自分勝手な恋

蟹蒲鉾

自分勝手な恋

 私が好きになったのは自分勝手な男だった。

 みんなは自由な人間だ何だとポジティブなことを言っている。けれど、人のノートは「借りるね」の一言で勝手に持っていくし、私の誕生日ケーキのチョコプレートもいつの間にか食べているような最低の幼馴染だ。

 テスト初日の今日も教室に着くなり私の前の席に陣取って、最終確認のために出していた私のノートを逆さまのまま読んでいる。この最低な男のテスト勉強はいつもこれだけだ。そういうところも自分勝手なこいつらしいと言えばそうかもしれない。

 余計なことを考えていると、テスト五分前を告げる予鈴が鳴った。私の前の席でテストギリギリまで詰め込もうと必死になっている男の横には、席の持ち主が困った表情で立ち尽くしている。それに気がつく様子もないまま、最初のテストが始まった。

 あいつはテストの合間の休憩時間のたびに私のノートを覗きにきた。邪魔してくるわけでもないので、気にせずにテストの最終確認をした。

 テストの全日程が終了した。最後のテストが終わって一番に私のところに来たのは、珍しいことに幼馴染の男ではなく、一度も話したことのない女子生徒だった。

「やっと終わったね。どうだった? 私、今回ダメかも」

「あー、ぼちぼちかな」

予想外の勢いに圧倒されて、会話を続ける気のない返事をしてしまった。手応えとしては言葉通り、可もなく不可も無くといった感じだった。廊下に出ている幼馴染は、ほとんど勉強なんてしていないくせに、なぜか私より自信ありげな表情だ。

「てかさ、一回も話したことないよね。ずっと話してみたいと思っててさ。そうだ! 放課後打ち上げ行こうよ。」

私が答える前に、その提案は決定事項になってしまった。自慢ではないが、私には友人と呼べる関係性の人間がとても少ない。だから、人に話しかけられると素直に嬉しいし、簡単に信用できてしまう。もちろん、あの幼馴染は例外だけど。断る理由もないので、私はその子と他二人の女子と一緒にカラオケに寄り道した。

 カラオケにはあまり来たことがないので、部屋の番号を言ってそのまま進んでいく女子三人を見て、そういうものなんだと思った。部屋には見知らぬ男の人が数人いた。

「ねぇ、部屋間違えてない?」

「ううん、ここであってるよ」

私を誘ってくれた女子が含みのある笑顔を見せる。よく見ると隣の二人も不気味な笑顔を浮かべている。ドッキリというやつだろうか。テレビで見る分には面白いけれど、いざ自分がされる側になると恐怖しか感じない。

「この人たちは誰なの?」

二つ目の疑問には誰も答えてくれなかった。代わりに私の後ろに回った男の人に押されて部屋に入れられた。知らない人がいて怖かったが、意外にも普通にカラオケが始まった。みんなに勧められて私も何曲か歌った。

 だんだんと楽しくなって、気がつけば周りが見えなくなるくらい夢中で歌っていた。歌い終わって、最初に私の視界に入ってきたのは、女子の一人が男の人に服を脱がされそうになっているところだった。私もこうなるのだと一瞬で理解した。怖くなって逃げ出そうとした私と部屋の扉の間には男の人が立ち塞がっていた。あまりの恐怖に腰が抜け、その場に座り込んだ。もう一人の男の人が私の着ているシャツのボタンに手をかけた。現実を見たくなくて目を閉じた。瞼の裏に自分勝手なあいつが見えた気がした。

 爆発のような音がして、部屋の扉が勢いよく開いた。びっくりして目を開けるとそこには、さっきまで瞼の裏に思い浮かべていた幼馴染の姿があった。

 女子三人と男たちが驚き戸惑っているうちに、幼馴染は私の手を引いてカラオケ店を出た。なぜ私のピンチがわかったのか、なぜカラオケ店にいることがわかったのか。聞きたいことはたくさんあるけど、今はとにかく感謝しかない。

 しばらく走ったところで幼馴染が立ち止まった。

「おい! 大丈夫か」

走った後で酸欠だからだと思いたいくらい、幼馴染が輝いて見えた。どうやら私は、この自分勝手な男のことをどうしようもなく好きになってしまったみたいだった。

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