9章 - 03

短剣をシロエの胸に刺す。




ギンッ!




まるで刃物が固い鉱物にあたったような音がした。その反動が腕を伝ってくる。


短剣が、服より奥へ進まない。




はっ?


わけがわからなかった私はシロエの顔を見る。


目が合ったのは、澄んだ青い目ではなく、私と同じ暗く赤い目であった。




突然シロエの握力が強くなり、私の腕が締め上げられる。


思わずシロエから手を離してしまうと、シロエの掌底が私のみぞおちを打った。




「がはっ…」




まともにくらってしまった私は、軋む内臓をおさえながら、数歩後退した。


締め上げられた首が解放されると、シロエは咳き込んだ。




「できれば使いたくなかった…。でも、覚悟はしていたこと…」




そして、そう独り言を言うと、痛みに耐えるように体を丸める。押し殺した悲鳴のような声が漏れてきた。


シロエを中心に突風が起こり、地面にもヒビが入る。


すると、シロエの顔や手に赤い紋章のような模様が浮かび上がってきた。服で隠れて見えないが、もしかしたら全身に出ているのかもしれない。




「な・なんだ…それは?」




こうやって驚かされるのは何度目か?


だが、今回が一番ありえない。


シロエから、魔族の魔力を感じる。




「…あなたは、人間界に溶けていった魔族の魔力は、どうなるのかご存じですか?」




風が止み、静けさを取り戻したところで、シロエは話し始めた。




「魔法で消費された魔力は、魔素に戻ります。その魔素はなんの特徴も持たず、空中を彷徨い、魔素が不足している空間を見つけると、そこに留まりします。そして、その場所に適合するように特徴を変えます。人間界は法律の樹によって人間界の魔素で満ちているので、ほぼすべてが人間界の魔素になります」




シロエは自分の手の模様を見つめた。




「だけど、人間界に溶けていった魔族の魔力は、魔界の特徴を持った魔素だそうです。けれど、人間界では魔力を放出し続けてしまう魔族は、それを取り込むことができない」




シロエは見つめていた手を軽く握ると、腰の位置に戻した。




「魔界が近ければそこへ行き着きますが、たいていのモノは法律の樹に吸い寄せられます」




「あぁ知っているさ。それで吸った魔界の魔素を人間界の魔素に変えてしまうのだろう。いつから戦争をしていると思っている?魔王軍に入ったら真っ先に覚えさせられることだ」




「そうですか。なら、もうお分かりですね。私の最後の魔法を」




シロエは杖を拾わず、静かに戦う態勢に入った。


私もそれに呼応して構える。




私から魔力を奪ったあの白い魔法は、魔族から魔力を無くす魔法ではなく、魔族から魔力を吸収する魔法だったのだ。まさに、法律の樹と同じことをする魔法。




そして、シロエの体に浮かび上がっている赤い模様は、強化魔法に魔族の魔力を上乗せした副作用とみた。


いくら魔力が人間界の魔素に似ているからといって、人間の魔力に変換することはできなかったのだろう。法壊機という大規模な装置を作り、時間をかけてようやく可能になった事だ。人間一人には不可能。


だから、魔法には使えないので、強化魔法に単純に加えるという原始的な使い方しかなかった。




「魔族がもっとも嫌悪している法律の樹になれるとは、憎まれる覚悟があったというのは本当だったようだな」


「…えぇ、そうですね。強さがすべてと聞いている魔族の方々でも、こればっかりは何も言えないです」


「はん、力でねじ伏せてでもってのは、そういう打算もあったのか。この戦いといい、したたかなもんだな」




シロエは、すみませんと悲しげに笑った。




「それに、人間のお前が魔族の魔力を使うなんて自殺行為じゃないのか?魔力の譲渡は血縁でもリスクがある行為。そこまでして魔力を温存して、いったい何をする気だ?」




視線を少しだけそらし、シロエは小さく首を振った。


さすがに言えないということか。




だが、ここまで危険をおかしているということは、それなりに勝算があるということ。


ならば一層、ここから先へ行かすわけにはいかない。




前へ出たのは同時だった。




ここからは魔法も戦略も無い。


私の意地とシロエの信念のぶつかり合い。

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