【短編】魔王のトラウマはハゲ頭

科威 架位

代償まみれのハゲ男

 私は魔王。

 理由があり、素性を隠して世界を旅している。


 偶然出会った、一人の人間と共に。


「なぁマハト〜少し休もうよ〜」

「休むなら休め。俺は行く」

「三日も飲まず食わずで歩いてるよ私たち。死んでもおかしくないって〜」


 その男の名はマハト。


 ツルッツルのハゲ頭が特徴で、魔王……つまり私を討伐することを目的としている旅人だ。

 今の所、私の正体はバレていない。


「あっ、マハト! 熊きてる、熊!」

「ん?」


 この男は変人だ。

 100メートル走が、速くても9秒代しか出せない種族のくせに、才能を何も持たずして、とてつもない力を保持している。


「今日の晩飯は熊肉だな」

「やたー! 久々の食事ー!」


 それはそれとして、ようやく食事にありつけそうだ。

 強くなることに全力を向けているマハトも、こればかりは顔を緩めていた。



    ◇



「どう? どれくらいでこの大陸出られる?」

「飲まず食わず休まずで一ヶ月くらいだな」

「飲め食え休め。いくら強くて頑丈でも、死ぬ時は死ぬし食わないと強くならないよ」


 今私たちがいるのは人間が多く暮らす大陸。

 マハトが目指す魔王……つまり私が、本来住んでいる場所は、一つ大きな大陸を挟んだ大きな島だ。


 マハトはそこを目指している訳だが、残念ながら私はここにいる。


「まだ出発はしない」

「というと?」

「もう一段階強くなってから出発する」

「……また何か代償を払う気?」

「俺の勝手だろ」


 人間は弱っちぃ。

 私たち魔族の子供でも、成人男性を10人相手にできるほどに弱っちぃ。


 マハトも同じ人間だが、彼は少しヤバい方法でその力を上げている。

 私は、その行為がとても嫌いだ。


「お前はもう寝ろ。寝坊したら置いてくからな」

「舐めんな! 寝坊なんてしないわ!」


 マハトがテントから出ていく。

 今日も野営だ。理由は、マハトが「寝れるなら外でよくないか?」と言ったからだ。


 ふざけている。私の性別を忘れているのだろうか。

 不満がどばどばと漏れそうになるのを抑え、私は無理矢理眠りについた。



    ◇



 さて簡単に説明しよう。

 朝起きると、同族で元部下のサキュバスに誘拐されていた。


 と言っても向こうは私が魔王だと気付いてないし、むしろ私を人間だと思っているようだが。


「これで200人目〜。あと少しで食糧確保のノルマ達成〜」


 あっヤバい食べられる。


 魔族はよく人間が住む大陸に侵入してくる。理由は食糧確保のためだ。


 魔族の主食は肉。そして動物の中で人間が最も繁殖しており、尚且つ捕まえ易いため、国ではポピュラーな食材として広まっていた。


 私は食べたことはないが。


「ちょっと、離して!」

「こら暴れない。苦しめて殺すよ?」

「ひぃぃ……」


 わたし、魔王なのに。


 そもそも、言葉が通じる種族を主食とする文化はいかがなものかと、私は思う。

 倫理という概念を教えてやりたい。


「ねぇ〜、人間の街とか知らない?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「最近狩場が減ってるからさ、確保しときたいの」

「旅人だから知らない」

「あっそ」


 あの男は助けに来るだろうか。

 いや、来ないだろう。


 そもそも、私は彼に無理矢理ついて行っていただけなのだ。私がいなくなって清々しているかも知れない。


「あれ? また人間だ」


 いた。マハトだ。


 見ると、川の水でナイフを洗いながらこちらを凝視している。とても呆れたような目だ。

 そんな目で私を見ないでほしい。魔族の中で、私は特別弱いのだ。人間の子供と互角なほどに。


 サキュバスになど、勝てるわけがない。


「……なにしてんの? 魔族?」

「二人はさすがに抱えられないかな〜。バラバラにして、カバンにでも詰めようかな」



 まずい。


 魔族の中でも、サキュバスは人間が最も敵対してはいけない相手だ。


 魔族としての身体能力と、男を魅了する美貌。そして、劣情を抱かせた相手を意のままに操る特殊な能力。


「逃げてマハト!」

「もう逃げられないよ。さあ、おいで」


 サキュバスが命令する。


 私は終わったと確信した。マハトが、すくっと立ち上がってこちらに近づいてきたからだ。


 しかし、なぜか彼の右手には、磨かれたナイフが握られていた。


「……最初に捨てたのは、髪の毛だった」

「は?」


 サキュバスが間抜けな声を上げる。

 私も困惑する。サキュバスは、マハトにこんなことを言えと命令していない。


 つまり、これは彼の意思の下での発言だ。


「それでも、腕相撲が少し強くなるくらいの力しか得られなかった。だから、捨てまくった」


「ちょっと、待って」

「感情、視力、聴力、触覚、嗅覚、味覚、生き方、好きだった相手への想い……」


「待って、待って待って待って!」

「他にも色々捨てた。俺は今、第六感と言うべきもののみで世界を認識している」


 サキュバスが腰を抜かしている。私も彼女の手から逃れられた。


 戦況は逆転している。逃げようと思えば、彼女はすぐさま逃げられるだろう。

 しかし、今のマハトにはそれをさせない迫力があった。


「そんな俺が、去勢をしてないと思ったか?」



    ◇



「あー、助かった。ありがと、マハト!」

「助けようと思ったわけじゃない」


 彼の言葉は本当だろう。

 先の彼の発言から推測するに、彼は代償として想像よりも多くの物を捧げ、それを糧に力を得ている。


 おそらく、自身の「未来」でさえも捧げているのだ。生き方を一つに固定することで。


 さっきのは、本当に偶然だった。彼が起きていなければ、私は助かっていなかっただろう。


「……俺は、自分の意思で誰かを助けられない」

「どうして?」

「そういう代償を払ったからだ」

「でも、助けてくれたでしょ?」

「助けられる道筋があったからだ。次はこうはいかない」


 事実だ。

 私は弱い。魔王なのに、魔族で屈指の弱さだ。

 自分で自分の身を守れない。


「だから、常に助けられる準備をしててくれ」

「なんだ、感情あるじゃん」

「……虫の息と同じ、ただの残滓だ」


 しかし、私は彼を助けたい。

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