第2話 入学式①

「あ、あそこにおられます」

「どこ!?どこにいらっしゃるの!!?」

「ほら、あちらに」

「だからどこよっ!!!」


王立、セントウィリアム学園。

国内最高峰の教育機関であるこの学園は、これからの国を担う秀才や天才、そして国の中軸を任される貴族の子女達がひしめく、いわばエリート専門の学校である。

広大な敷地内には学舎、運動場、図書館、乗馬場、弓道場、剣道場、植物園、プールなどが設置され、それ以外にも巨大な学食や温泉設備まで整えられている。


「あそこです」

「きゃあぁぁああッ!!!♡ ハインズ様っ!!ハインズ様よ!!アルフ!!御覧なさいッ!!」

「見ております」

「また背が大きくなられているわ!!♡ それに髪を短くされたのね♡ なんて素敵な………♡」

「馬車の窓越しによく分かりますね」

「愛の力よ!!」


15になった王国内の若き才能達は一堂にこの学園へと集められ、一般教養とそれぞれの才能に特化した専門分野の教育を施され、5年の後、王国の為に第一線での活躍を始めるのである。

そして今日は今年度の入学式。

王立学園の正門に繋がる架け橋の上は徒歩でやってくる一般市民と、並み居る貴族の馬車でごった返し、その中でも特に豪奢な馬車の周りには王国騎士団の精鋭たちが警備を固めている様子が遠めに窺えた。


「アルフ!わ、私の格好変じゃないかしら?」

「お綺麗ですよ。この世でスカーレット様より美しい女性はおりません」

「そ、そう………? ハインズ様も、そう思って下さるかしら……?」


いつものお転婆はどこへやら、アルフの言葉にポンッと音を立てるかの様に顔を赤くしたスカーレットは、白を基調とした清楚なドレスをまじまじと見つめ、僅かについた埃を手で払いながら可憐な微笑みを浮かべた。


「思って下さるに決まっています。何せ殿下はスカーレット様とご婚約成されているのですから」

「こ、婚約していたからと言って可愛いと思って貰えるかどうかは別だわ……」

「珍しく弱気な事を言いますね? 心配せずとも大丈夫ですよ。その為に今までずっと頑張ってきたではありませんか。勉強も、ダンスも、乗馬も、礼儀作法も、お化粧も、どれも完璧にこなせるスカーレット様に敵などおりません」

「そ、そうよね………そうよ!」

「それに私も5年間おそばについております。何も心配される必要はございません」

「う、うん」


いざ望みの男が目の前に来ると不安になってきたのだろう。

いつもでは考えられない程モジモジとしだしたスカーレットを見て、執事のアルフはため息をついた。

スカーレットとは全く別の意味で、胸中に渦巻く不安に苛まれているのだ。


ハインズ・ロッケンバウアー。

セントウィリアム王国の王位第一継承権を持つ第1王子であり、スカーレット・オズワルドの婚約者でもある。

アルフとは対照的な鮮やかな金髪碧眼は、スカーレットお嬢様と並び立てば、さぞ一枚の絵画の様であろう。

そしてこの王子、このままスカーレットもといアルフが唯々諾々と3年間を過ごすと、とんでもないことをするはずなのだ。


「………?」

「ん? どうしたのよアルフ?」

「………いえ」

「………なに、あの子。平民階級の子ね。何かトラブルかしら」

「………」


スカーレットとの婚約破棄だ。

そして時を同じくして起きた反乱分子に担ぎ上げられたスカーレットはその2年後にハインズ殿下の手で処刑される運命にある。

……まぁそれも、メインヒロインがどのルートに入っていこうとするかによって随分内容が変わってくるのだが。

何にせよ、どのルートに入ってもハインズと引き裂かれることは変わらず、それに加えてスカーレットの死は免れない。


「………平民のこの前に立っているのは………あれは、ヴィルティーニ様の所のミリアかしら。」

「そうお見受けいたします」

「気に食わないわね。せっかくのハインズ様の入学式に、いざこざを起こそうとするなんて」

「………」


その起点となるのは一人の少女。

類まれなる奇跡の力に恵まれる予定の、たった一人の平民の娘。

そしてその少女は今、橋を渡る順番待ちをしているこの馬車の近い場所で貴族の少女に難癖をつけられるトラブルに見舞われていた。


あのゲームの、プロローグの場面だ。


この一つ目のボタンの掛け違いが、この後のスカーレットの運命を全て狂わせていくんなんて……。

そんな酷な選択たった15歳の少女にさせるんじゃねぇよな。

本当にクソゲーだ。


「アルフ、馬車の扉を開けなさい。私が仲裁してくるわ」

「なりません」

「…………はぁ?」

「お嬢様は行ってはなりません」

「………アルフ、あんたは貴族が平民を虐げているのを見逃せと言うの?あまりふざけたことを言っているといくらあんたでも―――」


あの場面のきっかけは、スカーレットの正義感から出たものだったのか。

まぁ予想はついていたけど。

本当に………損な性格をしている子だ。


「私一人で十分ですと申し上げているのです」

「何を言って………」

「ここでお嬢様が出て行って騒ぎが大きくなったらどうするのです。めでたいハインズ様の入学式当日に、たとえどんな形であろうと婚約者であらせられるスカーレット様がトラブルに巻き込まれて良い筈がありません」

「そ、それは………そうだけど………」

「お任せください」

「ちょ、ちょっと……アルフ!!」


絶対に今この場でスカーレットをあの場所に行かせるわけにはいかない。

そうしたら、全ての歯車が動き出してしまうかもしれないのだから。


「アルフってば!!!」

「絶対に馬車から降りて来てはいけませんよ。良いですね?」


5年後に起こる断罪の場面に、スカーレットの執事も引っ張り出され、ともに首をはねられる未来へと向かう、歯車が。


「アルフゥ!!!」


潰してやるそんなもん。

全部だ。

全部潰してやるからなスカーレット。


俺はこの先の5年間をお前を守るためだけに費やすから、


「お嬢様、絶対に来ちゃいけませんからね?」

「~~~~~っ!!」


お嬢様は、必ずハインズの心をつかむんだぞ?






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