世界で一番可愛い悪役令嬢と共に死罪になる予定だった俺は、生き残るためにメインヒロインを堕とすことも厭わない

@kanazawaituki

プロローグ

第1話 悪役令嬢と執事

「アルフ!!どこにいるのアルフ!!!」


オズワルド家の広大な屋敷の中、若い女性の神経質そうな怒鳴り声が響いていた。


「アルフッ!!!!」


その声の主は品の良い薄紫色のワンピースに身を包み、柔らかくウェーブした金髪をなびかせて廊下を足早に歩いている。

芸術品のように整った顔立ち。

均整の取れたプロポーション。

苛立ちを隠そうともせずに歪められた青い瞳。

【オズワルドの二輪薔薇】と称される容姿は、その内面を知らぬものが見れば100人に100人が絶世の美女、と称するような外見だ。


「お呼びでしょうか。スカーレットお嬢様」

「アルフッ!!あなた今までどこに行っていたの!!」


この国の女性としては高身長な部類に入るその女性は、ガチャリと音を立てて開いた扉から姿を現した執事服の若い男に一直線に詰め寄って行った。

「どこに…と申されましても………。お嬢様がこの部屋の掃除をお申し付けになったので私は……」


「一体いつの話をしているのよ!!!」


「はぁ……昨晩ですが……」


「今私が必要としていることを優先しなさい!!昨晩の言いつけなど無効よ!!」


「はぁ………申し訳ございません」


スカーレットと呼ばれた金髪の女性が詰め寄った男性は、美しい黒髪をオールバックにして撫でつけ、やや吊り上がった目つきの悪い表情を動かさずに小さくため息をついた。


この男性も相当な高身長のようで、背が高いはずのスカーレットと比べても頭一つ分以上に大きい。身体の線こそ細いが、掃除の為に腕まくりをしていたと思われる腕は引き締まり、よく鍛錬されている様子が窺えた。


「それで、どうなされたのですお嬢様」

「どうもこうもないわよ! 今日は明日の入学式に備えてコーディネートを考えるわよって言ってたでしょ!」

「………いつの話でしょう?」

「2日前よ!!」

「………左様でございますか」

「何よその顔!! 文句あるわけ!?」

「………いえ、滅相もございません」


みたび「はぁ……」と小さくため息をついたアルフと呼ばれた執事は、心底めんどくさそうな表情を一瞬だけのぞかせた後、すぐにその表情をしまい込んで身だしなみを整え始めた。


アルフ・ルーベルト。


5つの頃からオズワルド家に仕え、今年で17歳になる男だ。

容姿端麗な上に仕事も的確なアルフは奉公当初からオズワルド家の奥様に気に入られ、やがてその息女であるスカーレット・オズワルド付きの執事と相成った。


蝶よ花よと育てられたスカーレットは我儘放題の典型的な貴族の娘ではあったが、アルフはいつも辛抱強くその相手を務め、お付きのメイドたちが嫌気がさして次々と入れ替わる中、アルフだけはずっとスカーレットの世話を焼き続けてきていた。


「そもそも明日の入学式に着ていく服ならば一か月前に決めておいでではないですか。また変更されるのですか? 特注品のドレスなのに? 勿体ないですよ?」


「ドレスは良いのよドレスは!ドレスに合う小物選びが終わっていないでしょう!」


「小物と言われましても………入学式はあまり華美にならないようにと通達がありますし、宝飾品の類は避けるようにと旦那様からも……何も貴族の皆様方だけが入学されるわけではないのですよ?そもそもドレスすら悪目立ちする可能性があると何度も申し上げておりますのに」


「そんなこと知ってるわよ! でも扇子と髪飾りについては何も言われていないわ! あとハンカチ! 靴もよ!!」


アルフの仕事っぷりはいつも完璧だった。

我儘放題のスカーレットの望みを辛抱強く聞き、押し付けられる無理難題を必ずと言っていい程こなして見せる。その忠実な仕事ぶりはメイド連中ばかりではなくスカーレットの肉親からも哀れまれるほどで、内々に「嫌なら辞めても良いんだぞ…?」とスカーレットの父から心配されるような有様だった。


ただ、心配はされるものの、スカーレットの父も本心から彼を辞めさせようとしていた訳ではない。

正直な話、いくら貴族のご令嬢に我儘で世間知らずな娘が多いとはいえ、スカーレットのそれは度を越しすぎている。

忍耐強い人物を選んでメイドを採用しても長続きせず、皆スカーレットに愛想をつかして辞めていく。

一昔前の貴族に強権があった時代ならいざ知らず、王立学園に市民階級が入学してくるような今のご時世には、スカーレットの我儘は受け入れられるようなものではなかったのである。

そんな中で頼みの綱であるアルフにまで見放されてしまったら、いよいよスカーレットは野に放たれた野獣と化してしまうだろう。

陰になり日向になりスカーレットが起こすいざこざを収拾してくれているアルフは、既にオズワルド家にとって必要不可欠な存在となっていた。


「お姉様、大きな声を出してどうなさいましたの?」

「あら、マーガレット。あなた今日はお医者様の所にいくんじゃなかったの?」

「はい。ですが予定は午後からですので、その前にアルフに刺繡を習おうかと……」


そんなアルフがいるにも関わらず、スカーレットの残念な噂は後を絶たない。

やれじゃじゃ馬娘だの、自分の事を王妃と勘違いしているだの、散々な言われようだ。

比較対象がいるのもよくないのだろう。


「はぁ!?駄目に決まってるでしょ!アルフは私の執事なのよ!?勝手な事しないでくれない!?」

「お言葉ですがお姉様………私の執事は先日お姉様が一方的に解雇を告げてそのまま辞めてしまわれましたので、次の執事が見つかるまではアルフが私の執事を兼任するようにとお父様が……」

「だから何度も言ってるけどそんなの認めないって私は言ってるの!!お父様が勝手に言ってるだけでしょ!」


スカーレットの妹であるマーガレット・オズワルド。

姉であるスカーレットと同じく金色の髪と青い瞳を持つ彼女は、スカーレットと違いショートカットにした髪を揺らしながら困り顔を浮かべて立っていた。

品行方正、眉目秀麗。

生まれつき身体が弱かったこともあって外出する機会があまりないせいか、その肌は東方の国の磁器のように透き通った白さを誇っている。

誰に対しても柔らかい態度は姉であるスカーレットとは真逆で、巷では「姉が母の中に忘れてきた物を、妹が全てもって生まれてきた」なんて酷いいわれ様だ。


「大体なんで選りにもよってアルフに刺繍を習うのよ。メイド達の中にだって刺繍ができる者なんているでしょ。イシドラに頼みなさいよイシドラにッ!!」

「え゛っ………? あ゛………や、いや………その………」

「ん?」

「~~~~~っ………」


スカーレットの言葉に、マーガレットは見る見るうちに顔を赤く染めて俯いた。


最近、おかしいのだ。


アルフの事を思うたびに胸が締め付けられるように苦しい。

毎晩のように夢にアルフの姿が現れるし、彼に対する欲望が留まることを知らない。

こんな事生まれて初めての経験だった。


でも、この感情の正体に気付かない程、マーガレットも鈍感ではない。


「なによ………具合でも悪いの? ねぇちょっとアルフ。あなたマーガレットを寝室に……」

「ぐ、具合は悪くありません!」

「な、なによ大きな声出して………本当に元気なの?」

「元気です!!元気ですから心配しなく………ひゃッ!!」


俯いていたマーガレットの目の前に僅かに影が差す。

ハッ…として顔を上げれば、


「ア、アルフ………っ!!」

「大丈夫ですか?マーガレット様」

「~~~~~っ……♡!!!」


目の前には愛しい男の憂うような視線。

アルフの瞳の色気に気付いたのはちょうど1年ほど前。

それに気づいてからは坂を転がるようにしてアルフに対する感情が変化していった。

派手ではないけれど端正な顔立ち、いつも落ち着き払っている態度、一体いつ鍛えているのかと不思議なほどのしなやかな身体、我儘放題な自分の姉を見限らない辛抱強さ、そして、そんな姉ばかりではなく自分にも向けられる見返りを求めていない優しさ………。

いつも兄の様に慕ってきた人物が、世間知らずな自分が恋に落ちるには十分すぎるほどの魅力を持った男だと気づいてしまった。

気づいてしまったら………もう逆らう事なんてできなかった。


「だ、だ………だい……………駄目…かも………」

「すぐにお部屋に戻りましょう。……歩けますか? よろしければおつかまり下さい」

「は………はぃ………」


身体が弱かったことは、マーガレットにとってずっと悩みの種の一つだった。

幼少期は姉の様にお転婆な事は何一つできず、食べるものだって好きに選べない。

少ない友人も気を使ってお茶会には呼んでくれないし、ひそかな夢である乗馬だって両親からは許可が下りたことがない。


それでも、


「あ、あの………アルフ……もう少し………身体を預けてもよろしいですか……?」

「えぇ。いくらでも構いませんよ」


ここ一年ほどは、マーガレットは自分の病弱さに感謝の念すら抱くことが増えていた。


「お部屋につきましたらすぐにメイドのイシドラを……」

「ア、アルフがっ!」

「?」

「アルフが………看病してくれると安心できます」

「かしこまりました。スカーレット様、よろしいですね?」

「ふん………まぁ………良いわよ」

「ありがとうございます」

「で、でもマーガレットが落ち着いたら私の用件を済ませなさいよ!?」

「勿論です」


体調を崩せばいつもアルフが心配してくれる。

姉に振り回されている隙間を縫って見舞いに来てくれるし、望めば枕元で本を読んでくれたり、刺繍を教えてくれたり、額や頬を冷たいタオルで拭ってくれる事すらある。

優しく、大人びており、見た目の美しい少し年上の男に、自分が狂ってしまっている事をマーガレットは痛い程実感していた。


「アルフ!! 調子に乗ってマーガレットに変な事したら承知しないわよ!!」

「しませんよ」


変な事………して欲しいけど………。


ちっとも具合なんか悪くないはずなのに、熱くなってしまった顔と、高鳴る動悸。

幸いなことに、病弱な自分は将来の相手など決められていない。

肩を支えてくれるアルフの腕にこっそりと額を摺り寄せながら、マーガレットは明日の出立からアルフと過ごす時間が減ってしまう事を思いだし、また胸の奥がキュゥッ…と締め付けられる感覚を感じていた。



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