6章 - 01

私はゆっくりとハイネから手を抜く。


手は真っ赤に染まっていたので、振り払った。




ハイネは腹を押さえたまま膝をついた。


衣装をかなり厚く着込んでいたせいで貫通させることができなかったが、あの年寄りが死ぬのは時間の問題だろう。


なにせ、この空間では魔法が使えない。外に出る力の残っていないだろう。




私は残ったシロエをジロリと睨み付ける。


シロエは私に杖を突きつけて、一歩退いた。


恰好だけはそれなりだが、もう戦える精神状態には見えなかった。




私はハイネを避け、シロエに向かって歩く。


向かってきた杖を掴み、横に払う。


シロエは手を離さなかったが、大きく体制を崩した。踏みとどまり、私に顔を向け直した時にはもう私の手が届く位置であった。




「あ…」




なんて弱々しい声だ。


ハイネが戦えない今、こいつはあの時と同じ無力な小娘だ。


自分の死を感じたのか、固まったまま口が開いている。




私は、わざと大きな音が響くように、シロエの顔面を叩いた。


シロエは叫び声も上げられずに、倒れ込んだ。




泣いているのか?シロエは肩を震わせたまま顔を上げてはこなかった。


その姿に、怒りや憎しみを通り越して憐れみを感じた。


おおよそ、魔王様の呪いの復讐がしたかったのだろうが、この始末か。




一思いに殺そうと考えたが、残りの体力から逆算して、先に作戦を完了させることにした。


私は真っ直ぐに法律の樹へ歩き始めた。


シロエが顔を上げたような音がした気がしたが、どうでもよい。


この通り、何も起きやなしない。起こる気配もない。




しかし、本当に体力の消耗が激しい。


山を抜けるのに何日もかけ、激しい戦闘を行い、特性まで発動させた。


戻りも人間を避けなければならないことを考えると、気が滅入ってしまいそうだ。




帰りのことを考えるのは少し気が早かったか?などと考える余裕は戻ってきた。


私は法律の樹へと続く扉に手をかける。




「やめてー!」




と甲高い声が響くと同時に、後ろから何かが放たれた。


私は焦ることなくそれを躱す。


投げられたものは杖であった。勢いよく扉に当たると、私の足元に転がった。




振り返ると、杖を投げ終わった格好のまま、シロエがこちらを見ている。




あの距離で真っ直ぐ正確に私の頭を狙えるとは、拉致した時にも思ったが、人間にしては身体能力が高いな。


恐怖と疲れで震えているあの細い腕のどこにそんな力があるのだろうか?


私は、同じくらい細い自分の手首を見てしまう。




「…まま、待ちなさいって言っているのよ!」




私の反応が無かったので、シロエは再び声を上げた。


あの短い時間に何があったのかは知らないが、私とやり合う気なのであろうか。


しかし、接近戦をやるにはまだ距離がある。


私はシロエを無視して扉を力づくで開けた。非力と言っても人間の扉を壊すくらいはできる。




中に入り、扉を閉める。


真っ暗な細い道が続き、その先には、法律の樹が雄大にそびえ立っていた。




私は歩を進めながら寄生樹を取り出そうとした。


すると、再び扉が開いた。




「はぁ…はぁ…、これ以上は…行かせない…」




色々な感情と流した涙でぐちゃぐちゃになった顔で、シロエは息を荒げて私を呼び止める。




その声を聞いて、私からスッと感情が消えた。


どうやら、殺すのが先のようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る