5章 - 04

私にできることは、今ある障壁を全力で支えることだけであった。


しかし、左腕は使えず、詠唱も間に合わないこの状況では、それすら満足に行えなかった。




大蛇が私を飲み込み、ジリジリと障壁を削っていく。


巨大な槍が大蛇もろとも私を貫いた。


障壁は跡形もなく消え去り、私は強い衝撃に晒される。


体中が軋んだ。次の攻撃に備えなければならないが、体が思うように動かない。


ならばと、逆に体の力を抜いて体制を崩す。


前に倒れ込む形になった私は、ギリギリのところで凶暴な狼の横殴りを逃れる。


しかし、狼は間髪入れず尻尾で私を殴り飛ばした。


無防備な状態で壁に叩きつけられた私は、人形のように地面に激突する。




「ぐっ…くそ…」




立ち上がろうとするが、肘で上半身を起こすのが精いっぱいであった。


目が霞み、思考がおぼつかない。




そうこうしている間に、何倍もの重力が私にのしかかり、指一本動かせなくなった。


さらに、頭の中で雑音が響き渡り、詠唱することができない。




「これでお前さんは終わりだ」




未だ白い障壁に囲まれながら、ハイネとシロエが私に近づき、見下ろしてくる。


私は首が動かせず、二人を視界に入れることもできない。




「命まで取るつもりはない。ここで使おうとしている物を全部置いて、部下を連れてここから去りな」




見逃すだと、この私を?愚弄されたものだ。


それに、人間の言葉なぞ信用できない。




「ハ・ハイネ様!?」




少し遅れてシロエが驚きの声を上げた。


戦闘に入る前の奴の目は、あきらかに私を殺そうとしてた。


その私が無抵抗で倒れている。とどめを刺すなら今、なぜをそれをしない。相手は魔族だぞ?


そんな感情が伝わってくる。




しばらく間があいた。ハイネは私が反応しない様子を見て、ヤレヤレとつぶやく。


そして、新たに魔方陣を描く。


私は魔法で見えない何かに固く締め上げられ、宙吊りになった。




ハイネは左手の魔方陣で私を固定したまま、右手でさらに魔方陣を描き、私を調べ始める。


手さぐりをするように私の体中に右手をかざし、腹の上で止めた。




「んー…と、あった。魔法で圧縮して腹の中に隠すとは…」




ハイネはそう言った驚いた。そして、しばたく考え込んだ後、小さくため息をつく。


寄生樹は私が自分で出す以外は、腹を裂くしかない。




「馬鹿だよ、魔族も…人間も…。お互い命がけじゃ、共倒れになる」




ハイネは顔伏せた。先ほどまでの不敵な雰囲気が一瞬なくなり、寂しい老人の姿になった。


見逃すと言った言葉が少し真実味を帯びる。


この人間は、私を手にかけるつもりはなかったようだ。…今のところは。




「わかっている。ここに正義は…、いや、言い訳にもならないね」




独り言を言い終わったハイネと視線が交わる。




「悪いけど、腹に手を入れさせてもらう。お前さんの覚悟と私の信念の結果だが、恨んでも構わないよ」




ハイネの目つきが鋭くなり、右手をナイフのように尖らせた。


そして、魔法をかけて私の腹に鋭く差し込む。




「がはっ…!」




私は燃えるような痛みに呻き声を上げた。激痛から逃れようと体を動かすが、魔法でまったく動かない。




「くっ、ずいぶん厳重にしまっておくじゃないか」




ハイネは苦い表情を浮かべる。


寄生樹を取り出そうとハイネの右手がうねる度に、痛みで視界が点滅し、思考は真っ白な虚無に落ちた。




私は、このまま死ぬのだろうか?




私が失敗しても、きっとファーストリアがこの決戦を制してくれるだろう。


魔族の勝利に変わりはない。




部下達も死なずに帰還できるだろう。


あいつらなら、この先もなんとかやっていける。




私は…私は…。




ゴミ同然の位置から、四天王まで登り詰めたのだ。




上出来だ。




きっと。




だから…。




一瞬死を受け入れた。


その時、私の奥底にあったモノが込み上がってきた。




「ぐふっ」




私は天を仰いでえずくと、緑色の粘液を大量に吐き出した。




「な・なんだ!?」




突然の出来事に、ハイネは右手を引き抜いて、シロエの場所まで下がった。




ひとしきり吐き出すと、私は咳き込んだ。


そうだ、私にはまだこれがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る