第010話 盗み聞き


 盗賊討伐の成功報酬で揉めそうな雰囲気が漂っている。


『AIちゃん、どう思う?』

『ようやく私の仕事ができそうです。今回のケースの揉め事となる原因を解説します。まず、今回の仕事は冒険者ギルドと呼ばれる仲介組織がおそらくですが、町の領主などの権力者から依頼を受け、ギルドがその仕事をこの2人に紹介し、この2人はそれを受注したのだと思われます』


 冒険者ギルドなる組織があるわけだな。

 まあ、確かに直接依頼人と話すと揉め事が多そうだし、専用の仲介組織を置くのは正解だろう。


『それで?』

『この場合、依頼料を受け取る権利があるのは当然、この2人です。これがこの2人の主張。ですが、実際にはこの2人は何もしておらず、マスターがすべて討伐しました。当然、マスターにも依頼料を受け取るという主張が認められてもいいわけです』

『つまり俺が主張したら揉めるわけだ』

『そういうことです』


 なるほどねー。

 受注してない時点で論外だと思うが、その場合、討伐をしていないこの2人が報酬を受け取るのはおかしいことにもなる。

 このまままともにギルドとやらに報告すると、誰も報酬を受け取れない可能性もあるわけだ。


『どう思う?』

『主張すれば、半分以上の成功報酬を獲得できます。ですが、その場合、この2人との縁は切れるでしょう』

『縁は大事か?』

『優しそうな子達ではないですか。たかがあの程度の賊を討伐する依頼料を取るか、かわいらしくて私達が行く町に詳しい女性との友誼を取るかです』


 考慮にも値しないな。

 確かに今は無一文だから金が欲しい。

 だが、この程度の賊狩りならたいした金にはならないだろうし、それよりも大事な情報や手助けをしてくれる者との縁を取るべきだろう。


「いや、この賊の成功報酬はお前達が受け取るべきだろう」


 俺は長いAIちゃんとの作戦会議を終えると、口を開いた。


「そ、それはよくないです! せめて、半分は受け取るべきです」

「…………四分の一くらいなら」


 すでに2人が揉めてるし。


「いや、人の物を奪うのは如月の名に傷が付く。ここは譲ろうではないか。その代わりと言ってはなんだが、町まで送ってくれんか? ついでに食料をわけてほしい。あと、町を案内してくれ。さっきも言ったが、俺は昨日、この世界に来たばかりで何もわからないし、金も食べ物もないのだ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね! アリス」

「…………うん」


 ナタリアとアリスは俺達から離れると、馬車の裏に回った。

 2人が離れると、俺は耳に霊力を込め、聴力を上げる。


「どうする?」


 ナタリアがアリスに聞いた。

 普通なら聞こえない声量だが、俺には聞こえている。


「…………受けるべきでしょ」

「あなたもそう思う? 私は助けてあげるべきだと思うけど、あなたはなんで?」


 ナタリアは優しいな。


「…………まずだけど、あの……名前を聞いてなかったね。とにかく、あの男はヤバい。エアカッターに似た魔法を使っていたけど、威力もスピードも私のエアカッターよりもはるかにすごかった。間違いなく、私達より格上の魔術師だし、剣の腕もすごかった。それでいて、ギフト持ちの転生者。揉めて戦闘になったらまず勝てない」

「揉めるかな? 優しそうな人だったけど」


 うんうん。


「…………あの人の身なりや言葉遣い、それに如月の名がどうたらこうたら言ってたでしょ? 間違いなく、前の世界では上流階級の人間だと思う。だから優しい。でも、そういう人達は逆らう人に容赦しない」


 いや、するよ。

 暴君じゃねーぞ。


「そういえば、偉そうな言葉遣いだったね」


 え? そうかな?

 うーん、言葉遣いも気を付けるか。


「…………とにかく、揉めるのも機嫌を損ねるのも悪手だよ。ここは素直に向こうの提案を受けるべき。食料だって余分はあるし、町を案内するのだってたいしたことじゃない。強そうな護衛ができたと思おう」

「何か話を聞いてると、逆に私が心配になってきたんだけど、大丈夫かな? 襲われない?」


 襲わねーよ。


「…………その時は抵抗しちゃダメだよ。素直に抱かれて責任を取ってもらおう」


 あいつは何を言ってるんだ?


「それはどうかと思うけど、わかったわ。困った人を放っておけないし、町まで送りましょう。多分、女の子を連れているし、大丈夫でしょ」

「…………実はそれが気になっていたんだけど、なんで女の子が従魔なの?」

「知らない。後で聞いてみれば?」

「…………そうする」


 2人は話し合いを終えたようでこちらに戻ってくる。


「コホン。お待たせしました。えーっと、名前は何だっけ?」


 戻ってきたナタリアがわざとらしい咳をすると、名前を聞いてくる。


「俺は如月悠真だ」

「えっと…………」

「ユウマでよい」


 ナタリアとアリスの名前を聞いた時から名前が微妙に合ってない気はした。


「ユウマね」

「おー、この人、すごいですね。如月家34代目当主であり、偉大なる妖狐であらせられる金狐様のご子息であるマスターを呼び捨てです」


 いや、妖狐の子って言うなって言ったのはお前だろ。


「ユ、ユウマ様、ですね」


 ナタリアが汗を流しながら訂正する。


「呼び捨てでいい。下手に敬語を使われても粗が目立つだけだし、転生した今はそんなことどうでもいいわ」


 俺は文字通り、生まれ変わったのだ。


「う、うん。私はナタリア。よろしく」

「…………私はアリス。よろしく」


 2人がちょっとだけ頭を下げてくる。


「ああ、よろしく。ついでに紹介するが、こいつはAIちゃんだ。俺の弟子という設定だからそのつもりで」

「よろしくです」


 AIちゃんは胸を張って挨拶をする。


「よろしくねー」

「…………よろしく。ねえねえ、なんで少女が従魔なの?」


 早速、アリスが聞いてきた。


「式神は色々な形がある。そいつはそれの一つだ。あまり使っていないやつだが、AIちゃんが気に入っただけだな」

「…………幼女が好きなの?」


 そんなわけないだろ。


「間違ってはいませんね、お孫さんにデレデレのおじいちゃんでしたから。マスターにはその時の記憶がないのですが、本能が覚えています。たまに頭を撫でてきますが、ものすごく優しいです」


 いやー、なんか恥ずかしいね。

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