありませんもので。あまり調子乗ってると……簡単に死にますわよ?」
「なんだか挑発風に自虐してるけど、バトル系じゃないことは弱みじゃないよー? きみのそれがまさに典型だけど、ギャグ作品から来た人の能力はバランス考えられてないからねー」
「人が90年生きた世界ギャグ作品呼ばわりしないでいただけます?」
「違うのー?」
違う、と断言しようとしたレイネの脳裏に、作品のラスボスである巨大ロボ「マンダム」の姿が浮かんできた。
「違いますの」
「うーん、断言が逆に怪しい感じあるけどー」
そんなこと言われても、とレイネは理不尽を感じた。あるいはその勘のよさをほめるべきだろうか。
しかし、
「……一応言っておくんですけども。私、新参者どころか追い出されるとかいう話も出てる身の上でして(嘘)。決闘? とやらに勝ってもあまりメリットないですわよ?」
「ははは、大丈夫だよー。決闘なんてね、面子にこだわるウチの連中が勝手に言ってるだけだからー。勝っても負けても、なんならキミが見つかんなくても『勝ちました!』って報告してたしねー」
「で、では別に戦わなくていいんじゃないですの? なんなら戦果として私のギロチン1枚持っていきます? 気合い入れて作ればたぶん1年くらいは消えずに保つと思いますの」
「それはそれで脅威度あがりそうな話だなー」
にこ、とアイシャが笑い、
「でも大丈夫。ほら」
ぱん、とその両掌を打ち合わせた。
すると、
「嘘なんてね、つかないに越したことないんだよー?」
言葉とともに、先ほどの30センチサイズの甲虫が15匹ほど空中に現れた。
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レイネは走っていた。
ティス子が羽根を震わせながら空を飛び、時折重力を乗せた一撃をこちらへと見舞ってくる。
「行けー!」
ひらり、とかわせればいいのだが、残念ながらレイネの身体能力はスムーズに木登りできるくらいが限界だ。移動しながら的を絞らせない、程度に頭は回すが、基本的な防御はギロチンによる物量が基本である。
受ける。8枚が割られ、制御を失い消滅する。
反撃としてアイシャとティス子の周囲360度をギロチンで囲うが、ティス子は指示を聞くまでもなく、攻撃したのとは逆の刃を無造作に振った。
威力は絶大。もしかしたら竜の鱗くらいなら剥がせるかもしれない。そんな一撃が西側のギロチンをまとめてなぎ払い、
「逃げるよー!」
レイネは全方向から交差するようにギロチンの刃を落としたが、開いたスペースに身を潜らせたティス子は、指示通り無傷のままこちらの射程を離脱した。
無論、去り際の、追撃防止とついでの反撃もアイシャは忘れていなかった。レイネがギロチンを全方向から見舞ったことへの意趣返しとでも言うように、甲虫の群れがこちらの周囲を囲ったのだ。
ティス子を追おうとして出来ず、甲虫から逃げようとして出来ず。ならば、とレイネの力のリソースは、仕方なく防御と迎撃のために裂かれた。
15の甲虫に対して、現れるギロチンの数は30。首をハサミで削ぐようにして落とし、その全てを緑色の魔力光へと還元する。
安全を悟って上空を見れば、既にティス子とその背のアイシャは豆粒ほどの大きさにしか見えなくなっていた。
……あれだけ遠いと……。
止まっていてさえくれれば、というところだが、無論そんなわけはない。
レイネのギロチン操作は視線と思考によって行われる。詠唱も触媒も特別なアイテムも必要ないあたり、かなりの規格外(らしい)なのだが、視線と思考のどちらかが乱されるなら、十全の攻撃力は発揮できない。
適当に1万ほど出して刃の雨でも降らせれば楽っちゃ楽だが、それで殺しきれる保証もないし、それではこの街と人が滅ぶ。それはいけない。本当にいけないだろうか。いや駄目だろう常識的に考えて。でもここの人たちみんな悪役令嬢だからなんやかんやどうにかするのではないだろうか。だとしても街中に1万のギロチン豪雨は度を越えている気が。普通に悲劇だ。でもけどだって。
そこまで考えたところで正面を見ると、
「あら、いつの間にか目の前に巨大なカマキリが」
18枚を砕かれた。
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