第4話 警視庁
貴様ら
それならこの世はさしずめピーナッツで埋め尽くされた平原地帯とでも言えよう。
『立てこもり先で爆発事故とか運悪すぎ』『運悪いから無職なんだろ』『巻き込まれた幼女が一番の不運』『腐った料理出してた最低の店!天罰は当然!』『筒田社長も燃えてるね』『被害者アピールで売り上げに繋げたいのが見え見え』『犯人のおっさん便乗して被害者アピール』『記憶喪失とか誰が信じるんだ』
どこまで行っても
殻に覆われた
「ユッピー、今夜は?」
「あ、ごめん。無理だわ」
「また?さては彼氏できたな?」
「違いますぅー!」
それはインターネット上に限った話ではない。誰もが相手の殻だけを見て、そして自分の殻だけを見せている。
「……ぶつぶつ……女子高生が二人……」
「な、なに?なんかあの人変じゃない?」
「行こユッピー、不審者だよ」
「不審者の感想……覚えられた可能性あり……ぶつぶつ……片方はユッピー……」
だが、それが正しい。
ピーナッツにとっては、最も美味で最も価値のある中身を他人に晒すことなく覆い隠す、それこそが
分かるか、コーディー?
……いや、分かるはずがなかった。
東京都警視庁の一室。十数人は囲めるであろう円形のテーブルを新品同然の直管蛍光灯が余すところなく照らしている大部屋。少人数で独占しようものなら誰かしらの反感を買うのは間違いないであろうその部屋に、今は古御出清ただ一人の姿しか見えない。
彼の意識は部屋の扉に向けられていた。時折ノートPCの画面を眺めることはあっても、そこに映された映像を理解しようと頭を働かせる気にはなれなかった。
なぜなら彼は知っているからだ。これから起こることに予兆など無く、心の準備はあらかじめしておかなければならないということを。
「来たか」
「……ぶつぶつ……古御出が一人……ここで録音を分ける……」
いきなり扉が開け放たれた所で、古御出はPCの画面を確認する。午後五時を七分ほど過ぎた所だ。
来訪者の足は入り口で止まっている。携帯電話を操作しながらしきりに何かを呟いており、断片的にしかその中身は分からない。
「ここから古御出と接触する……ぶつぶつ……」
「まさかそんな所で立ち話する気じゃねぇだろうなぁ?ノックはしねぇわ遅刻はするわ、社会人のマナーってもんを知らねぇのかい?さっさと座りな統和ぁ!」
「知ってるさ」
来訪者、虎岩統和は携帯電話を胸ポケットにしまいながら答える。
今度は呟きではない。いつもどおりの声量だった。
「知ってて破ってる。マナーなんて余裕がある時に守っていればいい。それよりも重要なのは……古御出さん、自分の身を守る方だ」
「あん?自分の身だぁ?何か危ない目にでもあってるって言うのかぁ?」
「
「確かにこの『シルバー・スノウ・ストーリー』ならそれができるがなぁ……!」
<挿絵:https://kakuyomu.jp/users/FoneAoyama/news/16817330664952222910>
古御出の後ろに精霊が顕現する。
頭部を雪の結晶で覆った金属製のマネキンとも言うべき存在が鈍い光沢で佇んでいた。皮膚の至る所に草木を思わせるような曲線が彫られ、手の甲にはうっすらと霜が降りている。
その精霊は頭部の結晶に手をやると、中から一欠片の氷を取り出した。
「こいつは陸奥芝の持つ精霊に関する記憶だ。凍結して取り出した……もちろん普通の犯罪者として裁くためにだ。日本の法律は精霊に対応しちゃいねぇからなぁ。それに一般人に精霊の存在をアピールされるのは困る」
古御出の精霊は軽く笑みを浮かべ、大事な物をしまうように氷を結晶の中へと戻す。
「もちろんこいつは犯罪者を裁くためのもんであって、外部の協力者を飼い慣らすためのもんじゃねぇ。今までお前がこいつに記憶を奪われた
「覚えてないな。録音を聞く限りじゃ不自然な記憶の抜け落ちは無いようだけど」
「大体お前を敵に回すようなマネするわけねぇだろうが。お前が不信で扉を開かねぇようにこっちは毎日頭を悩ませてんだ。警視庁ってのは罪の温床だ、それを全部消されるとなったら何が起こるか分かりゃしねぇ。……あ、もちろん他の事件で押収した物証のことで、別に後ろめたいことがあるわけじゃ……ゴホンゴホン!ともかく、こっちはお前に信用してもらおうと必死なんだ!」
「勘違いしないでくれ。俺はただ、記憶を奪われても対応できるように念を入れてきただけだ。あんたらに“その気”が無いなら何もしない。それを分かってもらえたなら話は聞くよ。……立ち話も疲れたし座っていいか?」
「最初から言ってんだろうが!さっさと座れ!」
古御出は一つ大きな溜息をつきながら、会議卓の最も遠い席に腰を下ろす統和を見守った。まったく面倒な関係だった。
(
古御出の目線が左隣の席へ移る。その後方上部には監視カメラ。そこに座った人間はカメラに顔を映さずに済む。ある意味では特別な席だ。
統和がその席に座ると面倒なことになる……わずかに緊張の色を見せていた古御出だったが、警戒する彼がわざわざ隣に座るはずもない。
結局、真向いの席に座った統和に対して、古御出はノートPCの画面をプロジェクタに投影する。
「もうお前も知ってるとは思うが、昨日の立てこもり事件のニュースだ。レストラン内で“偶然”起きた爆発事故により犯人と人質が負傷。お前のやらかしは全て事故ってことで処理された」
「…………」
「世間の注目は浴びたが、レストラン側の管理に問題があったってぇ方向に持っていくことができた。筒田社長のクレームもこっちには来ねぇ」
「無事に解決だな」
「あぁ?無事だぁ!?」
古御出は思わず声を荒げた。
「お前が期待されてんのは事件の“穏便な”解決だろうが!陸奥芝を確保すりゃそれで良かったってぇのに、人質に怪我させるわ店ブッ壊すわ……ケツ拭く俺の身にもなってみろや!」
「そうだったかな?俺が言われたのは『その場で待機』と『陸奥芝の罪を滅しろ』の二つだけだったはず」
「ま、まぁ……お前が居合わせたのは偶然だったからなぁ、そんな細けぇ指示はできなかったわけだが」
「それにだ、古御出さん。これが一番重要なんだけど……“俺に期待する”っていうそのズレた押し付けを何とかしてくれないか?『オーディール・ドアー』に期待していいのは“罪を滅する”ってその一点だけだ。それ以上を勝手に期待された所でどうにもならない」
「……ちっ、それを言ったらお前もだぜ統和ぁ。俺の言葉はお偉いさんの言葉だ、ズレてんだよお前の指摘も」
「ふっ」
分かってる、と言わんばかりに統和は意地悪気な笑みを浮かべる。
実際に精霊を操る統和と、精霊の見えない上層部連中とでは同じ視点で物事を見ることなどできやしない。ニ方の考え方にズレが生じるのは何ら不自然なことではないのだ。
「やれやれ……結局“思い通りにならなかった”って感想に落ち着いちまうんだもんなぁ。また一つ事例ができちまった。次はもっと奴らの腰が重くなる。俺の仕事が無くなっちまうぜ」
「それでも給料は出るんだろ?」
「金の問題じゃねぇ!俺はこの国の秩序のためにここにいるんだ!むしろ金なんざ突き返してやりてぇさ、給料泥棒なんて汚名を着せられるくれぇならなぁ!」
「ふはっ!」
「っ!?」
唐突に何者かの声が響く。
二人だけの会議室に響いたその声は女性のものだった。
「これは失礼、
(随分と日本を見下しているようだな……どこから声が……?)
慎重に室内を見渡す統和だが、やはり人の姿は見当たらない。
「おい、まだお呼びじゃねぇぞフローリア……!」
「貴様が引っ込め
(古御出の知り合いか……知らなかったのは俺だけらしいな)
統和は古御出の目線を追う。
(古御出の隣……その後ろの監視カメラ?スピーカーが内蔵されている?だが、こもったような声ではあるけど機械を通した声には聞こえない。……っ!?)
乾いた音が鳴った。
古御出の隣……誰も座っていない椅子の表面がひび割れ、その破片が飛散した。
(い、椅子の中から……!)
まるで孵化だった。卵が割れて雛が顔を出すように、ひび割れた椅子の内部から勢いよく何かが飛び出した。
最初は腕、次いで胴体、足……その厚みや体積は椅子よりも遥かに大きくなっていく。
(これは……精霊の能力!)
「アメリカは既に
統和たちの前で孵ったのは雛ではなく、海の向こうから渡ってきた大人の女性捜査官だった。
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