曖昧なの?尤らしいの?どっちが好きなの?(24 センタク(※自由変換))
机に置かれたカレンダーを見て、十一月の残り少なさに今更驚く。
十一月が終われば十二月だ。当たり前だが、十二月は三十一日で終わる。すると一年が終わるということであり、つまるところ今年の残量はもう一月しかないということだ。
「十一月ももうほとんど終わりだしな。金曜日は今日が最後だろ」
カレンダーを横から覗き込みながら、
「十一月が終わると、もうその後なんて雪崩だろ。クリスマスも大晦日も一気に過ぎて、ふと気づいたら一月の半ばぐらいにいるんだよ」
「そんな怒涛なの」
「年末年始はそういうもんだろ。師じゃなくても誰だって忙しい」
師が走ると書いて師走、ならば生首も走るということだろうか。
構造的に走るというより転がるではないだろうかとどうでもいいことを思う。師たる地位にいる生首ならば、走るように転がることもあるだろう。世の中には俺が知らないだけで色んなことが起きているはずだ。そうでなければ突然兄を名乗る生首が部屋に住み着いていることの説明ができない。
「年末か。お前はどうするんだ」
「どうするって?」
「実家とか帰らないのか」
「ああ……遠いし、面倒だし。電話ぐらいはするけど、帰る予定はないよ」
新幹線一本で帰れる故郷ではあるが、だからこそ面倒が先に立つ。わざわざ安くはない新幹線代と三時間を費やしてまで家族に会いたいかと言われると微妙なところだ。
向こうとしても積極的に呼びかけてはこないだけ、期待されてもいないのだろう。それはそれで気楽だ。
ふと疑問が浮かんだ。
俺の年末年始の予定を気にしているこの
「……なあ、兄さんはどうするの」
「ん? ああ、特に何もないぞ」
それ以上の返答はなかった。
別に質問に対しての答えとしては不足があるわけでもない。ただその簡潔さに意図を読み取ってしまうのは、俺に疚しいところがあるからだろう。
十一月が始まった途端に現れて、兄を名乗ったのがこの首だ。どこから来たのかどうやってきたのか、そもそもどこの誰なのか。兄だという主張以外のことを、俺は何も知らずにいる。
聞く必要がなかったといえばその通りだ。互いに曖昧な距離を保ってさえいれば、この学生用マンションの狭い一室で首と大学生の同居生活は問題なく維持される。
衝突もなく、理解もなく、ただ生活するだけならばということだ。踏み込む度胸がなかっただけだと言われれば、反論する言葉がない。
互いに何も知らないままに過ごした十一月が終わる。その先があるのかどうか、俺にはまだ分からない。
未来のことも兄のことも、何ひとつ分からないのだ。
「あのさ、兄さん。聞きたいことがあるんだけど」
「何だ」
「……どこから来たの、っていうのは、聞いてもいいやつ?」
兄は片眉だけを器用に上げて、すぐにいつも通りの顔に戻った。
「それはあれか、俺がここに来る前どこにいたか、ってことか」
「そう。聞いてないな、って思って」
「──弟からの質問だからな。無碍にはできないよな、兄ちゃんだから」
兄は微かに前傾してから、
「別に隠すようなことじゃないけど、わざわざ話すほどのことでもない、みたいな感じなんだよな。俺のことなんていうのは」
そのままふらふらと左右に揺れてから、不意にぴたりと正面を向いて止まる。
俺の目をまっすぐ見て、兄は口を開いた。
「じゃあ一つ目。こないだまで駅前のコインランドリーにいたんだけど、オーナーが死んだか揉めたで物件手放しちゃって、取り壊しになるってんで居場所がなくなって困ったから、申し訳ないけども近くに住む弟のところに転がり込んだ」
「コインランドリーにいたの」
「洗濯機が回るの、見てると楽しいから飽きなかったな。あとコーヒーの自販機がついてるし、冷暖房も意外とちゃんとしてるから快適だぞ」
確かに駅前のコインランドリーが無くなったのは事実だ。ただそれがいつからかと言われると記憶が曖昧だ。夏ごろにはなかったような気もするし、もしかしたらもっと前だったかもしれない。
「で、二つ目。それなりに仕事場でいい感じの実績があって地位もあって人望展望何でもありな状況だったんだが、まあ……しくじってな。表沙汰にはしない代わりにすぐに出ていけってことで、これ。
「せんたく」
知らない単語が出てきた。
兄は一度長く目を瞑って、再び口を開いた。
「そんで三つ目。あー……俺らみたいな連中にも頭目みたいなやつがいてな。そいつが月末の例会で言うに、俺はちょっとこの集団から離れて市井で見聞を広めたりするべきだという
兄は深々と息を吐いてから、呆然と話を聞いている俺の目を覗き込んで、
「まあ、これくらいか。とりあえず三つあるから、好きにしなさい」
好きな由縁をどれでも俺が選んでいいということか。
誤魔化されている。それも事実だろう。由来を選べだなんてまともな話ではない。
誠実ではない、正気でもない。だが、最適ではあるだろう。
少なくとも、兄が俺の前にいるに至った道程を他ならぬ俺自身に選ばせてくれるということだ。
それは兄を構成する要素の選択を俺に依拠するということであり、なまじ本当のことを話されるよりも直接的な関係に基づいて提示される選択ではないだろうか。
「……あんた、俺の兄さんなんだろ」
とりあえずはそれでいいやと告げれば、兄は右目だけを瞠ってから、
「そうだな。俺はお前の兄さんだ」
満足そうに答えて、ゆっくりと前傾する。
その声にどこか自身に言い聞かせるような気配が滲んでいたのは、俺の考え過ぎなのだろう。
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