底辺ダンジョン民だけど、なんとかほそぼそやってます。まとめ版

@mokamoka

まとめ

住めば都と言うけれど、住んでみたら生地獄だったよ。


50手前で体を壊した。

高血圧だの、糖尿だの、ボロボロだったが騙し騙し何とか粘った。

ある日、出荷予定の荷物を積んでいる時、

上の方に置いた段ボールが落ちそうになった。

思わず手を伸ばし、押し戻そうとした。

首の奥でビチッと湿った音がした。

痛み通り越して硬直した。

頸椎ヘルニアだった。

文字通り身動き取れなくなった。

結局、仕事を無くした。

日雇いや、親戚に泣きついたがどうにもならなかった。

50歳無職はサラ金も相手してくれない。

ホントの貧困は借金も出来ないとわかった。

今のご時世、生活保護を貰うのは宝くじの一等を当てるより難しい。

知人に手を引かれてダンジョンに堕ちた。

通称ダンジョン民。正式には特定洞窟調査士補助員。

最低賃金でダンジョン内の雑用を請負う準公務員“扱い”の作業員である。

ダンジョンの底を浚う底辺職である。



ダンジョン民の朝は遅い。

ハンター達より早くダンジョンに入るとモンスターにやられるからだ。

朝の入場ラッシュを過ぎて、ハンター達がバラけた頃に動き出す。

装備は、火バサミ、ドカヘル、作業用前掛け、長靴だ。

あと、ドロップ品を放り込む肩掛けの籠だ。

倒されたモンスターの死骸は早ければ10分、遅ければ数日でドロップ品を残して消滅する。

このドロップ品がハンターの飯のタネだ。

とはいえ、ダンジョン浅層のドロップ品の買取価格は¥10単位だ。

真っ当なハンターなら10分待って拾ってくなんてことはしない。

拾うのはダンジョン民だけだ。

おかげで俺らは食っていける。

這いずるようにドロップ品を集め、ゆっくりとダンジョンを降って行く。

夕方、地上へ戻って行くハンターに張り付くようにして帰る。

それからが長い、ハンター達の買取が終わるまで、管理ゲートの中で待機する。

外に出てもいいが買取待ちの行列でイライラしてるハンターに絡まれるのがオチだ。


20時過ぎてやっと買取だ。

簡易計測器(通称ゴミバケツ)に回収品を放り込む。

十数秒、精査なんて時間の無駄とばかりにグラムなんぼで買取金額が表示され、

確認ボタンをタッチして終了。

コレがダンジョン民の1日だ。


ああ、その後、特定洞窟調査士補助員専用宿舎に戻って飯を食う。

そして、4人部屋の二階ベッドに潜りこんで寝る。

この宿舎に柵はついて無い、最寄りの集落まで歩きで6時間かかるからだ。




特定洞窟管理責任者の熊山が差し入れを持ってきた。


俺をダンジョン墜ちさせたクズである。

そして罪滅ぼしに月に1〜2回甘味を持ってくる気のいいグズでもある。

中学時代の同級生で、気の弱いどんくさい男だった。

善人でも無く、悪人でも無い、ナニモノにもなれない俺の同類だった。

首吊るか、刑務所に潜り込むしか無かった俺に仕事を世話してくれた。

ただし、重要なことは何一つ知らせなかった。

恨んではいない、感謝もしていない。



宿舎には甘味は無い。

滅多に手に入らない。

特定洞窟災害のせいで世界中の流通がメチャクチャになったからだ。

だから、娑婆に出てもでも同じだ。

俺のような甘党はイライラしてる。

安酒、ツマミ、合法な向精神薬は宿舎の売店で手に入る。

ダンジョン民はそれだけ有れば文句を言わない。

いや、文句は言うが、逃げ出さない。

もとからイカれた飲んだくれでも問題無い仕事だ。

頭数が揃っていればいい。




「特定洞窟は現代の社会を支える重要な資源鉱山である。」

ウソである。


「ハンターが集めたドロップ品は有効に活用されている。」

コレもウソである。


「特定洞窟調査士補助員に回収ノルマは無い。」

コレはホント。


俺達の集めたドロップ品は製鉄所や、火力発電所で燃焼補助剤として使用されている。

燃焼効率を0.012%も上昇させるらしい。

誤差である。


ダンジョン民に求められるのは、管理ゲートで押されるタイムスタンプが規定時間経過していることだけだ。

そう、ダンジョンに居ることが重要なのだ。




ここで、俺の同室を紹介しよう。

先ずは俺、からだを壊した借金もちのポンコツ。



社会復帰?したニート。

唯一かばってくれた婆ちゃんが認知症になったらしい。

特定洞窟調査士補助員の親族には特例推薦状が発行され、

公立老人ホーム・ケアハウス等に優先入居できる。

本人は婆さんのために一念発起したと言っている。

どう見ても爺婆を人質に取る制度だよな。

同室で唯一まともに話せる人間である。

だが、ここ一番では絶対信用しない。


アル(薬)中爺い。

本人曰く、新宿の公園で寝てたところを保護?された。

気がついたら、拘束服を着せられてトラックの荷台に転がっていた。

ここの管理事務所で一升瓶と引き換えに書類にサインしたらしい。

アルコールがまわっているあいだは話せるが、震え出したらどうにもならない。


ゴウサツ。

特定洞窟管理法に基づいて特別保釈中(※)の終身刑受刑者である。

 ※保釈期間中はGPS端末(10kg)の着用が義務付けられる。

あだ名は逮捕された時の容疑が強盗殺人だったから。

本人はまったくしゃべらないので真偽不明。


この愉快なナカマたちが、ココのダンジョン民のトップである。

つまり、ダンジョン民とは特定洞窟災害を抑えるための人柱なのだ。




「オツカレサマデェェス」


特定洞窟調査士サマはダンジョン民など虫以下としか見ていない。

まともな奴なら無視する。

オカシな奴は殺してもナニもドロップしないので絡んでこない。

ただ、機嫌のわるい奴に引っかかると面倒なので挨拶する。


「おいっ!」


ハズレか。


「ハイ、何ですか。」


「曲がってちょっと行った所でブレてんぞ。」


「えっそうなんですか、ありがとうございます!気をつけます。」


「おう。」


ふぅ、あたりだった。




点滅するように洞窟が崩れたり、元にもどったりしてる。

動画にモザイクを掛けて早回ししたり、巻き戻しをしているようだ。

ちょうど、抜け道の入り口がブレている。

これで、グルーッと迂回しないと3番回廊へ行けない。


公衆便所のアレの落書きを3重にしたのがダンジョンの階層の基本構造だ。

マン中とそと円の外側に階段がある。

グネグネした円を『回廊』、円をつなぐちぢれ毛が『抜け道』だ。

あと穴倉のような『小部屋』、ドーム状の『ホール』があちこちにある。


なぜブレるのかはわからない。

ブレてるあいだは近づけない。それだけ。

ブレが終わるとちょっとだけ変わってる。

こともある。


おっ、止まった。

ふむ、火バサミでつつきながら覗き込む。

変化無し?


ヨシッ!


行くか。


うわっ。

穴蔵発見!

ハイッ撤収。


穴倉なら1〜3匹。

ホールなら4〜6匹。

ナニかがいる。


『ギッ』


バカネズミ!


こちとら、底辺ダンジョン民だ。

1対1ならなんとか。

1対2なら怪我。

1対3なら餌になる。


『『『ギッ』』』


まともにやってられるかぁ。

ほ~らご飯だよ、喰らえ、オトリエサ(ねずみ用)5個入り1p¥1500。


ああ、大赤字である。

¥1500取り戻すのにどれだけクズ石拾わなあかんのや。

今日は帰って寝る。



管理ゲート前の喫煙所で時間を潰す。

ハンター達が持ち込んだベンチと灰皿替わりのペール缶があるだけだ。

ダンジョンは禁煙では無い。

モンスターは視覚より嗅覚が発達している。

同種のモンスターでもタバコを嫌うのは一割、残りは寄ってくる。

ハンターはダンジョンから出て来てから一服する。

入る時はシャワーを浴び、クリーニングした装備一式を身に着ける。

このへんがダンジョン民との違いだろう。

俺たちは着たきりスズメだ。

イカれたヤツは咥えタバコでウロつく。

そして、すぐ居なくなる。


ゲート向こうは管理施設で禁煙、職員に見つかったら免停も有る。

ゲートの中はダンジョン扱いで職員は絶対入ってこない。

資格が無ければダンジョンには入れない。

職員は絶対に資格を取らない。

資格を取ればかなりの額の手当が支給される。

定年までの雇用も保障される。

それどころか、定年後の臨時職採用も確約される。

死ぬまで管理職員だ。



ぼちぼち、いい時間なのでゲートを出る。

今日は、たいしたドロップ品も無いので宿舎に向かう。

途中にある封印の祠から熊山が出て来た。


「特定洞窟管理責任者サマ、オツトメ、オツカレサマデェス。」


「あ、とっちゃん!」


「おう。今日は差し入れ無いんか?ヤン。」


「無茶いいなや、ムロ山と辰見回って来てんで、店なんか無いわ。」


「大変やな、流石は古川県の半分を守る男。」


「それもう勘弁して。」


「そういや、川宮の爺さん引退するってホンマ?病気か?」


「川宮の爺さんなあ、はあ、山仕事してた人やから体はピンピンしとる。

でも、頭がなあ。」


「頭ってアレか?」


「そや、認知症や。朝自転車で買い物行くって出ていってかえってけぇへん。

夜に坊山の警察署から保護したって電話や。」


「坊山って、200kmぐらい離れてないか?」


「ああ、それも串島から坊山まで国道の真ん中を走って行ったらしい、

通報が何十件もあったんやと。」


「どうすんのや、ヤン、また増えるんか?」


「ホンマ勘弁してほしいけど、小学生にやらせるわけにいかん。」


「ああ、南に残ってるのってこどもだけやったな。」


「とっちゃんはどうなんや? とっちゃんとこならいけるやろ。」


「ん〜、辰見の大叔父な、ネコと和解せよに入信したんよ。

ほんで氏神様潰して教会たてたらしい。」


「なにしとんのや!!」




特定洞窟管理責任者は、

土地神様はその土地に古くから住んでる誰か。

氏神様は祀っている血族の誰か。

がなる。


熊山のところは氏神と土地神のハイブリッドだ。

地元の古い神社の関係者だ。

だからあちこちのダンジョンを押し付けられる。

一か所当たり年5万円の委託費がもらえるそうだ。

県職員待遇の福利厚生、保険、年金が出る。

4WDの軽トラが支給され、ガソリン代も出る、県内限定だが高速、有料道路も使い放題だ。

県の半分、百ちょいのダンジョンに設置された祠を月を空けずにお祀りするだけだ。

専業でやってるのは日本でも熊山だけだ。


気のいいグズである。


中学の時から何も変わっていない。

中二の春、たかのぶから、たかよしに変わっていた。

神職の叔母が名前で運気が変わるとさわいだらしい。

地元でも有名な〇〇〇〇だった。

そのくせ、熱心な信者がけっこういて、ほっとく事も出来なかったようだ。

ワイが名前変えるだけで済むならそれでいいと云う熊山に、

タカヤンはタカヤンやろと言ったら半笑いになってた。


3学期にたかの字が無くなった。

じゃあ、これからヤンやな、と言ったら半泣きになって笑ってた。



俺のうちも似たようなものだ。

ただ、うちの実家は限界集落だ。

周りは限界集落の跡地しか無い。

70代は若手、80代はまだまだ現役だ。

その下はいない。

俺は家庭を持てなかった。

甥っ子達は街へ行かせた。

だから30年もすれば全滅だ。


俺は全部無くしてダンジョン民になった。

熊山は背負えるだけ背負って特定洞窟管理責任者をやっている。

どちらも夢も希望も無い。


日本中どこに行ってもこんなもんだ。

先進国じゃ、一番マシなのが救いが無い。

アメリカ様はガンパワーでUSA!USA!したが、被害は甚大。

中国は沿岸部と奥地の少数民族自治区以外連絡とれない。

ヨーロッパはグチャグチャだ。

生き残ってるとこは、どこも自国で精一杯だ。

当然、流通は死んでる。

必要な資源はドロップ品と都市鉱山で確保している。


ダンジョンハザードが起きた時、日本では都心部に被害が集中し、

地方はほぼ無傷だった。

その後の混乱の方が酷かった。

とにかく子供らを地方に疎開させた。

とにかくダンジョンとその周辺を強引に封鎖した。

とにかくモンスターを駆除した。

とにかく緊急立法を乱発した。

メチャクチャだった。

それでもなんとか生き残った。


あとでわかったことは、

人口密度が高い程被害が激増したこと、

ダンジョンを出たモンスターは弱くなること、

ここ百年、特に高度成長期以降に発展した地域でダンジョンが発生しやすいこと、

土地神様、氏神様の祠周辺ではダンジョンがほぼ発生しなかったことである。


その調査結果を受けて政府は動き出した。

お役所仕事は動き出したら止まらない。

日本中に神社仏閣、祠、お社、お堂、地蔵さま、羅漢さま、塞の神さま、などなど建てまくった。

結局、ハコじゃ無くてお祀りする人が肝心だとわかった。

わかった後も建立が止まらなかったのは、政治的理由らしい。

宗教は票田だしね、しかたないね。

特定洞窟管理法が制定され、特定洞窟管理責任者が任命されるようになったが、

その選定は、実際に氏神土地神をダンジョンに分祀し任命候補がお祀りして、ダンジョンが沈静化

すればその場で任命、そうでなければ沈静化するまで別の候補を連れてくるというものだ。

沈静化した状態でダンジョンコアを破壊、又は奪取すればダンジョンを封印することができる。

ただ、ダンジョンは鉱山として利用出来るものもあるため、厳しく管理されている。




「はっはっふぅ、くそ!ついてない!」


駆け足、いや、早足で逃げる。

小鬼が三匹、体を引きずるようにしてついて来る。

ハンター達が潜る時、モンスター達を掃除して行く。

当然、漏れがある、ランダム湧きもある。

運のないダンジョン民が出くわす。

今日は俺だ。


「はっ、小鬼、3、は、は、小鬼3」


抜け道から出て来たニートに叫ぶ。


「代わるかあ?」


「まだいける、は、はっ。

荷物頼む。」


「おう、わかった、北にゴウサツがいたぞ。」


と言って荷物を受け取ったニートは抜け道に戻って行く。

2人いれば倒せるが必ず怪我をする。

怪我をすれば1週間、悪ければ一月動けない。

動けなくてもダンジョンに入らなきゃいけない。

もちろんゲート付近で座り込む事になる。

だから、運の無いヤツは回廊でモンスターを引っぱる決まりだ。




ダンジョン民は浅層3階層しか潜らない。

理由は単純に3階層のモンスターしか対処出来ないからだ。

バカネズミ、アメーバ、小鬼の3種である。

ハンターならば万が一でもやられることはない。

ダンジョン民でも一対一ならなんとか勝てる。

とはいえ、戦ったところでドロップ品は10円だ。

逃げるが勝ちである。

ありがたいことに3種とも足が遅い。

俺みたいなポンコツや、足枷付き囚人でも捕まる事はない。

ハンターのおこぼれを這いつくばって拾えば、3千円になる。

マジメに周れば7千円ぐらいになる。

宿舎は晩飯付きでタダだ。

飢え死も凍え死ぬこともない。

ダンジョン民ならあとは、酒かクスリがあれば生きていける。


ヤツラのドロップ品もエネルギー資源に変換出来るが、コスパが全く合わない。

高品位ドロップ品も底辺ドロップ品も同じコストがかかる。

全ドロップ品の約1割が高品位ドロップ品である。

一部のアイテムを除きエネルギーにまわされる。

約3割の中位ドロップ品は素材にまわされ、5割の低位ドロップ品は食料と飼料に加工される。

残り1割底辺ドロップ品は燃やされる。

そう、ダンジョン民は社会に貢献していない。


最初にダンジョンの外に出るモンスターは浅層の3種である。

浅層からこの3種が出ていくと中層から別のモンスターがあがってくる。

そしてダンジョンから出て行く。

浅層3種は人を見つけると追い続ける。

追いかけている間は外に出ようとしない。

出口まで引っ張って行くと管理ゲートは封鎖されて雪隠詰めだ。

だからダンジョン内をグルグル走る。

ハンター達が深層から戻ってくるまで走り続ける。

ダンジョン民の仕事は逃げ続けることである。



「ぜえ、ぜえ、ありがとうございました。」


「おう、たまたま通っただけだ、気にすんな。」


アタリの人である。

あれからバカネズミ2匹追加されて流石にヤバい状態だった。


「にしても5匹は多いな?」


「はぁ、最初は小鬼3匹だったんすけどね、南の4あたりでバカネズミが出てきたんですよ。」


「小鬼は?」


「南の2でしたね。」


「チッ、ナガレモンがサボりやがったな。」


「ナガレモンすか?」


「四国の再編成であぶれた奴らが流れて来てる。何度言っても掃除をサボりやがる。」


「ダンジョン民不足で閉鎖ってやつですか?」


「ああ、5つを3つに絞ったらしい。」


「そりゃあぶれますねえ。」


「ああ、このことは管理事務所に報告しとく。気ぃつけてな。」


「ハイ!ありがとうございます。

お疲れさまでした。」


ふう、疲れた。

帰って寝る。

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